<滝口朔>
倉庫部屋は4畳半ほどの広さで、両側を棚が閉めており、正面の壁には張り紙がしてあった。
これを崎本透留が剥ぎ取った。
透留は男子のクラス委員長だ。女子クラス委員長の凪下南美と一緒にきりきりとクラスをまとめている。
中背の痩身。艶のある黒髪を左右に分けている。
成績は上位ではないのだが、朔には逆立ちしても真似できないくらいに人付き合いがよく、乱暴な三上真太郎ともうまくやっていた。
「スポットについて……だってさ」
「読み上げてくれる?」
凪下南美の信頼も厚い。
南美に任せられた形の透留は、まずこの場にいる自分以外の9人の顔を見渡した。
この場の仕切りをしていいのか、それぞれの表情を見て確認したのだろう。
透留には人望がある。みな異存はないようだった。
先ほど鈴木弦に噛み付いた三上真太郎も、特に何も言ってこなかった。
「ええと、スポットにはそれぞれ特徴があり、Aスポットは生活物資を重点的に貯蔵してある。各倉庫部屋の開錠時間は、一つ前の倉庫部屋に掲示してある。開錠の間隔は不定、スポットにより異なる……とりあえず、Aスポットの次の開錠は二週間後だってさ」
「二週間後……」
予想よりも間隔が広い。
朔は小さくため息をついた。
長期プログラムであることは、特別選手である朔たちにも開始直前まで伏せられていた。単純に優勝者が複数でる特別プログラムとしか聞かされていなかったのだ。
このプログラムの特殊ルールについては、朔もほかの生徒と同じスタートラインに立っていた。
これは、条件を一般生徒と揃えるためだろう。
初期物資がビデオカメラの充電関係以外は等しいことも含めて、やはり兵士たちも実験の対象であることが伺える。
初期物資としては、会場の地図、飲料水500ml入りペットボトル二本、簡易医療キッド、多機能ナイフ、サバイバルナイフ、寝袋、一週間分の携帯食料、大小のタオルが数本、防水防風のマッチ、懐中電灯等が与えられていた。
ほかに私物の衣類が数点。
各家庭より持ち出されたものだろう。
普段コンタクトレンズを使用している生徒には、眼鏡が入っていたという。女子生徒の一人が言っていた。
「う……」
次を読もうとした崎本透留が口ごもった。
「崎本?」
中村大河が心配げに訊く。
これに頷きを返し、意を決した風の透留が震える声を押し出した。
「物資の供給量は次第に減る……」
つまり、時間とともに参加選手が減っていくことが想定されているということだ。
当然といえば当然だった。
このプログラムはしようと思えば無戦、全員優勝が可能だ。しかしそれを政府が望んでいるわけがなかった。
「一度開錠された物資部屋はそのままになっている。また、施錠されている部屋を強引に開けようとした場合……遠隔操作により首輪が爆破される」
女子生徒の一人が首をすぼめ、首輪を指先で撫でた。
「あとは、今回の貯蔵物資のリストだね」
「どうしよか……」
大河が水を向けると、既に考えていたのだろう「クジか何かで順番を決めて、順に欲しいものを取っていったらどうかな」透留が淀みなく答えた。
「まぁ、それが妥当だろうな」
朔も同意見だった。
ほかのメンバーもそれぞれ頷いた。
*
クジまでに10分ほど、何が必要か考える時間を取ることになった。
各々リストや実際の物資を眺め、心積もりをしている。
長期プログラムであることは事前まで知らされていなかった朔だが、陸軍兵士として、サバイバル術や基本知識は得ていた。
その意味では有利だった。
生存キットの基本は「火、医、水、食糧」だ。
これらをバランスよく手に入れなければならない。
思案していると、大河が「ねね、ずっと一緒にいるよね?」と小声をかけてきた。
「……ああ」
実は完全に一人単位で考えていたため、返答が遅れた。
「二人で手分けして集めれば、いい感じに揃いそうだね」
無理やりに明るい表情を作ってることがよくわかったが、そのことには触れないでおいた。
実際、三ヶ月の長期であることを思えば、集団の形成は有効な手段だった。
……構成員や人数の塾考は必要だが。
冷静に分析する。
「透留にも声かけない?」
崎本透留と親しい大河が提案する。
これにも異存なかった。
物資が限られる以上、構成は2〜3名程度の少人数が適当と思われた。
乱暴な振る舞いの目立つ三上真太郎はないにしても、大河が瀬戸晦や鈴木弦にも声をかけようと言い出す可能性があったため、「三人で動くか」と先手を打っておく。
同じ集団にカメラは二台必要ない。
宇佐木涼子教官からも、兵士四人は極力ばらけて動くよう指示されていた。
しかし、崎本透留には断られてしまった。
「柳を探さなきゃ」
柳早弥のことだった。透留と彼女は付き合っている。
早弥はAスポットには来ていなかった。
この場にいるのは、男子が7人、女子が3人。
女子生徒3人も集団を作ったようだった。
凪下南美が中心になって何やら話し込んでいる。
ほかは一人で考えている。
つまり、朔と中村大河の二人と、凪下南美を含めた女子三人がそれぞれグループを組み、残った男子五人が当座個人行動ということになる。
個人行動を取る男子生徒は、朔と同様に兵士として秘密裏に参加している鈴木弦と瀬戸晦、交際相手を探しにいく崎本透留、乱暴な振る舞いの目立つ三上真太郎
。
残る一人が、碓氷ヒロだった。
人付き合いの苦手な朔はヒロとはほとんど話したことがないため、どのような性格かもよく知らなかったが、特に悪いうわさも聞いたことはない。
友人もそれなりにいるようだし、ごく一般的な生徒なのだろう。
誰も、10人全員で動こうとは言い出さなかった。
……正直全員で動くのは御免だが、あまりよくない傾向ではあるな。
参加選手の分化は、集団ごとの争い、個人ごとの争いの推進に繋がる。
優先して取得すべき物資などの確認をしていると、中村大河が「あのさ」恐る恐るという感じで切り出した。
「どうした?」
「陸上マガジンも取っていい?」
「は?」
思わず強い口調で返してしまった。
「や、だって、長い間かかるから暇だし」
「何いってんだ?」
何をのんきなことをと、憤る。
「怒んないでよ、ただでさえ怖い顔してんのに」
大河が唇を尖らせる。
たしかに、温和とは程遠い顔立ちだが、この言い様はない。
さらに憮然とする。
ただ、これを機に物資を見直すと、確かに、サバイバルとは全く関係のないものもいくつか含まれていた。
小説本、マンガ本、携帯デジタルプレイヤー。
雑誌の類もあり、マンガ雑誌、スポーツ雑誌、ファッション雑誌などが数冊あった。クロスワードまである。
プログラムという緊迫した場にあまりに似つかわしくない。
しかしすぐに思い直した。
「……娯楽も、必要か」
「そでしょ?」
朔の機嫌が直ったことに、ほっとした様子だ。
長期にプログラム。精神安定も重要な課題だろう。
政府の意図も見え隠れした。
早期に決戦してしまっては、長期設定の意味がなくなる。政府としても、終了が近づくまである程度の人数は生存して欲しいのだろう。
そのための必要物資であり、娯楽物資なのだ。
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