<中村大河>
ややあって、がさりと近くの藪が動いた。
朔がばっと起き上がり、M360Dを構える。
「タイタニック号の悲劇って知ってる?」
唐突な台詞とともに現れたのは名河内十太だった。
すらりとした長身を、デニム地のオーバーオールと厚手のトレーナーで包んでいる。
短かった髪は、この一ヶ月あまりで少し伸びていた。
そして、その手にも同じリボルバー銃。
彼は少なくとも水嶋望を殺害している。
ぴんっと緊張の糸が張り詰めた。
しかし、十太はその糸をすぐに緩めてきた。
「まぁまぁ、そう睨み付けないで。いまお前らとやり合うつもりはないからさ」
のんびりとした口調で言い、銃をポケットにしまって見せた。
「……なに?」
朔はM360Dを残したままだ。
「そんなことよりも、タイタニックだ。有名だから知ってるよね? ……昔、イギリスかどっかの豪華客船が氷山に衝突して海に沈んだって話。そのとき、救命ボートには一部の乗客しか乗れなかった。ボートは全員を救えなかったんだよ。まぁ、その頃は、大型船はすぐには沈まない、ボートに乗るよりも救助船を待ったほうがいいって説が有力だったって話だけどさ」
立石に水とはこのことだろう。よく話す。
「なにが……言いたい?」
銃を構え、狙いを十太に定めたまま、朔が言う。
その額には汗。
声色は硬く、朔の糸は張られたままだ。
「まぁ、どんな理由があるにせよ、なんだって、救える数は限られてくるってこと。3人かもしれないし、1人かもしれない。場合によっちゃ……ゼロってこともある」
「あの状況じゃ仕方ないってことガ、言いたいんダよネ?」
続いて現れたのは、碓氷ヒロだ。独特のイントネーションで話しかけてくる。
華奢な彼は大河たちと同じく、制服の上からマウンテンジャケットを羽織っていた。愛嬌のある童顔。浅黒く日焼けした十太と並ぶとその肌の白さが目立つ。
遅れて、大河の言いたかった台詞を、二人が代弁してくれたと分かった。
「そう、か」
朔が頷く。
朔の顔を恐る恐る見上げると、少し救われたような顔をしていた。間にあった壁が取り除かれたような気もした。
朔によると、彼らは水嶋望が死んだときも彼女を救うような台詞を言ったらしい。
ヒロたちは、確実にプログラムに乗っている。望を殺したのだって、彼らだ。
その事実と、慰めの言葉が似つかわしくなく、戸惑う。
そして、ヒロの後ろに隠れる形でもう一人。
「えっ」
その正体がわかり、大河は惑い声をあげた。
「徳山……」
朔も目を見開いている。
最後の一人は、徳山愛梨だった。
正気には戻っていないらしく、空を見つめ何事かぶつぶつと呟いている。
見ると、ヒロの頬や腕には真新しい引っかき傷があった。洞穴から愛梨を連れ出す際に抵抗でもされたのか。
どういう目的かは分からないが、先ほどの十太の話で言えば、彼らのボートには愛梨を乗せるスペースがあったことになる。
それは、大河たちにはなかったスペースだ。
「どう、して」
朔が訊く。
「うちの相方は、気まぐれでね」
十太が肩をすくめて返す。
「俺たちは積極的に人殺しゲームに乗るつもりはない。だが、襲われれば抵抗するつもりだ」
軽く頭を振った後、朔が宣言する。
そして、ゆっくりと身体を起し、中腰の体勢になる。
手先で指示され、大河も同じように起き上がった。
朔の目がちらりと山道を見た。
退路を確認したに違いない。
ただ、朔が構える拳銃の銃口は下げられていた。それは、徳山愛梨を保護している彼らへの敬意からだろうか。
これに、十太が皮肉めいた笑みを返してきた。
「……ずっと訊きたかったんだけどさ。滝口の目的はなんなんだ?」
「は?」
「そう、目的。何を命令されて、お前は来たんだ?」
隣で、朔がはっと息を呑んだのが分かった。
「命令……?」
訳が分からず、大河は疑問符を投げる。
十太は、少し気の毒そうな顔を向けてきた。
「すまんな、中村」
謝罪の言葉も向けられ、さらに困惑した。
「さぁ、答えてくれ、滝口、お前、兵士か何かだろ? 何を命令されて、このプログラムに潜入してるんだ?」
「なっ」
驚き、ぽかんと口を開けた。
「俺の予想では、監視、記録役ってとこなんだが、どうだ?」
朔は目を伏せて返す。
「……あってるんだな?」
朔は肯定も否定もしなかったが、その沈黙が答えを指し示していた。
「……え?」
遅れて、訊いていた。
「どういうこと?」
「こいつのこと友だちだって思っている中村には悪いが、滝口は政府関係者なんだよ。プログラム中の俺たちを監視しているのさ」
十太はそう言って肩をすくめた。
「そんな……嘘だろ?」
朔を見やる。
しかし彼は目を伏せるばかりで視線を合わせてくれない。
「嘘……だ」
じりじりと後ずさり、「嘘、だ」同じ台詞を繰り返す。
滝口朔は三年次からの転入生だ。
付き合いは半年。決して長くはない。
最初は、クールな外見と世間知らずから来るとぼけた言動とのギャップが、ただ単に可笑しくて付き合っていただけだった。
だが、プログラムの過酷な状況を経た今は、大切な友人だ。
命を救ってもらったこともある。
数週間前、海難した三上真太郎らを救いに海に入ったが、結局自分もおぼれてしまった。それを命を掛けて救ってくれたのは朔だった。
あの頃の朔はまだ冷淡さが目立ち、まさか彼が助けてくれるとは思っても見なかった。
プログラム中に朔は少しずつ変わり、そして自分も変わった。
そうした変化も何もかもをひっくるめて、より深いところで分かり合え始めている、そう感じていた。
もともと友人の多い大河だが、朔ほど心を許した者はいなかった。困ったときは助け合える本当の親友を得ることができた、そんな風にも思っていた……。
……それが、全部嘘だったのか?
身体の中で熱火が渦巻いていた。
「朔っ」
唾を飛ばし、親友の名を呼ぶ。
しかし、朔は呆然と立ち尽くすばかり。やはり視線は合わせてくれない。
ふらり、大河は立ち上がった。
「……お前のせいだ」
声は抑えたが、怒りの感情が身体中を駆け巡り続けていた。血管が膨れ上がっているのが分かる。
拳を握り締め、叫ぶ。
「崎本が死んだのもっ 佐藤が死んだのも! 全部全部、お前のせいだ!」
頭のどこかで、それが理不尽な謗りであることは承知していた。
しかし、大河には、朔が政府そのものに見えて仕方なかった。
「た、いが……」
ここでやっと、朔は顔を上げた。
長身の彼は、見たこともないような悲しい顔をしていた。瞳に潤んでいるのは涙だろうか。
初めて聞く、弱弱しい口調。相当のダメージを受けていることが分かる。
聞きたくなかった。もはや、彼のどんな台詞も聞きたくなかった。
朔に背を向け、歩き出す。
「待ってく、れ」
気配で、朔が手を伸ばしているのが分かる。きっとその指先は震えているだろう。
しかし大河は振り向かなかった。そしてそのまま駆け出す。
「すまない。オレは……」
後方から、潰れきった朔の声が聞こえたが、大河は振り返らなかった。
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