<名河内十太>
「やっぱ、悪趣味だった……かな」
そう言って、名河内十太は頭をかいた。
滝口朔の姿はすでにない。
中村大河とは逆の方向、森の中に消えていた。
相当にショックだったのだろう、顔色は蒼白で、ふらふらとした足取りだった。
ただこれで、はっきりしたことがある。
滝口朔は兵士だ。そして、瀬戸晦、鈴木弦、水嶋望も。
特に十太は鈴木弦と親しくしていた。
彼は、どこか冷めた十太にしれみれば気恥ずかしくなるほどに、学園生活を大切にしてた。
兵士だったと認識した今も、あの姿が嘘だったとは思えない。
有明中学校で過ごした日々に偽りがなかったからこそ、鈴木弦は自殺という道を選んだのだろう。
裏切られた、という思いはもちろんある。
しかし、大河のように怒気には移らなかった。
それは、十太が人間関係に刺激を求めてきたからだ。
友人は多くいたが、その実、友情は求めていかなかったからだ。
「十太は悪人にはなりきれないヨ」
碓氷ヒロがくすりと笑い、「悪く思ってるんならサ、あいつらに次に会ったときに謝りナヨ」軽い口調で続けた。
あまりに軽く、事も無げな言い振りだったからだろうか。
次なんて期待できないプログラムの現状を忘れ、「そうだな」十太も軽い調子で頷く。
遅れて、秘密を暴露された滝口朔から恨まれているであろうことも思い出す。
「なんなんだろうな、全く」
十太自身も相当に緊迫感の足りない性質だと自覚しているが、目の前の華奢な少年には及ばないと苦笑いを一つ。
「そう言えば、なんで徳山を助けたんだ。お前、徳山と何かあったっけ」
疑問に思っていたことを訊いてみる。
大河らに話した通り、徳山愛梨を保護しようと提案したのは、ヒロだった。
今まで積極的にクラスメイトを殺そうとしていたのとは、真逆の行為だ。
十太には、今の彼こそが『悪人になりきれていない』ように見えた。
「何にもないヨ。話したこともほとんどないんじゃないカナ。なんか、そーいう気になったダケ」
嘘をついているようにも見えない。
その気まぐれにはあきれてしまうが、彼らしいといえば彼らしいと納得してしまう部分もある。
これまでずっと、ヒロは明確な悪役としてプログラムを駆け抜けてきたはずだ。
ただ、プログラムに積極的に乗っているといっても、その執着のなさからか、仕損じも多い。
途中で気が変わることもある。これは、十太自身が経験した。数週間前にいきなり襲われたが、なんとか言いくるめ、コンビを組むことに成功した。
そんなことが出来たのも、ヒロの特性ゆえだ。
……ただ、その気になったから。気が向いたから。
彼がプログラムに乗った理由は、おそらくその程度なだ。
本来殺意は闇のもので暗く湿ったものだが、ヒロのそれはからりと乾いている。暗い闇なはずのに、透明感まで感じる。
常に刺激を求めているある種変わり者とはいえ、当たり前の倫理観もある十太がヒロに薄気味悪さや嫌悪感を持たないのは、彼のそういったところが理由に違いない。
先ほど「謝ったら?」と至極まっとうなことを言ってきたとき、特に意外性は感じなかった。
彼だって、気まぐれな行動が引き起こした結果に後悔することもあるのだろう。
ふと考え、次いで、自身が悔いているのだと知った。
今、十太の胸はちくりとした痛みを覚えていた。告発は単純な悪戯心からだった。それほどの悪意があったわけではない。
しかし、彼らを傷つけた。
彼らが去った暗い森の奥を見やり、十太は深く息をついた。
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