OBR4 −ダンデライオン−  


052 2005年11月07日04時00分


<滝口朔>


 会場東の小高い丘、そのほとんどは雑木で覆われている。
 丘を上方へ向かって縫う道を、滝口朔は慎重な足取りで歩いていた。丘の頂上付近にCスポットがあるのだ。
 道は、舗装こそされていないものの、明らかに人の手が入っている。地図によると、丘の中腹に製材所跡があるようだ。そのために整備されたに違いない。 
 前方で揺れるのは、高木航平が背負うリュックだ。
 背には、中村大河の息遣いを感じる。午前四時、月星は雲に隠れ、懐中電灯だけが頼りだった。

 Bスポットを出てから数時間が経っていた。
 予感があったのだろう、Cスポットへ向かうと言った朔に、中村大河は異を唱えなかった。
 行動に説得力を持たせるため、定期放送で佐藤慶介の名が呼ばれるのを待った。
 佐藤慶介と徳山愛梨がCスポット近くの洞穴でキャンプを張っていたことは、大河も瀬戸晦から聞いている。彼がどうして死んだのか確かめたい、残りのスポットも見ておきたいという、朔の意向をすんなりと受けいれていた。
 朔だけがCスポットに向かう選択肢もあったのだが、大河はごく自然についてきた。 
 そこに高木航平が着いてき、三人での道行みちゆきとなっていた。

 物心ついた頃には実力主義、個人主義で悪名高い孤児院におり、以来ずっと一人で生きていた。
 だからだろうか、誰かと行動を共にすることは煩わしくもあり、嬉しくもあった。
「そういやさ、高木はなんで一緒に来たの?」
 大河が、前を歩く航平に声をかける。
「ん?」
「ほら、Bスポットにいたほうが快適じゃん。なんでわざわざ俺たちについてきたん?」
 双方、明るく元気なスポーツ少年。
 どこか印象の似通った二人の会話に耳を傾ける。
 立ち止まった航平は、「んーと」まずは言い澱んだ。そして、「居心地悪くなってきてたから」軽く息をついた。
「え、どゆこと?」
「だってさ、Bスポットってすっかり馬場王国じゃね?」
 中村大河が遠藤健をさして『そのうち、馬場様とか言い出しそうだよね』と話していたことを思い出す。
「いや、どっちかつーと、王様より教主様、かな。救いの手」
 航平が続けると、「あー分かるかも」大河も後を追う。
「まぁ、実際そうなんだけどさ。馬場がいないと物資が手に入らないし」
 航平は外人のように両手を広げ、肩をすくめた。

「でも、高木、別に立場悪くなかったじゃん」
 大河の言うとおり、航平はBスポットの中心メンバーの一人だった。
 タイプ違いの馬場賢斗ともうまくやっているように見えたのだが……。
「いや、もう限界きてたのよ」
 航平は俯き、頭をぽりぽりと掻く。
「俺ってもともとクラスじゃ結構派手なポジションだったっしょ。スポーツ系だし、友だち多いし、河合千代里とか、女友だちもそれなりにいるし」
 あっけからんと言う。
 これが嫌味に聞こえないのは、彼の人徳だろう。
「でも、馬場って、地味だった。たしかに勉強はできたけど、それだけていうか。……で、今はあっちがすっかりはっきり中心。俺はその取り巻き」
「それが嫌だったのか?」
 ここで初めて朔も口を挟む。
「そ。それが嫌だったんだ」
 素直に航平は頷き、「表向きは何ともないようにしてたけどさ、なんかもう嫌になってたんだ」最後は繰り返した。

 瀬戸晦から聞いていたルートは的確だった。ほどなくして、佐藤慶介らがキャンプ地にしていたという洞穴にたどり着けた。
 途中分岐も多かった。彼の説明でなければ、探索に苦労したに違いない。
 晦は、格闘技や拳銃使いに関しては専守防衛陸軍兵士としては下の部類だが、学術、その応用に優れる。仕官学校の講義の他、個人的にも学んでいるようで、博学だった。
 この案内も地層学などを下地にしているのだろう。

 洞穴の入り口は、トンネルのように綺麗な半円を描いていた。植物などに覆われることなく、ぽかりと大きな口をあけていた。このあたりは洞穴が多いようだ。ここまでにも、逆三角形や崩れた四角形など様々な形状の入り口を見かけた。
 節電のために切っていた超小型カメラの電源を入れる。
 兵士の首輪には、通常仕様の集音機以外に超小型カメラが内臓されている。
 ふと、カメラはもう二台しかないんだな、と考えた。
 水嶋望、鈴木弦が死に、開始当初は四台あったカメラも、朔と晦の二台となってしまった。
「何この匂い……」
 航平が鼻をくんと鳴らし、しかめっ面をした。
 近づくにつれ、物が腐ったような異臭が強くなった。
「この中だ」
 朔の合図で、三人がそれぞれ懐中電灯のあかりを洞窟に入れる。洞内はごつごつした岩肌だった。

 ややあって、「佐藤っ」中村大河の悲鳴のような声があがった。
 交差する光。洞窟の壁に背を預け両足を前に投げ出し、がくりと首をうな垂れた格好で、誰かが事切れている。
 それは、制服の上からライフジャケットを羽織った佐藤慶介だった。
 数週間前、Dスポット近くの浜で出会ったときまだ小奇麗だった衣類は、泥と埃にまみれている。
 彼のものだろう、近くにリュックと釣竿が放置されていた。
「傷……だらけ、だ」
 大河がつぶやく。
 彼が言うとおり、慶介の露出している肌は傷で覆われていた。
 衣類の中から血がにじんでいるところを見ると、露出していない部分も同様なのだろう。
 
「なんだよ、これっ」
 見やると、後ろで航平がぶるぶると震えていた。
 目は見開かれ、深くショックを受けた様子だ。
 立っていられなくなったのか、地面に尻餅をつく。
「新鮮な反応だ、な」
 意図せず皮肉な物言いになってしまい、「……悪い」すぐに謝った。
 だが、航平は呆けたようになっており、声も届いていないようだ。
 思えば、航平は開始以来ずっとBスポットで過ごしていた。
 Bスポットで穏和に過ごしてきた彼にとって、これが初めての目前で見たクラスメイトの死、プログラム体験なのだ。

 航平を大河に任せ、遺体へしっかりと手を合わせる。
 彼の死を十分に悼み、亡骸の観察と分析を始めようとし、ふと手が止まった。
 プログラム開始当初、崎本透留の亡骸をぞんざいに扱い、大河に憤りをぶつけられたことを思い出したのだ。
 ……これはきっと、いい変化だ。
 得た感情を大事にかみ締め、分析を再開する。

 
「爪で引っ掛かれたような傷だな。……ここやここは、爪でえぐられている」
 死んでからそう経っていないからか死臭はさほどしなかったが、屋外だけあって虫がつき始めていた。また、人の身体は、命を失ったその瞬間から危険な菌が繁殖し始める。
 朔は、佐藤慶介の身体に触れないよう注意しながら、慎重に確かめた。
 顔面にも傷が多く、頬はこけ、端正な顔立ちが見る影もなかった。
「かなり痩せている。栄養状態は悪かったようだ。傷は多いが、致命傷に至るものはないところを見ると、餓死……いや」
 彼を最後に見たのは、10月15日、Dスポット崩落の日だ。
 それから20日と少ししか経っていない。
 元々痩せ型だったとはいえ、健康な若者が餓死するには早すぎるような気がした。
「人は絶食状態でも水だけで1から2ヶ月は生存できるというし、な……」
 屋外生活という劣悪な環境を考慮してもやはり早すぎる。

「敗血症、肺炎……。傷口から侵入した菌におかされたのか……低栄養で免疫も落ちていたのだろう」 
 苦しんだ様子がなく、周囲に容器の類がないところから、毒物による死の可能性は低いと判断する。
「病気で死んだってこと?」
 おそるおそる、という様子で大河が訊いて来る。
 その腕の中では、高木航平が色を失って震えていた。
「そう見て間違いないと思う」
「そ、か」
 頷いた大河がややあって「あっ」洞窟の奥を指差した。



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滝口朔
撮影記録のために潜入している兵士の一人。任務成功報酬の強制士官免除が望み。孤児院育ち。
中村大河
朔と親しいが、兵士であることには気づいていない。
高木航平
サッカー部。人との距離感が近く、朔とも親しく話してくる。