OBR4 −ダンデライオン−  


050 2005年11月03日00時30分


<名河内十太>

 
 定期放送を聞き終え、名河内十太なごうち・じったは空を仰ぎ見た。
 午前0時を少し回り、曇天の夜空は闇を深めている。

 会場の東に位置する、雑木で覆われた小高い丘。スポットでは、Cスポットがほど近くにある。十太たちはずっとAスポット付近で過ごしていたが、数日前より禁止エリアに設定されてしまったため、移動してきたのだ。
 十太たちがいるのは、丘の中腹に位置する雑木林の中、ぽかりと開いた空間だ。
 その後ろには洞窟が口をあけている。
 このあたりは洞穴が多い。縦穴もいくつかあり、茂みを歩くときは注意が必要だった。
 洞窟の先は鍾乳洞になっているようだ。
 奥からひやりとした冷気が流れ出ていた。
 焚き火で暖を取っているが、肌寒さは消えなかった。
 黒い絵の具で塗り固めたような闇に、炎が揺れる。
 現代っ子の十太のこと、プログラムまで焚き火などしたことがなかった。試行錯誤を繰り返し、最近になってやっと火を持たせることができるようになってきていた。

 枝木が燃える匂いが鼻をくすぐる。火が爆ぜる音が耳に染み入ってくる。
 それがなんだか、心地よかった。
「……木が燃える匂いってさ、結構いい感じ。この、ぱちぱちって音も気持ちいい、な」
 何気なく口に出した台詞に、隣に座って火に当たっていた碓氷ヒロが、きょとんとした顔をする。
「なニ、しみじみト。……気持ち悪いナァ」
 語尾にアクセントを置く、独特のイントネーションでヒロが苦笑する。
「ひどいな、人がせっかく浸ってんのに」
 苦笑を返し、「ああ、そうだ。……遠藤が死ななくて、残念?」続けて問うてみる。
 数日前に遠藤健を襲った。
 油断しているところをヒロが斬りつけたのだが、抵抗され、逃がしてしまっていた。
 健がそのまま命を落としている可能性も考えていたのだが……。
 その後の定期放送の死亡者リストには、誰の名前も挙がらなかった。 
 一命を取り留めたのか、そもそもそれほどの傷ではなかったのか。
 傷つけた当の本人であるはずのヒロだが、健の生死にあまり関心がないようだった。その腕には浅い切り傷。健に抵抗されたときにサバイバルナイフでつけられた傷だ。
 
 
 十太は立ち上がり、腰を伸ばした。肩をまわし、身体のこわばりを解く。
 すらりとした長身。
 瞳は切れ上り、鼻梁は通っている。浅黒い肌。やや短い黒髪を整髪料で立てており、形の良い額があらわになっている。
 大分癒えてきたが、左の肩から肘にかけてと胸元には、ざっくりと斬られた傷が残っている。
 以前着ていたカーゴパンツとパーカーは血に汚れてしまったので、今はデニムのオーバーオールに厚手のトレーナーという姿だ。
 この傷をつけたのもまた、今目の前にいる碓氷ヒロだ。
 言わば、加害者と被害者の関係だが、ヒロがあまりに普通に接してくるので、ともすればそのことを忘れそうになる。
 クラスメイトを手にかけ続けるヒロに嫌悪感を抱かないのは、この清清しいほどのマイペースさゆえだ。
 数週間前、いきなりヒロに襲われた。
 驚きつつも、共闘のメリットを説き、コンビを組むことに成功した。
 今思えば、彼に殺意への執着がないから、説得も可能だったのだろう。
 実際、ヒロは積極的にクラスメイトを襲っているものの、殺害に至らない場合が多い。

 仮にクラスメイトを手にかけるのなら、やりきったほうがいいに決まっている。
 仕損じれば、相手の恨みを買ったままだし、自分が危険人物だと周囲に知れていくことになる。
 だけど、ヒロはそのあたりにも頓着していないようだった。
 また、本来殺意は湿った空気をまとっているものだが、ヒロにはそれがない。彼からにじみ出る毒はからりと乾いており、明け広げだ。
 ……ただ、その気になったから。気が向いたから。
 彼がプログラムに乗った理由もその程度に違いないと、十太は考えていた。

 
 実は、ここからそう遠く離れていない場所で、西塔紅美がキャンプを張っているはずだった。紅美はヒロとの合流を望んでいたが、プログラムに乗っているヒロが彼女を狙わない保障はなく、まだあわせていなかった。
 紅美とヒロは交際中だ。
 普通なら、ヒロが彼女を手にかけるはずもないのだが……。 
 ちらりと友人の横顔を見やる。
 焚き火にあてられ、白い頬が上気していた。
 中背で華奢な体躯を制服で包み、その上から黒地のマウンテンジャケットを羽織っている。
 くりくりとよく動く瞳、ぽってりと厚い唇。決して整っているわけではないが、愛嬌のある可愛らしい顔立ちだ。
 その彼が握っているのは、血のりのこびりついたサーベルの持ち手。
 刃を焚き火の光に照らし、「なんか、切れ味悪くなっちゃっタ」口を尖らせた。プログラム開始からずっと手入れもろくにせず、崎本透留や高橋由真、柳早弥らを斬り続けた刃は、錆びや刃こぼれが目立ち始めていた。

 
 ……やっぱ、やめとくか。
 この変わり者の友人と紅美を会わせないでおこうと、心に決める。

 十太にとって、紅美は遠縁にあたり、幼馴染でもある。
 十太は快活で人懐っこく、一見、友人が多く見える。
 しかし十太が彼彼女らに求めているのは単なる『刺激』でしかなく、基本的に他人を突き放した目で見ている。
 紅美は十太としては珍しく、親しみを感じていた相手だった。
 こざっぱりした性質の彼女のことは気に入っていた。
 本性を知られている紅美には変人扱いされてしまっている十太だが、当たり前の人間としての感覚は持っている。
 彼女が死んでしまうのは、やはり悲しい。できれば避けたかった。


「ああ、そう言えバ」ふと思い出したように、碓氷ヒロが話を始める。
「なんだ?」
「ほら、滝口くんとかのこと、言ってたっショ。何かヒミツがあるんじゃないかっテ」
「ああ……」
「政府かんけーシャ」
「え?」
 中村大河を海難から救う際の、『三人もいるんだ』という滝口朔の不用意な発言。
 紅実が持っていた受信機を通し、十太も聞いており、そこから、滝口朔、鈴木弦、水嶋望、瀬戸晦の共通項が転入生であることにも思い至っていた。しかしその先がわからなかった。
 他の人間の意見も聞いてみたいと思い、ヒロには話していたのだが……。
「これが、正解っぽくナイ?」
「滝口たちが政府関係者てのが?」
「そソ」

 疑問系の台詞を返しはしたが、目の前が晴れたような気分だった。
「……正解っぽいな」
 ヒロの言葉を借り、「四人ともそうってことか。政府関係……軍籍、兵士かな。水嶋、銃の扱いうまかったし」続ける。
「でも、滝口くんたち、何かしてるッケ? なんか、ふつーにプログラムやってるように見えるケド」ヒロが小首をかしげ、眉を寄せた。
 彼の問いに「プログラムをかき回す役割って感じではないな。監視、記録……ってとこじゃないか?」答え、その後、左右の手を合わせ、ぽんと音を立てた。「わかった。そのために、わざわざ事前に転校してきたんだ。周りになじんでないと、ちゃんとした記録が取れないものな。潜入記録ってわけだ」
「なるホド」
「で、あいつら、プログラム対象でもあるんだ、たぶん」
「え、エ、なんデ?」
 きょとんとした顔を見せてくる。

「あいつらの支給物資、俺たちと大差ないじゃん。プログラム対象の俺たちと本当の意味で別枠なら、防弾チョッキとか着せてもらえるだろ」
 水嶋望を刺したときの感触がよみがえる。彼女は防御となるような装備は身につけていなかった。
「……十太って、あったま、いいネ」
 ヒロが感心したように息をつく。
 焚き火に枯れ木を投げ込み、「西塔が、ほら、受信機もってるじゃん。中村に設定してるやつ。あれで、滝口と中村の会話を聞いたんだけど、鈴木は自殺だったんだってさ。鈴木は、兵士なのに、覚悟して来たんだろうに、自殺したんだ」天を仰ぐ。
 謎が解けるにあわせてか、いつの間にか雲が動いていた。
 折り重なった枝木の間から、雲間の星々が見える。
「それデ?」
「や、……兵士は兵士なりに、色々あるんだろうなって思ってさ」
 鈴木弦とは部活が一緒だった。彼は、十太などから見れば気恥ずかしいくらいに学園生活を愛していた。その弦が自殺を選択したことを知ったときに得た納得感は、彼が兵士であったことに考え至った今でも変わらなかった。

 と、ヒロがくすくすと笑いだした。
「ん?」
「恨みとか、そーいうのないんだネ」
 さも面白そうに言ってくる。
「恨み?」
「だってサ、兵士ってことは、プログラムに巻き込んだ張本人ってことっショ? よくもーとかこのやろーとか、そーいうの、ジッタにはないんだなーって思ってサ。むしろ、同情? してるよーに見えるヨ」
 そう言うヒロにも、彼らへの憤怒は感じられなかった。
「お互い様だ」
 苦笑を返すと、ヒロは「ま、ネ」にっと笑った。
 彼は、瀬戸晦と親しくしていた。プログラム中も、少しの間一緒に行動していたらしい。晦に騙されたというような感覚を持っているように全く見えないのは、彼の気性ゆえだろう。

 ……ああ、もしかしたら。
 もうひとつ、推察を得る。
「……もしかしたら、想定内だったのかもな」
「え、なにソレ」
「んで、俺たちは、政府的には想定外なんだろうな」
 このプログラムは三ヶ月という長期にわたる。
 政府としては、その間に、兵士たちの身の上が一般生徒に露見してしまう可能性も想定していたに違いない。その際、通常ならば、プログラムに巻き込まれた生徒たちのやるせなさや憤りは、兵士に向くだろう。
 露見は想定内、だがこのあっさりとした反応は想定外なのではないだろうか。

「中村とかに話したら、面白そうだな……」
 ふと思い、口に出す。
 中村大河は滝口朔と親しくしていた。
 まっすぐな気性の彼ならばきっと、朔に裏切られたと思うだろう。そして、政府の思うとおりの反応を示すに違いない。
「ええ、中村くんが知ったら、ちょっと大変なことになるんジャない?」
 ヒロが目を丸くする。
「だろうな」
「うっワ」
「ん?」
「今なんカ、ものすごく悪っい顔してるヨ」
「そうか?」
 言った後、眉を寄せ左の口角を上げ、わざとらしく悪人顔を作って見せると、ヒロは声を上げて笑った。

 生来の、常に刺激を求める質がくすぐられ、兵士の生き残り、滝口朔と瀬戸晦に対する関心が高まっていた。
 そして、彼らを取り巻く環境に一石を投じてみたくなっていた。
 それはきっと、刺激的なことだろう。
「さっきまで優しいこと言ってたノニ……。えらい方向転換したネ」
「……右手と左手」
 十太はそういうと、両の手の平をヒロに向けた。
「ン?」
 ゆっくりと手を合わせ組み合わせ、「鉛筆と消しゴム。犯罪者と警察官。歯ブラシと歯磨き粉。教師と生徒。天使と悪魔。男と女。俺とお前」我が事ながら良く回る舌を動かす。
「何ソレ?」
「まぁ、なんだって、たいていのものは、二つで一組ってこと。優しい俺も悪い俺も二つで一組」
「例えが、いつもより雑いヨ」
「そうか?」
 わざとらしくそ知らぬ顔を作り、「まぁ、そーいうことだ」さらにわざとらしく胸を張って見せた。
「言いたいことも、分かるような、分からないようナ。……あ、別のことがわかっタ」
 ふと思いついたように、ヒロが顔をあげる。
「え?」
「ジッタが悪いヤツなのに、許せちゃう、リユー」
「ん?」
「滝口くんたちのヒミツをばらす理由がサ、恨みを晴らすだとかそうゆードロドロしたものじゃなくテ、単におもしろそうだからってあたりが、なんか許せちゃうんだよネ」
 どこかで聞いたような台詞だ。
 一瞬ぽかんとしてしまった後、軽く苦笑し、十太は「……お前に言われたかねーよ」本心からの台詞を投げた。
 しかし、すぐに真顔になる。
 ……こんなで、いいのかな、俺。許されちゃって……いいのか、な。
 雑木林の闇を切り取る、焚き火の炎の揺れがそうさせたのだろうか、彼にしては珍しく、己を省みる。だがそれも長く続かず、十太は「ま、いっか」肩をすくめた。



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名河内十太
刺激を求め、部活や環境を良く変えていた。碓氷ヒロと組み、水嶋望(兵士)を殺害。
碓氷ヒロ
積極的にプログラムに乗っているが、物事に頓着しない性格のせいか、仕損じも多い。