OBR4 −ダンデライオン−  


063 2005年11月14日11時30分


<中崎祐子>


「何なんだろう……」
 先ほどの河合千代里の様子は普通ではなかった。
 不安に駆られながらメインホールに入ろうとしたところで、出てくる瀬戸晦と鉢合わせた。
 彼にしては厳しい顔をしている。
「どしたの?」
 訊くと、「うん……」なぜだか、哀れむような顔で見られる。
「ホールに行けば、わかるよ」

 メインホールへと続くドアは開け放たれていた。
 10畳ほどの広さ。丸太造りの重厚な室内、その中央に木製のテーブルがおいてある。その周囲に設置された、丸太をそのまま輪切りにした椅子の一つに馬場賢斗が座り込んでいた。
 その様子を見、ぎょっと目を見張る。
 小柄な彼は制服の上からシーツを羽織り、座り込んでいた。
 この、祐子から見れば馬鹿馬鹿しい格好は、回答部屋に入るとき……彼らは『宣託の儀式』と呼んでいた……のスタイルだ。
 回答部屋から出てきてそのままなのだろう。
 顔面は蒼白。小刻みに震えている。眼鏡の奥の瞳は力なく、空ろだ。

「どうしたの?」
 慌ててホールの中へと入り、近場にいた河合千代里に訊く。
 彼女もまた、血の気が引いた顔で木床にへたりこんでいた。放心状態だ。先ほどはまだ話す元気があったのだが……。
 見渡すと、遠藤健も似た有様だ。
 桐神蓮子の姿はなかった。
 残る矢崎ひろ美だけが、顔を上げていた。
 説明を求めると、一枚の紙片を突きつけられた。
 恐る恐る受け取り、目を通し、愕然とした。紙片には、Bスポットの物資開放は今回で終了だと書かれていた。
 そして、今後は一切の物資開放がないらしい。
「もう、物資開放がない……」
 声が震えた。 
 ここで、放送が始まった。慌てて地図とメモ帳を取り出す。

「そ、んな……」
 放送を聞きおえ、祐子もまたへたりこんでいた。
 次回の禁止エリアに選ばれてしまった。
 予告された時間は明日の6時だった。定刻までに出て行かなければ、首輪に内蔵されている爆弾が爆破される。
 また、滝口朔が言っていた通り、Aスポットが落盤により機能停止してしまったことが告げられた。

 みなの反応は様々だった。
 矢崎ひろ美は唇をかみ締め、河合千代里は泣き出している。
 馬場賢斗は放心状態。
 遠藤健は俯き、「無理だ、無理だ……」同じフレーズを繰り返していた。

 やがて、回答部屋から桐神蓮子が現れた。
 手に何か持っている。
「今回の物資は、これだけだって……」
 テーブルに置かれたのは、いくつかの小さな瓶だった。
 瓶は全て同じもので、内容量としては30ccにも満たないのではないだろうか。 
「なに?」
 訊くと、まず意外そうに「あんたが一番正気を保ってるとは、ね」言われた。
 感心しているように見える。
 小瓶の一つを手渡される。小瓶にはラベルがついていた。
「毒……」
 祐子の読み上げに、他の四人がびくりと肩を上げる。
「続き、読んで」
 蓮子に言われ、従う。
 一瓶の毒が、一人分の致死量となるとのこと。
 また、眠るような感覚でゆっくりと死に至ると書かれていた。
 ここまで読んで、激しい不安感に襲われた。苦しまないという毒物の特性が、なぜだか酷く禍々しいものに感じた。
 周囲を見渡す。
 ホールにかけられた姿見に、自分の姿が映っている。
 すっかり打ちのめされた制服姿の少女。その瞳が救いを求めていた。



「とにかく、早く荷物をまとめて出てかないとっ」
 みなに投げかける。
 丸太造りのメインホール
 夕刻、祐子がBスポットに戻ってから5時間ほど経っていた。
 明日の朝には、このあたりは禁止エリアに設定されてしまう。早く次の場所に落ち着く必要があった。
 今ホールに居るのは、祐子、河合千代里、馬場賢斗、遠藤健の四人だ。
 それぞれ、荷物を取りに行くなどして出入りしている間に、矢崎ひろ美と桐神蓮子の姿は消えていた。瀬戸晦はキッチンで何か考え事をしている。

 テーブルの上には、四人が所持していた物資。
 そのほとんどが食料だ。
 もとは均等に分けていたが、少し前から働きにあわせた分配方式に変わっていた。馬場賢斗の物資がやはり目立って多いが、それでも4,5日分というところだろう。
 
「……無理だよ」
 ややあって、遠藤健の悲壮感あふれる声が返ってきた。
 残る3人の視線が大柄な彼に集まる。
「外の寒さ知ってるだろ。……もうすぐ12月だってのに、俺たち、防寒具なんてぜんぜん持ってない。出てったって、凍死するだけだ。食料だってろくに残ってないんだぞ」
 健は一度Bスポットから出て行き、外の生活に耐え切れず戻ってきている。
 その彼の台詞だ。真に迫って聞こえた。
 また、季節的にはさらに厳しい状況だ。
「他のスポットに行けば……」
 これは、途中で言葉を切らざるを得なかった。

 Dスポットは海の底に消え、Aスポットは落盤で土砂の中。
 このBスポットの物資開放は終了してしまい、一時間後には禁止エリアになる。
 禁止エリアについては、このプログラムでは定期放送ごとに切り替わる形式なので、そのうち解除されるのだろうが……。
 残るCスポットは、瀬戸晦の話によるとロッカータイプで、居住は望むべくもなく、一回の開放量が乏しいらしい。
 この人数分の防寒具や装備が即時に入手できるとはとても思えなかった。
 他の選手との取り合いもあるだろう。
 また、最初からBスポットにいるこのメンバーは、武器に関しても非常に脆弱だ。誰かと争うだけの力もないのだ。

「無理だ。無理だよ……」
 健が大柄な身体を小刻みに震わせ、繰り返す。
 彼の存在が憎らしかった。
 外の世界の厳しさに耐え切れず戻ってきた彼がいることで、根拠のない展望は否定され、ただ絶望感が煽られる。
「ねぇ、馬場……くん、どうしよう?」
 千代里に頼られた馬場賢斗が、びくりと肩を上げた。
 眼鏡の奥で、瞳がきょときょと動く。「ぼ、ぼく……」最近の不遜な態度、教主然とした態度は吹き飛んでしまっている。  
「蓮子?」
 プログラム中に男女の関係になった、彼女の名を呼ぶ。
「どこに行ったの? 蓮子、どこ?」
 不安げに周囲を見渡すが、彼女の姿はなかった。 

 哀れだった。そして、彼は切り捨てられたのだと思った。
 桐神蓮子がBスポットに来たのは、プログラム開始から二週間ほどしてからだ。
 彼女はそれまでにDスポットやCスポットで防寒具や物資を手に入れており、銃も持っていた。滝口朔たちほどではないが、サバイバル経験も積んでいる。
 素質的にも十分だろう。
 物資開放条件が条件だったので、スポットの中心は馬場賢斗だったが、その裏にいたのは間違いなく彼女だ。
 ナンバー2として、甘い汁も十分に吸っていた。
 賢斗を教主としてプロデュースしたのも、それが目的だったからに違いない。
 その前提が崩壊すれば、あっさりと賢斗を切り捨てる。
 彼女の強かさは、実にプログラム向き、サバイバル向きだ。



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中崎祐子
料理屋の娘で、Bスポットでも調理を担当。朔に親しげに話しかけた。Bスポットの変化に不安を抱く。
瀬戸晦
兵士の一人。肉体派ではないが、分析能力に優れる。