OBR4 −ダンデライオン−  


054 2005年11月07日05時00分


<中村大河>


「ど、どうしよう?」
 すっかり気が触れてしまった徳山愛梨。彼女をこれからどう扱ってよいか分からず、大河は問いとともに視線を滝口朔へ投げた。
 暗い洞穴の中、ライトに浮かび上がるがっしりとした長身。
 艶のある黒髪、黒目の少ない三白眼に、薄い唇。
 ややあって、朔は右手を握り締め、胸の前に掲げた。
「選択肢は二つ、だ」
「ふた……つ?」
 高木航平が怪訝な顔をする。 
「一つ目は、このままここに置いて行く……」
 朔はそう言って親指を伸ばし、「二つ目は、ここで……殺す」次いで、人差し指を伸ばした。
「な、何言ってんだよ!」
 航平が驚き、つばを飛ばした。上ずった声が、洞穴に反響する。
 朔に詰め寄り、胸倉をつかもうとした。
 手に持ったライトの光が洞窟の壁を乱れ飛ぶ。
「こ、殺すって、クラスメイトだぞ! ……タイガっ」
 次いで名前を呼ばれ、大河はびくりと肩を上げた。
「こいつ、おかしいよ。どうかしてる! お前もそう思うだろっ?」

 これに大河は目をそらして返した。
 そして、重い息を吐いた後、「高木……。朔は、楽にしてやろうって言っているんだ。彼女の面倒を見た佐藤はどうなった? このプログラムはまだ2ヶ月も残ってんだ、無理だよ」噛んで含めるように話した。
「なっ」
 航平が後じさり、「お前まで何言ってんだ!」嫌々と首を振った。
 ややあって、何か閃いたような顔をし、「すぐに正気に戻るかもしれないじゃないかっ」続ける。
 大河はもう一度嘆息した。
「そんなの、分からない。いつくるか分からないときを期待して……待ち続けるような余裕は、俺たちには、ないよ」
「そ、んな……」
 
「それに、麻山ひじりと荒木文菜の話、したろ。毒きのこにあたってた彼女たちに、誰かが止めを刺してるって話」
 凪下南美はひじりらと一緒に毒にあたったが、一命を取り留めている。
 彼女に犯人を聞いてみたが、気絶した後だったらしく、分からないとのことだった(手を下したのは西塔紅美だが、南美はそのことを朔らに話していなかった)。
 一度顔を背けた後、ゆっくりと向きなおし「それが、どうした?」航平が訊く。
 その瞳には涙が浮かんでいた。
「俺たちだけじゃない。……クラスメイトを楽にしてやったのは、俺たちだけじゃ、ないんだよ」
「……そんなの、誤魔化しだ!」
 一ヶ月前、クラスメイトの死に理知的な判断を下していく朔に憤った。
 そして今は、憤怒を向けられている。

「ちょっと待て」
 と、ここで朔が間に入ってきた。
「選択肢は二つ、と言ったはずだ」
 惑い顔の二人を見やった後、朔は胸の前で腕を組んだ。
 そして、片手であご先を触りつつ「オレは、このまま置いて行く選択肢を取りたい」淡々とした口調で言う。
「そ、そうだ。わざわざ連れて歩かなくても、ここにいてもらって、時々様子を見に来ようよ」
 請われてもいないのに朔の選択をフォローするが、これには首を振って返された。
「いや。このあたりは頻繁に禁止エリアに設定されている。……つまり、オレたちが直接手を下さなくても、彼女は死ぬ」
「なっ」
  
「オレは……もうこれ以上、人を殺す重みなんて背負いたくない」
 すでに間刈晃次を手にかけた彼ならではの台詞だったが、航平はそのニュアンスに気づかなかったようだ。
「……直接やら、ず?」
 呆然と、航平が言う。
「ああ」
「死ぬのを……待つ?」
「そうだ」
「そんなの、ズルい……よ」
 淡々とした会話の中、航平の声は次第に小さくなり、振り上げていた拳がゆっくりと下ろされた。肩掛けされていたリュックが岩肌の地面に落ちる。

「なら……」
 何かを言いかけ、朔が口を閉じた。
 きっと、『なら、お前が連れて歩けばいい』と言おうとしてやめたのだ。
 だけど、それを言ってしまえば、航平を追い詰めることになる。
 彼だって心のどこかで分かっている。自分たちには、気が触れたクラスメイトの生命を維持するゆとりなどないと、分かっている。
 ただそれを認められないだけだ。
 そんな航平に『彼女の命を背負え』ということが、彼から『彼女の命は背負えない』という言葉を引き出すこということが、どれだけ酷なのことか、朔はよく理解している。
 だから、口を閉じたのだ。 
 一ヶ月前、プログラムが始まる前の彼ならば、人の心の機微が分からなかった彼ならば、言っていた。だけど、今は分かる。だから、言えなかった。

「さいてー、だ」
 吐き捨てるように航平が言い、顔を背けた。しかし、その声に力はなかった。
 確かに、大河が見てきた映画や物語の主人公らには決してない、『さいてー』な判断だ。 
 人として、愛梨を助けるべきなのだろう。
 たとえ結果的に投げ出すことになったとしても、少なくとも試すべきなのだろう。
 心のどこかが、そう主張する。
 だけど、大河は口を開くことができなかった。
 正しいと思う道を進むことができない自分。汚れ役を友人に押し付けている自分。そんな自分が酷く穢れているように感じた。
 両手の平を開け、じっと見つめる。小刻みに震える指先は荒れ、小さな傷がいくつも走っている。
 長いサバイバル生活の中で傷つき、こんな風になってしまった。 
 
 いつまで、こんなことが続くのだろう……。
 指先から始まった震えが、心に届く。その先に何があるのか、どんな変化が訪れるのか、恐ろしくて恐ろしくてたまらなかった。



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中村大河
朔と親しいが、兵士であることには気づいていない。
滝口朔
撮影記録のために潜入している兵士の一人。任務成功報酬の強制士官免除が望み。孤児院育ち。
高木航平
サッカー部。人との距離感が近く、朔とも親しく話してくる。