<中村大河>
と、それは突然やってきた。
あたりの空気がぴりりと張り詰めたかと思うと、橋がぐらりと揺れた。
慌ててしゃがみこみ、桁板をつかむ。
始め、橋が崩れたのかと考えたが、森の木々も大きく揺れ、鳥たちが羽音とともに飛び立っていく。獣の惑う声がした。
「地震だ……」
朔に言われ、身体が硬直した。
「もっと大きな揺れがくるかもしれない。……早く安全な場所へ」
朔の予測は正しかったが、遅かった。
すぐに次の揺れが来る。
「でかいっ」
先ほどとは比べ物にならない揺れ。
身体が何度もバウンドし、弾き飛ばされそうになる。
つり橋自体も上下左右に大きく振れていた。
少しでも早く逃げたかったが、すでに橋の中ほどに来ていた。戻ることも進むこともあたわず、橋桁にしがみ付くことしかできなかった。
「ああっ」
揺れに負け、航平の身体が橋から飛び出す。
とっさ、彼と近い位置にいた朔が右手を伸ばした。
手を掴み渾身の力で支えたが、時すでに遅かった。航平が朔の右手を命綱にした宙吊りの状態になってしまった。
橋の片側に航平の体重がかかり、大きく傾斜する。
大河と朔はまだ橋の中に身体が残っているが、板にしがみ付いていないと落ちてしまうほどの勾配だ。
そして一拍の後、橋を支えるつるのどこかが切れたのだろう、がくんと衝撃が走り、さらに傾斜が強まった。
「ひいいっ」
航平の叫び声。
桁板がいくつかばらばらと落ち、谷底へ消えた。
「一緒に支えてくれ!」
「助けてっ」
朔と航平に同時に叫ばれ、はっと我に返る。
慎重に身体を動かして、いびつに傾いた橋桁の間を渡り、彼らに近づく。
そして腕を伸ばそうとしたが、小柄な大河のこと、リーチが足りなかった。これ以上身を乗り出したら、今度は大河が落ちてしまう。
「届かないよっ」
これを受けて、朔が必死の形相で航平を引き上げようとしたが、右腕一本では叶わない。
見ると、橋桁を掴む朔の左手が開き始めていた。二人分の体重を支えきれなくなってきているのだ。そもそも体勢に無理がある。このままだと、航平ともども落下してしまう。
背筋に氷を押し当てられたような感覚に襲われた。
それが恐怖だと認識した瞬間に、心までもが冷える。
表情も変わったのだろう。
「た、いが……?」
歯を食いしばり、片目だけを開けた常態の朔が怪訝な顔をする。
プログラムを経て少し変わってきているとはいえ、冷淡な言動の目立つ朔。先ほども、冷静な判断の元、徳山愛梨を見捨てた。
その朔が命を掛けて高木航平を救おうとしている。
……これが本来の朔なのだ。
普段は理知性が勝りそればかりが目立っていた。しかし、それは判断を下す時間、余裕があったからだ。仮面を剥ぎ取れば、当たり前の人の顔が出てくる。いや、プログラムを経て、出るようになった。
……俺たちは試されている。
朔の言葉を思い出した。
朔は命を掛けて助けるという答えを出した。……俺は? ……俺に求められている答えは、なんだ?
やがて、分かった。
「……そうか」
一人、頷く。
「そうか、これが……俺に求められている答えなのか」
およそ大河らしからぬ言い回しに、朔が「お前、なにを……」見つめてくる。
思わず目をそらした後、大河は心の中で3を数え、ゆっくりと息を吐いた。
そして拳を握り締めると、「あああっ」航平を支える朔の右腕、その肘の辺りを強く打ち付けた。
狙い通り、衝撃で手が痺れたのだろう、朔が航平を掴んでいた右手を離した。
揺れ戻しはすぐに生じた。
反動で弾き飛ばされないよう、必死で橋桁にしがみつく。
やがて体の傾きが元に、水平に戻った。
橋の片側にかかっていた『錘』が取り除かれたからだと理解した。
まだ小刻みな揺れが残るつり橋の上に寝転んだ体勢、朔と二人、天を仰ぐ。
隣で、はぁはぁと朔が荒く息を乱している。
数週間前、三上真太郎らを助けようとして海難した。
それを救ってくれたのは朔だった。その後二人して空を見上げた。そして、今も同じ空が広がって見える。
しかし、見上げた空の色は全く違って見えた。
それは、季節の変化のためだけではないだろう。
やがて、「ああ……」嘆きとともに、一筋の涙が大河の頬を伝った。
*
いつまでもつり橋の上にはいられない。
大河と朔は這うようにして、谷の反対側へと向かった。こちら側は禁止エリアから外れているので安全だ。
岸につく頃には地震もすっかりおさまり、あたりは静まり返っていた。
谷底を流れる渓流の音だけがさわさわと聞こえる。
岸は、芝のような下生えに覆われていた。
また、山道が目の前の森を切り分けていた。
二人並んで座り込む。
崖を見下ろすと、高木航平は渓流から突き出した大岩の上に落ちていた。いびつに身体を折り曲げたうつ伏せの状態。
飛び散る水で血のほとんどは洗い流されているが、ぴくりとも動かない。
この高さから落ちたのだ。命はないだろう。
「……救えなかった」
ぽつり、朔が呟く。
責めるような口調ではなかったが、先ほどまではなかった壁を感じた。
考えすぎだとも思うが、どうしても朔の顔を見ることができない。
「だけ、ど!」
大きな声になる。
……だけど、仕方なかったじゃないか。
言いたくても言えない台詞。
不思議に、したこと、朔を救うために高木航平を殺したことに、後悔はなかった。
あれが自分に課せられた試しなのだとすれば、正解を出したのだとさえ、思う。
−高木航平死亡 15/28−
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