OBR4 −ダンデイライオン−  


005 2005年10月01日18時00分


<滝口朔>


 午後18時、秋口の太陽はすでに沈みかかっており、窓から夕日が差し込み始めていた。丸太を横積みにされた壁が紅く照らされていた。
 集まった生徒たちに会話はほとんどない。
 みな一様に青ざめ、震えていた。
 あれから1人増え、現在は朔も含めると9名の選手がAスポットに集まっていた。

 と、入り口の扉が勢いよく開いた。「こんちわっ」入ってきたのは、鈴木弦すずき・げんだった。
 他の選手たちと同じく、茶色地のブレザーを着込み、リュックを背負っている。
 目鼻、口。顔の作り全てが大振りな容貌の少年だ。
 どたどたと足音を立てながら、ログハウスの床を踏み歩く。
「やー、まいったね」
 誰に話しかけるでもなく、快活な声で言う。「えらいことになったねぇ。困った」やはり声は明るく、ちっとも困っている様子は見えない。
「お、結構いるのね。みんな、三ヶ月がんばろうぜ」
 10人目は、軽い調子で続けた。
「……うるせえよ、これはプログラムなんだ」
 苛つきを口に出したのは、三上真太郎みかみ・しんたろうだ。
 背が高く、がっしりとした身体つき。
 彫りの深い、整った顔立ちをしている。
 素行が目立って悪いわけではないが、乱暴な振る舞いも多い生徒だった。
「俺たち……殺しあうんだ、ぞ」
 絶望的な表情で、台詞を吐く。
 弦は一瞬きょとんとした顔をし、「そう、これはプログラムだけど。殺しあわなくても、いいじゃん。確かにえらいことだけどさ、がんばろうぜ」ひらひら手を振った。

 これは、事実だった。
 今回の三ヶ月プログラムの終了条件は二つあった。
 1、参加選手が最後の一人になった場合。
 2、三ヶ月が経過した場合、具体的に言えば来年の1月1日になった場合。
 このどちらかの条件を満たせば、プログラムは終了し、その時点での生存者全員が優勝者となる。
 朔が士官学校で任務説明時に言われた「優勝者が複数出る」という宇佐木教官の台詞は、ここに起因していた。
 
 そして、鈴木弦もまた、専守防衛陸軍士官学校より派遣された兵士であった。
「三ヶ月がんばろうっぜ」
 鈴木弦が、先ほどと同じ台詞を語尾をはねさせて言う。
 兵士とは思えない楽天さだが、もともと弦はこのような質だった。
 朔とは別の意味で、士官学校では浮いた存在だった。
 優秀ではあるが、門限破り、飲酒喫煙などを繰り返し、よく懲罰房に入れられていた。
 ただ上層部に対して、決して反抗的わけではなかった。
 欲望に正直。
 この表現が一番近いだろうか。
 強制士官者であることも特に気にしている様子はなかった。万事に明け広げでひょうひょうとした性格。
 士官学校でも、周囲に壁を作っていた朔にさえ気軽に話しかけてきたものだ。 

 プログラム下ではさすがに緊張感が出ると思っていたが……。
 任務を理解しているのだろうかと、朔はいっそ不安になった。
 この場には、瀬戸晦もいる。
 これで、特別選手四人のうち三人までもがAスポットに集まったことになった。
 特別選手の残る一人は、水嶋望みずしま・のぞみという凛然とした雰囲気の少女だ。
 Aスポットには来ていないが、この会場のどこかで任務についているに違いない。

 
「そ、そうだね。三ヶ月がんばればいいんだ」
 朔の横で膝を抱えていた中村大河がぱっと立ち上がった。小柄な体躯に力が巡っていく様が見えた。
「そそ」
 鈴木弦が大きな口をあけて笑う。
「このプログラムでは、殺しあう必要なんて、ないんだよ」
 弦の台詞には、朔は懐疑的だった。
 確かに、だれも殺しあうことなくすごすことはルール上可能だが、三ヶ月という長丁場、いずれ誰かがゲームに乗るだろう。
 また、開催時期が悪かった。
 じきに冬に入る。
 京都の冬は厳寒で知られる。
 特に、四方を海に囲まれたこの鎖島は、凍えるような寒さに襲われるだろう。
 サバイバルそのものが主題ではないため、スポットから物資を定期的に得ることができるが、説明時必要最低限との言葉があった。
 寒さに耐える装備、空腹を満たす食料……。
 今後、生き残るために物資の奪い合いが起きることが予想された。

 三上真太郎も朔と同じことを考えていたのだろう、「んなわけねーだろっ」弦に詰め寄ろうとする。
 これを制した者があった。
「三上、空気読めよ」
 凪下南美なぎした・みなみだった。
 女子生徒としては荒い口調だが、女子学級委員を務める成績優秀な少女だ。
 茶色に染めた肩までの艶髪。丸顔に頭の丸い鼻、くりくりとした愛らしい瞳。可愛らしい顔立ちをしている。
 しかし「ったく」口を開けばこの通りの有様だ。
 あけすけな飾らない性格のせいか、同性人気は高いようだった。……男子生徒からは「生意気だ」と見られており、容貌の割に異性の目はあまり惹いていないようだが。

「鈴木の女だからって、口挟むんじゃねーよ」
 三上真太郎が声を荒げると、「ばっかじゃない」南美が冷めた声で返す。
 鈴木弦と南美は一時交際していた時期があった。
 弦は二学年の一月から有明中学校に潜入していたが、二月には付き合い始めたとのことだ。弦の浮気が原因ですぐに別れてしまったようだ。
 別れはしたが、さっぱりとした性格の二人のこと、今でも親しくしているため、外から見れば復縁したようにも見える。
 真太郎も、そう捉えていた口なのだろう。

 異性関係のほか、弦は部活動や遊びにも積極的だった。
 学園内だけでなく、どこで繋がりを持ったのか、外部に多くの友人がおり、毎日のように遊び歩いている。
 よりリアルな記録のため、周囲に溶け込むことは推奨されていたが、弦は行過ぎており、日常生活を監視するために派遣された上官によく注意されていた。
 朔としても、潜入先でわざわざ交際相手を見つける心理は理解できない。

 弦の監視役は、世間的には弦の『養い親』を装っている。
 大東亜共和国はお国柄、孤児が出やすい。その受け皿として、里親制度が推奨されていた。国から補助金も出るのだ。
 また監視官は、瀬戸晦の養役も兼ねていた。
 弦と瀬戸晦が同じ養親のもとで暮らしている設定なっているのだ。
 ちなみに、朔と水嶋望は一般家庭の設定になっており、それぞれ肉親役の監視官がついていた。
 朔には、大神優おおがみ・ゆうという20代半ばの男性官が兄役として派遣されていた。
 彫りの深い整った容貌で、179センチの朔よりさらに頭ひとつ背が高かった。
 両親を亡くしている兄弟二人暮らしという設定で、大神も滝口姓を名乗っていた。
 朔は実際には一人っ子なので、不思議な感覚だ。
 しかも、大神はざっくばらんに親しく接してくるので、正直戸惑う。
 大河も大神のことを考えていたらしい。
「朔んとこの兄ちゃん、心配してるだろうね」
 大河はよく家に遊びに来ているので、大神とは見知った仲だ。
 一度、大神に誘われ、三人でキャンプに行ったこともある。
 ここは、気落ちしているように見せたほうが自然だろう。「だろう、な」ため息と一緒に肩を落とした。
 


 そうこうしているうちに、放送が始まった。
 通常は数時間おきだが、今回は長期プログラムのためか、数日に一度のペースになるそうだった。
 そのほかにも、必要に応じて放送がかかるらしい。
 島のあちこちに設置されたスピーカーから流れるため、音声が重なって聞こえる。
 放送者は宇佐木涼子教官で、淡々と禁止エリアを読み上げていた。……現在いるエリアもその中に含まれていた。
 約5時間後、10月2日になると同時に禁止エリア設定が行われるそうだ。
 鎖島には物資小屋として、4つのスポットがある。
 地図と照らし合わせると、他のスポットもひとつを除いて禁止エリア指定されていた。

 禁止エリアをまぬが れたのはBスポットだったが、遠く離れた位置にあった。
 小さいとはいえ、山林が大半を占める鎖島のこと、移動には相応の時間を要する。夜までに到達するのは難しいだろう。
「スポットに寝泊りできないのか」
 標準装備に簡易寝袋は含まれていたが、野営は体力を削がれる。
 顔をしかめていると、「やだなぁ」大河が肩を落とした。

 一般的なプログラムは選手を動かすために禁止エリアが次々に追加され、稼動範囲を狭めていく形になる。
 しかし、このプログラムは禁止エリアも特殊で、設定と解除を繰り返す形になる。
 その入れ替わりは、スポットが含まれるエリアは特に頻繁になるそうだ。
 時間差で開放される物資や食料を得るために、スポットと外部を行き来することになるだろう。
 選手を移動させ、遭遇の機会を増やすためには、いたって合理的な方策だった。

 
 ややあって、スポットの奥、物資部屋が連なる廊下のあたりでカチリと音がした。
 物資部屋のひとつが開錠されたのだ。
 ごくり、誰かが唾を飲み込む音が響いた。

 

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バトル×2
滝口朔 
主人公。陸軍所属の兵士であることを隠している。記録撮影のために事前よりクラスに潜入していた。成功報酬の強制士官免除が望み。
瀬戸晦
同じく潜入している兵士。
中村大河
朔と親しいが、朔が兵士であることは知らない。