OBR4 −ダンデライオン−  


053 2005年11月07日04時00分


<滝口朔>


 大河が見つけたのは、徳山愛梨だった。
 岩陰に隠れるようにしていたため、分からなかったのだ。
 ライトをぐるりとまわすと、暗闇を丸く切り取る光の円の中、洞窟の岩肌が現れては消えた。まだ奥があるようだが、ここからはぐっと細くなるため進めない。
 湧き水の通り道があり、ちょろちょろと水が流れていた。
 また隅に小さな縦穴があり、汚物やゴミはそこに投げ捨てていたようだ。
 このあたりはCスポットから見て隣のエリアになり、彼らがDスポットから戻った頃合からは禁止エリアに指定されていない。
 あれからずっとここに潜んでいたと見ていいだろう。

 太り気味だった愛梨の身体はやはり大分痩せている。慶介と同じく制服の上からライフジャケットを羽織っており、泥と埃にまみれている。肩ほどの髪も振り乱れていた。
 愛梨は呆けたようになっていたが、ライトを当てると「ひいっ」後ずさりする。
「そんなに驚かなくても大丈夫だよ」
 大河が彼女に触れようとしたが「うわっ」爪で腕を引っ掛かれてしまう。
 愛梨は獣のような唸り声を続けてくる。
 目の焦点があっておらず、表情もうつろだ。
「徳山、俺だよ、俺。中村、大河。ど、どうしちゃったんだよっ」
 訊いても、言葉としての返答はない。
「気が触れてるの、か」
 ため息のような声で朔はうめいた。
 それが合図になったかのように、愛梨はふっと気を失った。
「徳山……」
 追うようにして、高木航平が震える声を押し出してきた。愛梨の状態にショックを受けているのか、表情は暗く、今にも泣き出しそうにしている。

「徳山、Dスポットが土砂に流されたとき、えらく混乱してたけど、そのままそれが酷くなっちゃったのか……」
 大河がひざを折り、愛梨の肩をなでる。
 その手には彼女につけられた引っ掻き傷。血もにじんでいる。
「おそらく。佐藤がずっと面倒みてきたんだろう」
「佐藤もだけど、徳山も凄く痩せちゃってるね……。近くにCスポットもあるし、釣竿も持ってるのに、なんで……」
 来る途中に渓流があった。
 その気になれば、川魚や沢蟹を得られただろう。 
 朔はこれには答えず、まずは愛梨の身体にライトをあてた。
 身体には目立った外傷はない。しかし、手は赤黒く変色した血で汚れていた。特に指先、爪が酷い。
 南の浜でDスポット崩落を目撃した際、混乱した愛梨を佐藤慶介がなだめていたシーンを思い出す。
 あのとき、彼女は抱きしめる慶介の腕を握り締めていた。
 強く強く握り締め、彼女の爪は慶介を傷つけた。そして、彼をつかむことで、彼女は少し落ち着いたようだった。

 ゆっくりと振り返り、今度は慶介の亡骸にライトをあてる。
 慶介の亡骸は引っかき傷や爪でえぐられたような傷で覆われていた。
「そう言う、ことか」
「え?」
「オレも、佐藤たちがどうしてこんなにも早く……ここまでの低栄養状態になったのか、疑問だったんだが……。おそらく徳山は、佐藤が離れるのを嫌ったんだろう。佐藤は佐藤で、気が触れている徳山から離れることができなかった」
「ああ……」
 大河が、深く、息を吐く。
「あと、徳山はきっと、佐藤を傷つけることで落ち着いたんだろう。佐藤はそのまま受け入れた。……どれだけ傷つけられても、受け入れた。見ろ、徳山の身体は比較的きれいだ。食べるものも食べず、湧き水で彼女を洗い、汚物を片付け……世話をし続け、そうして、ゆっくりと……ゆっくりと弱り、身体を壊し、死んだんだ」
「そん、な」
 否定のような返しだったが、大河は納得が行ったような顔をしていた。

「徳山を一時的にここに置いて、そのままCスポットに連れて行って、まぁなんでもいいが、とにかく、工夫して食料を得る方法もあったんだろうが……。佐藤は彼女の安心を取った」
 続け、朔も嘆息した。
 そして、「……ゆるやかな、自殺」目を伏せる。
「え?」
「なんとかして生き延びるよりも、ゆるやかに死ぬことを選んだんだ」
 その台詞に非難の色はない。
 長期プログラムも半ばに近づき、多くのクラスメイトが命を落としている。そのほとんどは誰かの手によるものだが、中には自ら命の幕を閉じる者もいた。
 きのこの毒で苦しみ続けるよりも殺されることを選んだ荒木文菜、麻山ひじり。
 崎本透留の後を追った柳早弥(自殺の前に碓氷ヒロに殺されたことを朔は知らない)。
 そして、兵士の立場にも関わらずプログラムに絶望し、崖から飛び降りた鈴木弦。
 彼らの死と思いを噛み締めてきた朔には、佐藤慶介の選択をなじる気にはなれなかった。

 また、そんな選択ができる慶介に素直に頭が下がった。
 気が触れてしまった恋人など捨てて、一人で生きる選択肢も彼にはあったはずなのだ。


「な、なんだよ、それっ。そんなの、間違ってるよ!」
 高木航平がつばを飛ばす。ウェーブを描く癖っ毛が振り乱れていた。
「お前には、まだ分からない」
 ……Bスポットの穏やかな環境に守られ、死に直面していなかったお前には、まだ。
 航平へ、苛立ちを投げつける。
「だ、だいたい、サクはなんで、そんなに落ち着いてられるんだっ。冷静に、し、し、した」
 どうしても『死体』という単語が口にできないようで、「冷静に、佐藤の身体確かめてっ」航平は言葉を変えた。
「タ、タイガは?」
 航平が救いを求めるように中村大河を見やるが、彼は目を伏せるだけだった。

 プログラム開始当初、崎本透留の亡骸を発見したとき、航平と同じように取り乱していた大河のことを思い出す。
 冷静に死体を処理する朔に、憤りもぶつけてきたものだ。
 約40日という時間が、彼を変えたのだろう。
「……それがいいことだとは、思わないが」
「そう……だね」
 内容は全く口に出していないが、思いは読み取られたようだ。大河は「俺だって、高木みたくいたかったよ」切なそうな顔で続けた。

 三ヶ月プログラム。
 途方もない時間が強いるのは、長期にわたるサバイバルだけではないのだ。
 と、「うぅ……」徳山愛梨が身体を震わせた。一瞬気を失っただけだったのだろう。
「ど、どうしよう?」
 大河に見つめられた。
 佐藤慶介は死んだが、彼女はまだ生きている。どう扱っていいのか、迷いを向けてきたのだと分かった。

 ……俺たちは試されている。
 鈴木弦の言葉が思い出され、朔はきゅっと口をつぐんだ。
 ……さぁ、新たな試し、だ。



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滝口朔
撮影記録のために潜入している兵士の一人。任務成功報酬の強制士官免除が望み。孤児院育ち。
中村大河
朔と親しいが、兵士であることには気づいていない。
高木航平
サッカー部。人との距離感が近く、朔とも親しく話してくる。