<凪下南美>
「み、みなみ!」
歓喜の声を上げたのは、塩澤さくらだった。
「助けて!」
さくらは、山道傍の崖から落ちかけていた。崖から地面と水平に飛び出た木の根に、かろうじてしがみ付いているが、完全に宙吊りの状態だ。
状況から考えて、先ほどの地震で山道から弾き飛ばされてしまったに違いない。
覗きこむと、崖の高さは20メートルほどだった。
崖下に、彼女のものらしきディバッグと拳銃が見える。
また、崖の途中途中に、樹木や木の根が出たら目な方向に伸びていた。
「早く引き上げて!」
さもそれが当然であるかのように、さくらが言う。
言葉としてはお願いの形を取っているが、命令口調だった。
しゃがみ込み、彼女を見下ろす。
そして、「……どうして?」少し間を空けて訊くと、さくらは目をむいた。
「友だちだろ!」
「友だちなんかじゃない」
自然に否定の台詞が出た。
学校ではそれなりに会話はあった。
傍目には、親しい間柄にも見えたかもしれない。
しかし、さくらと高橋由真(碓氷ヒロが殺害)の陰口の対象になっていることは十分に承知していたので、実は普段から距離はとっていた。
だからこそ出た台詞だった。
宙吊りのさくらを見やる。
約40日間のサバイバル生活がそうさせたのか、太りじしだった身体が多少はすぼんで見えるが、もともとがもともとだ。
さくらと華奢な南美とでは、今でも倍近い体重差があるはずだった。
「だいたい、あんたを私が引き上げられるわけないじゃない。無理」
平坦に宣言する。
さくらの顔色が変わった。
「滝口とか水嶋から……聞いたの?」
何のことか分からなかったが、とりあえず肯定も否定もしないでおくと、「寝込んでるあんた見捨てようって言ったの、嘘だから! ホントは助けたかったんだよっ」振り絞るように言う。
ああ、と頷く。
少し前まで、南美はきのこ中毒に苦しめられていた。
その南美を看病してくれたのが、滝口朔や水嶋望(名河内十太が殺害)、中村大河、柳早弥(碓氷ヒロが殺害)だった。彼らがいなかったら、南美はこの場には居なかったのかもしれない。
……結構、恩があるな。
改めて、思う。
滝口朔らには命を救ってもらっただけでなく、その後サバイバル術も学ばせてもらっている。
だけど、このさくらは違う。
愚かな自白によると、彼女は苦しんでいる南美を見捨てようとしたようだ。
プログラムの現実を考えると賢明といえば賢明な判断だが、それを本人に言ってしまうあたり、いかにも浅はかだ。
まぁ、彼女を見限る大義名分が出来た。
……プログラム開始当初の南美ならば、迷いはあっても結局はさくらを助けようとしただろう。
普段の学校でも、三上真太郎(桐神蓮子が殺害)らにからかわれていた麻山ひじりを助けていたりもした。荒れた男子生徒にも負けない、面倒見のいいクラス委員。人望厚い女子生徒の中心。
それが、かつての凪下南美だった。
多少のわだかまりはあってもさくらを助けようとし、そして、彼女ともども崖下へ消える運命だったに違いない。
しかし今はそんな運命はごめんだった。
「自己責任」
「え?」
「自分で何とかしなよ。人生ってそーいうものでしょ」
「チクショウ!」
さくらの顔に怒気が宿った。
「崖の途中に茂みもあるし、うまく引っ掛かれば助かるんじゃない?」
西塔紅美ならこう言うだろうと思いながら、冷やかな台詞を投げてみる。
そして、ゆったりと立ち上がり、南美は歩き出した。
やがて背後で聞こえる、さくらの悲鳴。崖を転がり落ちる形になったのだろう、ざざざと藪をかきわけるような音が続く。
これを無視し、さらに一歩進む。
気分がよかった。
自分も紅美のステージに上がれた、そんな風にも思う。
と、「死ななかったみたい」背後から声がし、ばっと振り返る。
視線の先では、西塔紅美が崖下を覗き込んでいた。
制服の上からマウンテンジャケットを羽織っている。
すらりとした長身。釣りあがり気味の瞳、眉は普段と変わらずきれいに整えられていた。大人びた細面の中、唇だけがぽってりと厚く、中学生ながら艶っぽい雰囲気を身にまとっている。
「ほら、手足が動いている。まぁ、骨とかあちこちやられてるだろうから、長くはないかもしれないけど」
「西塔……」
旧友との再会を果たしたような気持ちになる。
そして、彼女への恨みや怒りの感情がなくなっていることに気づく。
「一人?」
訊かれる。
「ええ」頷き、「ちょっと前までBスポットにいたんだけど、出てきた」続ける。
「ああ、あそこ、出たんだ」
「そう」
「私も、あそこは馴染めないだろうな」
多くは語らなかったが、出てきた理由などを読み取られたようだ。
……鋭いなぁ。
感心していると、「しかしまぁ、中村と滝口んとこと……そっくりのシチュエーションだね」紅美は中村大河と滝口朔の名前を出してきた。
戸惑っていると、「まぁ、滝口は助けようとしてたみたいだけど」意味不明の台詞が続く。
紅美は、中村大河に設定された受信機を使って、Bスポットでのやりとりや、朔たちが先ほど遭遇した事態を把握していた。
その彼女ならではの発言の数々だったが、もちろん南美にはあずかり知らぬことだった。
「まさか、中村とあんたがコッチ寄りになるとはねぇ。んで、滝口はいいヒト側ときた。……でもきっと、助けようとするほうが、人として正しいんだろうけど」
しみじみと言う。
怪訝な表情を読み取られたのだろう。
「訳わかんないみたいだね。まぁ、後で教えてやるよ。その代わりあんたも情報を頂戴ね」
遅れて、気づく。
「それは、合流しようってこと?」
まじまじと紅美を見つめる。
やがて、彼女は肩をすくめ、「……そう言ってるつもりだけど?」にやりと皮肉めいた笑みを浮かべた。
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