<中崎祐子>
かじかむ手に息を吹きかけ、中崎祐子はぶるると肩を震わせた。
中背で丸みを帯びた体つき。それほど太っているわけではないのだが、ふっくらとした丸顔と下がる目じり、おっとりとした性格が相まって、ころころとした雰囲気を身にまとっている。
11月も半ば。京都エリア舞鶴湾の沖合いに浮かぶ鎖島は、すっかり冷え込んでいる。特に祐子らがキャンプ地としているBスポットは海に面した丘の上に設営されているため、浜風が酷かった。
また、ここ数日天候が悪く、ぐずぐずと小雨が続いている。
今は雨は止んでいるが、空は濃灰色の雲に覆われていた。
祐子がいるのは、丘の中腹、Bスポットへ伸びる道だ。
制服の上からカーディガンを羽織っただけの格好。
それだけではとても耐えられないので、毛布をすっぽりと被っている。
Bスポットの開放物資は食料が豊富な分、衣料品の物資量が極端に少なかった。下着やシャツは時々物資の中に入っているが、防寒具の類はまだ出てきていない。
Bスポットのメンバーは、一週間前と変わっていなかった。
祐子、祐子と親しかった河合千代里のほか、馬場賢斗、桐神蓮子、遠藤健、矢崎ひろ美、瀬戸晦の7人で過ごしている。
振り返ると、急勾配の道の上、ログハウス風の建物……Bスポットが鎮座していた。
丘の三方は、切り立った崖。祐子がいるあたりが一番狭まっており、左右に海岸線が迫ってきている。
そして、目の前にそびえるのは、木材を縦に並べ繋いだ壁だ。
壁はそれぞれ海岸線まで伸びているため、立地条件とあわせ、Bスポットを守る城壁のようにも見えた。
また、祐子の手にはM360D。小型のリボルバー銃だ。
差し詰め、祐子は城を守る門兵というところか。
……どうしてこうなってしまったのだろう。
現状を憂い、祐子はため息をつく。
木壁は少し前まではなかった。
一週間前、凪下南美が出て行き、滝口朔や中村大河、高木航平が連れ立って出て行った。
その後続いた、高木航平の訃報。
放送の死亡者リストに高木航平の名前があがったのだ。
そして、祐子としてはとても賛同できないことだったが、航平は朔や中村大河と何かあったのだと……もっと言えば、彼らに殺されたのだろう見る向きがBスポットの大勢を占めた。
その結果が、この城壁だ。
木材はBスポットに併設された薪小屋に大量にあったものを使用した。
高さは低い場所でも1メートル半はある。
乗り越えるには骨が折れるだろう。
交代制で見張りも立てることになり、今は祐子の番だった。
M360Dは瀬戸晦が違うスポットで手に入れていたものだ。これを見張り役が順次持ち合うことになっていた。
Bスポットでは他に桐神蓮子が銃を持っていたが、こちらは持ち合いにするつもりはないようだ。
この一週間でまた蓮子の権力が強まっている。
形の上では、馬場賢斗をトップにしているが、実権を蓮子が握っているのは明らかだ。
Bスポットの物資を入手するには、学科テストの8割以上正答が必要条件だ。学業成績優秀な賢斗、ひいては賢斗を手中にいれている蓮子には、誰も逆らえない。
また、馬場賢斗の崇め方がすっかり宗教じみてきていた。
賢斗は回答部屋に入る前に『瞑想』を行う。
集中力を高めるためにしているそうだが、一段高い位置で白いシーツを纏い座禅を組む姿、その周囲に膝をついて控える他のメンバーたちの姿は、祐子の目には異様に見える。
彼が問題を解いている間は平伏して待つことになっており、これにも馴染めない。
プログラムという極限状態がそうさせるのだろうか、河合千代里や遠藤健は違和感を持っていないようだ。
千代里とは元々親しかった。親友といってもいいぐらいだった。
しかし最近はほとんど話していない。
これは、うかつなことを話せないという事情もある。
今の体制への不満を口走るものなら、即刻蓮子に密告され、ペナルティとして配布物資が減らされてしまう。
……矢崎さんは、どうだろう。
矢崎ひろ美のことを思う。今はすっかり『馬場教』の信徒のように振舞っているが、もともとは冷めた性格の彼女だ。
千代里らとは違い、賢斗に心酔している姿はおそらくただのポージングだろう。
彼女は積極的に密告に勤しんでいる。とても、腹を割った話などできなかった。
……そうなると、やっぱり。
「そろそろ交代だよ」
声を追うと、ちょうど今考えていた瀬戸晦が立っていた。
華奢な中背、制服の上からマウンテンジャケットを羽織っている。ふっくらとした頬と丸ふち眼鏡が、その穏やかな印象を後押ししていた。
「ああ、ジャケットを貸してあげればよかったね」
寒そうにしている祐子を見、晦がすまなそうな顔をしてきた。
「ううん。銃を貸してもらってるだけでも……」
「次から使ってもらっていいよ」
「ありがと」
銃云々は別として、互いを気遣うごく普通の会話。
今この種の会話をできるのは、彼だけだった。
晦は元々落ち着いた少年だったが、それはこの状況下でも変わらなかった。
釣竿などを所有し、サバイバルの知識もあるせいか、賢斗や蓮子とは距離を置いているようだ。現在の祐子にとって、唯一心許せる相手だった。
ただ、その独自の立ち居地が蓮子たちには面白くないのだろう、何かにつけペナルティをかせられている。
「千代里たちは?」
訊くと、「今、馬鹿みたいにひれ伏してるよ」彼にしては珍しく毒のある物言いが返ってきた。
馬場賢斗が回答部屋に入ったということだろう。
「そんなこと言わないほうが……」
「君はチクったりしないだろ」
信頼してもらえていることが嬉しく、心が少し軽くなる。
と、晦が身体をこわばらせ、壁の向こうに視線を走らせた。
「誰か、人の気配が……」
……果たして、森から出てきたのは、滝口朔だった。木壁はあるが、道は傾斜があるため、彼を見下ろす形で対面できる。
がっしりとした長身。艶のある黒髪をわけ、額を出している。黒目の少ない三白眼に、真一文字に結ばれた薄い唇。制服の上からマウンテンジャケットを羽織っている。中にも防寒具を着込んでいるようだった。
「……大丈夫?」
思わず、訊いていた。
滝口朔とは、彼がBスポットにいるときに多少の交流があった。普段の学校とは違う、人間味に何か胸温まるものを感じていた。
その朔がすっかり様変わりしてしまっている。
顔色は悪く、目に光がない。一切の感情をそぎ取られたような無表情。
力なくただ立ち尽くしている。
肉体的というよりは精神的に疲弊しているように見えた。
「中村くんは?」
瀬戸晦が訊くと、「……はぐれた」とだけ返ってきた。掠れた声だった。
「……高木くんは? どうして……し、死んだの?」
「地震」
「え?」
「少し前、地震があったろ。あれで、つり橋から落ちた」
「ああ……」
深く息を吐く。
朔が言うとおり、彼らが出て行ってしばらくして、大きな地震があった。倒れた棚などを直すのに苦労したものだ。
殺されたのではないと聞かされ、安堵する。
「とにかく、入りなよ。酷い顔をしてる」
壁の出入り口の戸をしばっている紐を解き、開けようとすると、「桐神たちが、その理由を信用してくれるとは思えない」瀬戸晦が手を押さえてきた。
「でも……」
「部外者を勝手に入れたってことで、中崎さんがペナルティを食う、よ。滝口くん、悪いけど……」
「ああ、この壁と今の会話でだいたい想像がついた。かなりエスカレートしてるみたいだな」
やや表情を戻し、朔が軽く頷いた。
「はっきり、宗教的、独裁的になってきてるよ」
「そうか、予想の範疇ではあるが」
「まぁ、ね」
「長期プログラムゆえ、というところ、か」
彼らはBスポットの展開を予期していたようだ。
「もともと、お前たち二人の顔を見たくて寄っただけだから、入るつもりはなかった。気にするな」
次の朔の台詞に、瀬戸晦と二人、顔を見合う。
「……大丈夫?」
自然、もう一度聞いていた。『顔を見たくて』なんて台詞が滝口朔から飛び出すなんて思っても見なかった。
彼は弱音を吐くような人間ではなかった。相当に参っているに違いない。
高木航平の死、中村大河との別離には、やはり事情があるのだと思った。
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