OBR4 −ダンデライオン−  


051 2005年11月06日13時30分


<滝口朔>


「やっぱサクは薪割りが上手だなぁ。火を持たせるのもうまいし」
 高木航平が感心したように、朔に言ってきた。
「お前は真剣さが足りないんだ。だからいくら教えても覚えない」
「ざっくりときっついね」
 苦言に、航平はぽりぽりと頭をかく。
 朔としては、本気で助言しているのだが、どうも伝わっていないようだ。
「まぁでも大分わかってきた」
 航平がゆっくりと朔を見やる。
「ん?」
「言うこときついし、ぶっきらぼうだし、顔も怖いけど。……実は結構おせっかい」
「それは褒めているのか?」
 朔が軽く睨むと、「適当に」航平はにやりと笑った。
 航平とは普段の学校ではほとんど話したことがなかったが、彼の人懐っこい性格もあって、共同生活を続けるうちにずいぶん親しくなってきていた。
 プログラム以前はありえなかったことだが、こうして軽口も叩き合える。 
 昼刻、空は晴れているが、制服の上にカーディガンを羽織っただけの航平は少し寒そうにしていた。 

 薪小屋はトタン屋根の簡素な作りだった。
 薪木となるクヌギは十分に乾燥されているが、伐採されたままの状態だった。適宜、薪割りが必要で、なかなかの重労働だ。
 会場となっている鎖島は、今はすっかり過疎化が進んでいるが、もともとは林業の島だったそうだ。
 地図によると、東部の丘には製材所跡もあるようだ。
 製材所跡はCスポットにも近い。
 ……Cスポットだけまだ行っていないな。
 ふと思う。
 早い時期に全スポットを一度は見ておくつもりだったが、Bスポットで落ち着いてしまっている。
「居心地がいいのも考えモノだな」
 苦笑していると、「ちょ、南美?」河合千代里の声が、ほど近くから聞こえた。
「……入り口のほうだっ」
 航平に言われ、二人でBスポットの入り口に回る。

 Bスポットはログハウス風の建築で、エントランスは木製デッキになっている。そこに、千代里のほか、凪下南美や中崎祐子の姿があった。
 南美はカーゴパンツにマウンテンジャケットという姿。
 大型のスポーツバックを肩掛けしている。
 プログラム開始時に支給された彼女のリュックサックは、間刈晃司に奪われてしまっている。
 その晃司は、朔が殺した。
 混乱した様子で襲ってきたのを返り討ちにしたのだが、そのとき南美のディバックは見当たらなかった。どこかで捨ててしまったのだろう。  
 南美のスポーツバックはAスポットの定期物資開放で手に入れたものだった。

「あれ、凪下の髪が……」
 航平が南美を指差す。
 言われて、南美の髪色が変わっていることに気づく。
 明るい栗色に染めていた髪が黒にもどっている。
 ターンカラー剤を使ったのだろう。Bスポットの娯楽物資に入っていた。
「ど、したの?」
 どたどたと足音を立てて、中村大河ら、ほかのメンバーも集まってきた。

「なんか大げさになっなっちゃったな」
 南美が苦笑する。
 丸顔に乗った大きな瞳がくりくりと動く。
 そして、可憐な容貌に似合わない強い口調で「出て行こうと思って」宣言した。
 Bスポットは海岸線沿いの丘に立てられているが、彼女の視線はまっすぐにその外を向いていた。言葉どおり、出て行くつもりなのだ。
 黒髪はその決意の証しなのだろう。
「ど、どうして?」
 祐子が驚いたように言う。
「ジコセキニン」
 これに、南美は謎掛けのような答えを返した。
「出て行ってどうするの? やめときなよ。ここにいれば、暖かい布団も食事もあるんだよ?」
 祐子が引きとめようとするが、南美は「おかげさまで、大分たまったしね」スポーツバックの中からスティック状の簡易食料を取り出して見せた。

 数日前より、それまでみなで共用していた開放物資が配分方式に変わっていた。
 簡易食料は彼女の割り当て分だろう。
「なるほど」
 朔は一人うなづいた。
 物資のわけかたが変わったときに彼女が見せた決意の表情には、祐子だけでなく朔も気がついていた。
 あれは、いずれ出て行くための決意だったのだ。
 ……ああ、それで。
 さらに納得がいったことがあった。
 分配方式に変わる前から、朔は南美に請われ、テントの張り方や食料調達方法、野外生活の注意点などを教えていた。何を考えて出て行くのかは不明だが、物資配分方法の変更は彼女にとって渡りに船だったのだろう。
 最近の南美はスポットの開放食料にはあまり手をつけず、釣ってきた魚などをメインに食していた。
 また、他のメンバーの割り当ての仕事も積極的にかわり、その代価として缶詰など日持ちする食料を得ていたようだ。


 南美と祐子のやり取りの後ろで、河合千代里と桐神蓮子、馬場賢斗が何事かささやきあっている。そして、話の終わった河合千代里が前に出、「まぁ、いいじゃない。彼女が出て行くって言ってるんだから」言い放った。 
「そうだよ。止めることはない」
 どこか不遜な態度で賢斗も言う。
「ほら、馬場くんもそう言ってる」
 続けたのは、桐神蓮子だ。
 銀縁眼鏡の奥、一重の切れ長の瞳が冷ややかに南美を見ている。
 白くすけるような肌、白いワンピース。腰まである艶のある髪だけが黒い。
「そ、そうだよね。馬場くんの言うとおりだ」
 遠藤健が上ずった声で重ねる。
 一度は身勝手に振る舞いBスポットを出て行った彼だが、戻った後はすっかり賢斗のご機嫌取りになっていた。
 賢斗だけを『くん』付けで呼ぶ有様だ。

 中村大河などはそれを苦々しく思っているようで、「そのうち、馬場様とか言い出しそうだよね」朔に耳打ちしてきた。

 中崎祐子が『ここ、変わってきたんだよね』と言っていた雰囲気がさらに変わってきていた。
 Bスポットの物資開放条件は、テストの8割正答だ。
 学業成績が優秀な馬場賢斗以外にその任をできる者はいない。
 もともと腫れ物に触るように接しられていたが、最近はその度合いが増し、下にもおかない扱いだ。
 遠藤健などあからさまに追従している。
 その中で、元は大人しい性格だったはず賢斗に、周りを見下すような態度が目立ってきている。普段の学校や、朔がBスポットに来た頃のおどおどとした彼はもういない。
 周囲の人間や環境がそうさせたのか……あるいは、誰かの意図なのか。
 ちらりと、桐神蓮子の顔を見る。
 白い頬に、満足げな色がついていた。
 そして、瀬戸晦もまた彼女に視線を送っていることに気がついた。
『瀬戸も……そう思うか』
 発声はせず、口だけを動かす。
 お互い、士官学校で口唇術は習得している。
 読み取ったらしく、晦は静かに頷いて返してきた。

 夕刻、すっかり早くなった落日があたりを紅く染め上げていた。
 瀬戸晦と二人で、火起しに使えそうな枝木を取りに近くの森へ来ていた。振り返ると、海岸をバックにした丘の上にBスポットの建物が鎮座している。
 スポットは海岸に突き出した崖の上に立っており、道は一本だけだ。
 まるで、天然の要塞のようにも見えた。
「桐神蓮子」
 朔が呟きを落とすと、「やはり、彼女がキーだと思いますか」晦も追ってくる。
 へりくだった話し口。
 階級が朔よりも一つ下になるせいもあるが、もともと彼は丁寧な口調だ。
「ああ。最近気がついた」
「確かに、以前より少しあからさまになってきてますね。おそらく、積極的に隠す必要性がなくなったためでしょう。まぁ、今でもうまく河合千代里や馬場賢斗を使っていますが」
 彼の反応と分析に、ふむとあご先を指先で擦る。
 ……瀬戸はもっと前から気づいていたってことか。
 士官学校では人間行動学や分析術も学ぶが、晦はその方面に才があるようだった。
 分析術は対人だけでなく、気象学や地質学などを踏まえた戦況戦場分析も含まれる。Dスポット立地の危険性にいち早く気がついたのも彼だった……。

 話しているとおり、Bスポットの変化の裏に桐神蓮子がいることは確かだと思う。
 要所要所でさり気なく発言し、おそらく彼女が望む方向にみなを誘導している。凪下南美がBスポットから出て行くのを受け入れる流れを作ったのも彼女だろう。
 結局、あの後南美は出て行った。
 蓮子の特徴は、『裏』に徹していることだ。
 目立つ発言や決定は性格のきつい河合千代里にさせ、周囲が気を使っている馬場賢斗をその後押しにしている。
 特に、馬場賢斗がBスポットの中心になるように上手にプロデュースしていた。
 大河が「そのうち馬場様とか言い出しそう」と言っていたが、それがまさしく彼女の狙う方向なのだろう。 
 同時に賢斗を手中に入れれば、彼女の立場は安泰だ。
 これは、すでに完了しているようだった。
 賢斗は彼女のことを非常に頼りにしている。
 思えば、蓮子は賢斗を単純に持ち上げるだけでなく、要所要所で信頼を得られるように振舞っていた。また、彼女たちは最近男女の関係にもなったようだ。

「さて、どうするべきか……」
「どうすると言うと?」さも意外そうに晦が言う。
「やめさせた方がいいだろう」
 朔ととしては当然だと思って言ったのだが、怪訝そうな顔を返された。
「瀬戸は違うのか?」
「今のBスポットの状況のことですよね? 彼ら……まぁほとんど桐神蓮子一人の意思ですが……とにかく、彼ら彼女らがそうしたいのであれば、阻害すべきではないでしょう。それが我々の、記録者としての立ち居地です」
「ありのままの、記録」
「そうです。我々の恣意が対象に入っては、正確な記録がとれなくなれます」
 今度は、朔が意外に思う番だった。
 確かに、晦が言う立ち居地は、記録兵として正解なのだろうが……。

「すみません、生意気なことを言って」
 慇懃無礼に頭を下げてくる。
「いや、確かにそうだ。俺が言ったことは忘れてくれ」
 返しながら、瀬戸の認識を変えなくてはいけないな……と感じていた。
 優しいだけの男だと思っていたが、朔以上に任務に忠実な兵士だったようだ。
 ……いや。
 ここで、朔は頭を振った。
「Dスポットのときは?」
「え?」
「Dスポットのときは、Dスポットが崩落しそうだと気がついたときは、彼らを助けようとしたじゃないか。あれは、恣意じゃないのか?」
 追い詰めようとしたつもりはないのだが、晦は俯いた。そして、下を向いたまま「……なんだか、夢中で。自然に任せるべきだったと反省しています」ぼそぼそと話す。
「いや……」
 あいまいに返したが、非情な観察者になりきれない晦を好ましく思ったことは伝わったらしい。晦はどこか照れくさそうな顔をした。

 
 と、朔と晦のデジタル腕時計が小さく振動した。
 一見、一般生徒と同じ作りのように見えるが、兵士に支給された腕時計は特別製で、ボタン操作により、指令や情報が表示されるようになっている。
 たとえば誰かが死んだとき、定期放送よりも早く、その情報が送信されるのだ。
 そして、可能ならばその周辺状況などを『撮影』するよう、指示されていた。
 それぞれの腕時計のボタンを規定の手順で押し、画面を切り替える。
 ややあって、朔の目が見開かれた。
「ああ……」
「……動き出しましたね」
 それぞれに、ため息がこぼれた。
 画面には、佐藤慶介の死亡情報とその位置を示す地図が表示されていた。
 ……佐藤慶介。
 バスケットボール部に所属するスポーツマンで、端正な顔立ちの少年だ。
 Dスポット崩落を、南の浜で一緒に目撃した。
 その後、Cスポットに恋人の徳山愛梨と向い、付近の洞窟に落ち着いたと聞いていた。
 禁止エリア設定の関係などで何度か移動はしたのだろうが、基本的にはCスポット付近で過ごしていたようだ。最終所在地も、Cスポットの隣のエリアだった。

 その佐藤慶介が死んだ。
「病死、自殺、事故死」
「それとも……誰かに殺されたのか」
 継いだ晦の言葉にうなづき、「どちらにしても、動き出した、な」小さく息を吐く。
 晦の言うとおり、ここ何週か誰も死んでいなかったこう着状態に、変化が訪れた。また、彼の死は、次の定期放送で流れる。他の選手の心理に様々な影響を与えるに違いない。
 そして、朔としては遅い気づきが訪れた。
「……徳山は?」
「え?」
「徳山愛梨も一緒にいるはずだろう。彼女はどうしたんだろう」
 これに晦は答えず、ただきゅっと口を結び、悲しそうな顔をするだけだった。



−佐藤慶介死亡 16/28−


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滝口朔
撮影記録のために潜入している兵士の一人。任務成功報酬の強制士官免除が望み。孤児院育ち。
中村大河
朔と親しいが、兵士であることには気づいていない。
高木航平
サッカー部。人との距離感が近く、朔とも親しく話してくる。