<凪下南美>
「大きかったな……」
うずくまった体勢のまま顔だけをあげ、凪下南美はつぶやいた。
先ほど大きな地震に見舞われた。
跳ね飛ばされないよう、必死で木の幹にしがみ付いていたが、なんとか無傷で終われた。
Cスポット近くの藪の中。
地震があったときは洞穴の中にいたので、慌てて飛び出したものだ。
振り返ると、逆三角形の形をした洞穴がぽかりと口を開けていた。この地震で崩れはしなかったようだが、落ち着くまではキャンプ地にしないほうがいいだろう。
立ち上がり、ほこりを払う。
中背。カーゴパンツに、茶色のマウンテンジャケットという姿。インナーもしっかり着込んでいる。
プログラム開始から約40日。疲弊の色は隠せないが、くりくりとよく動く丸く大きな瞳、愛らしい顔立ち、雰囲気は変わらない。
茶色に染めていた肩までの髪は、先日Bスポットで黒に戻している。
普段の学校では女子学級委員として、崎本透留(碓氷ヒロが殺害)とクラスをまとめ、友人も多かった。
プログラム中も常に誰かと一緒に行動していた。
しかし今は一人だ。
いや、一人でいることを選んだ。
黒髪はその決意の証だった。
Bスポットを自分から出て行って丸一日。
食料は、野外で獲れたものを中心に食している。Bスポットで溜め込んだ食料はまだほとんどが残っているが、消費は抑えたい。
食糧確保方法や野営のやり方は、滝口朔と中村大河から学んだ。
まだ上手にはできないが、手ごたえのようなものは感じていた。
……これなら、一人で生きていける。一人でも生きていけるようにならなくては、いけない。
念じるかのように、思う。
Bスポットのメンバーと一緒に過ごす選択肢もあった。
河合千代里らのように、プログラム開始以来ずっとBスポットにいたのであれば、そうしたのかもしれない。
しかし、それまでの経験がそうさせなかった。
きのこの毒にあたりかろうじて生き延びたが、その後体調を崩し、2週間ほど苦しめられた。
満足に動けない状態でのサバイバル生活。
滝口朔や水嶋望(名河内十太が殺害)らのフォローがなければ、死んでいたのかもしれない。
きのこの毒には、麻山ひじりや荒木文菜と一緒にあたった。
その場には西塔紅美もいたのだが、彼女は毒を警戒していたため、難を逃れた。
そして、南美たちに「楽になりたいのなら、手伝うけど?」と言ってきた。ひじりと文菜は紅美のサバイバルナイフを受け入れ、死んだ。
南美は……拒否した。
不用意にきのこを口にした己の愚かさが腹立たしく、紅実の小ばかにしたような物言いが癇に障ってしかたなかった。
そのままで死ぬことが悔しく、我慢ならなかったのだ。
元々南美は、その可愛らしい容貌に似合わず、気の強い質だ。プライドの高さ、気性が、生につながった。
きのこの危険性に気がついていたならば、警告してくれればよかったのに。
紅美に対する恨みの感情は未だ持っている。
彼女が警告してくれれば、あんなにも苦しい思いをすることはなかった。ひじりや文菜は死なずにすんだ。
しかし、南美の冷静な部分はよく分かっていた。
このプログラムの敵は血に惑ったクラスメイトだけではない。自己や仲間の失策、自滅から死ぬことも大いにありえるのだ。
『ジコセキニン』紅美はこの表現を使った。「だって、自己責任だもの。何をしようが、個人の自由。だけど、その返りは自分にくる。プログラムに関わらず、生きてくってそういうことじゃない?」彼女の台詞の一言一句を忘れることができない。
なぜだか、支給食料や生活面で恵まれた環境のBスポットには始めから馴染めなかった。
あそこには、河合千代里や中崎祐子といった普段から親しくしていた女子生徒もいたが、彼女たちがBスポットに居続けるのなら、一緒にはいれなかった。
原生食料で死の危機に面したのだ。
野生の食料は、何を口にするにしても、躊躇してしまう。
手に取ったとき、口に運ぼうとしたとき、毒に苦しんだ場面がフラッシュバックし、南美を苦しめる。食料を飲み込むときに恐ろしさを感じる。
だけど、南美はBスポットに留まらなかった。
これには、西塔紅美への対抗心もあったのかもしれない。
彼女とは開始当初しばらくグループを組んでいた。読書家で、雑学に強い彼女のこと、サバイバルに関する知識もあり、あの頃からすでに野営生活をこなせていた。
たとえば、Bスポットの環境に甘んじている姿を紅美に見られたとしよう。
きっと彼女は嘲笑いを差し向けてくるに違いない。きのこを不用意に食した一ヶ月前となんら変わらず、一人立ちできていない姿を笑うに違いない。
もちろん、支給物資はありがたく使わせてもらう。だけど、それだけに頼ってはいけない。
また、紅美とて複数で生きることを否定するわけでもないだろう。
この長期プログラムを生き抜くには、他者の協力が不可欠だ。
でも、それは地に足をしっかりとついた形であるべきだ。
お蚕ぐるみな生活、支給物資や誰かに依存した生活ではなく、自立した者同士でプログラムの現実と共闘すべきだ。
彼女はきっとそう考えている。
依存と共闘との間には深い溝があり、紅美は後者に立っているのだ。
その彼女と対等でいたい。
もう小ばかになんかさせない。
もっと言えば、変化した自分を見せつけ、彼女と共闘したかった。
だから、滝口朔や中村大河からサバイバル術を学び、Bスポットを出た。
彼らとは『共闘』ができそうな気がしていた。
前の学校で野外実習を受けていた滝口朔(本当は士官学校で学んだ知識だった)がリードする形になっていたが、大河は大河でサバイバル術を学び、吸収していた。
南美は、どちらかと言えば、中村大河に共感のようなものを見ていた。
プログラムの現実に直面したことで、知識も覚悟も何もないところから変わっていく姿が、自身と被る。
と、ほど近い距離から誰かの声がし、南美の思考は妨げられた。
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