OBR4 −ダンデライオン−  


062 2005年11月14日11時30分


<中崎祐子>


「せっかくだから、情報交換しよう」
 滝口朔が誘い、「そうだね」瀬戸晦が頷く。
 壁越しの事務的な会話でも気がまぎれるのだろうか、朔は話している間に顔色を徐々に戻し、表情に力が出てきた。
 こちらからは、Bスポットの現状を伝えた。
 彼からは、佐藤慶介の亡骸を確認したこと、徳山愛梨がすっかり気が触れてしまっていること、その彼女を今は碓氷ヒロと名河内十太が保護していることが伝えられた。
 ヒロと十太はプログラムに乗っていると聞いている。
 ……何か心境の変化でもあったのかな。
 考えていると、「碓氷のやつ、気まぐれだからなぁ。単に気が変わっただけじゃないかな」晦が口をへの字に曲げる。
 晦とヒロは普段親しくしていた。彼のことをよく知っている晦が言うのだから、そうなのかもしれない。

「あと、Aスポットが土砂と岩に埋もれていた」
「えっ」
「そん、な」
 晦と二人、息を呑む。
 Aスポットは会場の西、山のふもとに建てられてると聞いていた。
 男二人は、初回物資解放をAスポットで受けたと言っていた。
「おそらく、裏の斜面が地震で崩れたのだろうが……」
「Dスポットと状況が被るね」
 晦が腕を組み、眉を寄せた。
 南の浜にあったDスポットは、プログラム開始からしばらくして大雨の中、土砂に流され、海に沈んだそうだ(桐神蓮子の爆破によるものだった)。

 ふと思いついた顔で、晦が自分の顎さきを指で弾く。
「AスポットもDスポットも、裏が斜面ってのが共通してるね。これは……」
「ああ、作為、悪意を感じる、な」
「単なる可能性の一つとしてセッティングしたんだろうけど」
「ええ、どういうこと?」
 二人の会話についていけず、尋ねる。
「この島は地盤が弱い場所がいくつかあってさ、過去に土砂崩れが起きた形跡があちこちにあるんだ。もちろん、地盤が強いところもあるんだけど、AスポットもDスポットも、わざわざ弱いところ、斜面を背にして設営されてる。……滝口くんが言うように、政府の作為を感じるだろ?」
 晦が説明してくれた。
「そんな……」
 戸惑っていると、「それが……プログラムを盛り上げるためなのか何なのか、意図は分からないけど、ね」晦は今踏みしめている地面を見下ろした。

「まぁ、とにかく、Aスポットも機能停止だ。土砂は深くて建物が完全に埋もれてる。機材もなしに物資を掘り出すのは難しいだろう。そもそも満足に使える物資が残っているとは思えないな」
 ここで、朔は丘の上を見やった。
「河合だ」
 森の中にすっと姿を隠す。 



 言われたとおり、やってきたのは河合千代里だった。170センチを超えるすらりとした肢体。長い髪を左右に結び分けている。
 制服の上にカーディガンを羽織っただけで、寒そうに腕を組んでいた。
「今誰かいた?」
「ううん。どうしたの?」冷や汗をかきながら嘘をつく。
「……ちょっと、まずいことが起きた」
 青ざめた顔で言う。
 声が震えている。
「え?」
「とにかく、一度スポットに戻って。瀬戸も」
「見張りは?」
 晦が訊く。
「桐神さんが少しくらいなら大丈夫だろうって。とにかく、全員集合」苛立ちと不安を隠さず、目を吊り上げる。

 ……いったい、何が。
 千代里に引きずられるようにスポットの建物に戻る途中、半ばほどで「毛布を忘れた」ときびすを返す。
 これは、わざとだった。
 最後、滝口朔と話しておきたかったのだ。
 木壁まで来たところで振り返ると、千代里と瀬戸晦がBスポットに入っていくところだった。

「何か、起きたみたいだな」
「うん……」
 一呼吸をおき「逃げればいい」朔が言った。
「逃げる?」
「そう、逃げればいいんだ。いよいよヤバいなと思ったら。その状況をどうにかしようとするのではなく、抗うのではなく、ただ、逃げるんだ」
「ヤバいって、滝口くんっぽくない言い回し」
 茶化すように言ったところで、前にも同じやり取りがあったなと苦笑する。

「ありがとう」
 急に、礼を入れた。
「え?」
「少し、楽になった。楽になんてなってはいけないのかも、しれないが、とにかく楽になれた。情けないことだが、オレは、お前や……瀬戸に会いたかったんだ」
「中村くんと何かあったの? 喧嘩でもした?」
 核心を突いていたのだろう、朔が虚をつかれたような顔をした。
 そして、「喧嘩……ではない。オレが一方的にあいつを裏切ってたんだ」
「……謝ればいい」
 先ほどの『逃げればいい』という朔の口調を真似て、言う。
「え?」
「中村くんと何があったか知んないけどさ、ちゃんと事情を話して、分かってくれるまで謝ればきっと。きっと、許してくれるよ。それが、正しいニンゲンカンケイ」
 人付き合いが苦手な少年に、笑顔とアドバイスを手渡す。
 少年はぽかんと口をあけ、やがて感心したように言った。
「……そう、か。そういうものなのか」
「そう、そういうものなんだよ」
「オレは、プログラム中に色んなことを知ってく、な」
 しみじみと、一言一言を大切そうに、朔が呟いた。
「何それ、プログラムまでは欠損人間みたいな、言い方」
「そうだ。オレは、欠けてたんだ」
 謎かけのような台詞だったが、深くは訊けなかった。

「まぁ、とにかく、中村くんに謝ったらいいよ。私なんて何度千代里と喧嘩したか分からない。そのたびに、どっちかがどっちかに何度も謝って……」
 言いかけ、口を閉じる。
 ……千代里。
 彼女のことを思う。
 活動的な河合千代里と、おっとりとした祐子。一見あわない二人だが、付き合いは小学校に上がった頃からだ。幼馴染、親友。呼び名は何でも構わない。ただ、大切な存在だった。
 その彼女と、最近はろくに話していない。
「千代里とうまくいってない私の台詞じゃないか。……ねぇ、どこに行ったらいいの?」
「うん?」
「滝口くんに会いたくなったら、どこに行ったらいいの?」
「……Aスポットも駄目になったし、Cスポット周辺にいるつもりだ」
「分かった。キミの言うとおり」
「え?」
「キミの言うとおり、いよいよヤバくなったら、千代里と逃げるよ。そのときまでに、千代里と仲直りしとく。キミも中村くんと仲直りしとくんだよ。で、四人で合流」 

「ごう、りゅう」
 目の前の少年はまず、驚いたような顔をした。
 その後、喜怒哀楽が混ざり合ったような複雑な表情が続く。
 ただ、その瞳には力があった。
 先ほど現れたばかりの滝口朔は、何かに深く傷つき参っており、消え入ってしまいそうだった。
 だけど、今の彼の瞳には、わずかだが、穏やかな光が宿っている。
 慢心で何でもなく、自分が滝口朔を癒したのだと感じた。

 それが何だか嬉しく、気恥ずかしかった。

 あまり長く戻らないと、疑われてしまう。
 朔に別れを告げ、丘の上……Bスポットへと繋がる道に視線を送る。
 濃灰色の空を背に、ログハウス風の建物が建っている。三方を海に囲まれ、残る一方を木壁で閉ざす姿はまるで要塞のようだ。
 建物から禍々しい影が空に向かってにじみ出ているように見え、祐子はぶるると身体を振るわせる。
「……ヤバくなったら、逃げろ」
 滝口朔からもらった言葉を静かに復唱し、祐子は進み始めた。

 

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中崎祐子
料理屋の娘で、Bスポットでも調理を担当。朔に親しげに話しかけた。Bスポットの変化に不安を抱く。
瀬戸晦
兵士の一人。肉体派ではないが、分析能力に優れる。