<滝口朔>
同様の任務を受ける者がほかに三名……瀬戸晦はそのうちの一人だ……予定されていると聞いたとき、特に驚かなかった。
プログラムの終盤、最後の瞬間まで記録に収めようとするために複数のカメラが必要、という論理は至極納得のいくものだった。
瀬戸晦は分析能力に優れる。この任務には最適だろう。
また、よりリアルなデータ取りのため、該当校に完全潜入することが求められた。
わざわざ相応の準備期間を経て、事前に転入させられたのだ。
士官学校でも一般学校と同じ教育課程を受けるには受けるが、当然のことながらメインではなく、内容は削られている。
また、士官学校では漫画やテレビといった娯楽がある程度制限されるため、世間的な情報に追いつくための期間が必要だった。
朔は後者に苦労させられた。
朔は孤児院の出で、そこから士官学校へと、一般的とは言いがたい経歴をたどっていた。
また人を寄せ付けないその性格から、気軽に話す友人を持ったことがなかった。
どちらにも談話室のようなものがあり、その気になればテレビや漫画雑誌に触れることができたが、自由時間は成績維持のために使っていた。
それまで自覚していなかったのだが、世俗の疎さに関しては、いっそ異常といってもいいほどだったようだ。
そのため、準備期間が長くなった。
ほかの三人は二年時中に転入できたが、朔だけ三年の春まで遅れてしまったのだ。
……もともと、四人同時に同じクラスに転入する不自然さを消すために、それぞれ違った時期に転校する予定だったらしいが。
興味が沸かなかったせいもあって、結局、芸能等、俗な情報に暗いままになってしまった。
極力その手の話題を避けるようにしているのだが、そもそも感覚が一般からずれてしまっているため、どうしようもない。
日常会話の端々、様々な場面で、そのずれが露呈してしまい、転入当初は冷や汗をかかされたものだ。
ただ、どういうわけか、『とぼけたキャラクター』『愛すべきボケ』として周囲には面白がられているようだ。 特に、中村大河には妙に好かれ、よくからかわれている。
朔の感性からすれば、奇妙極まりない状況だ。
仕方ないので、どのような形にせよ、受け入れられたのならそれでいいと考えることにしている……が、やはり奇妙だ、と朔は首を傾げる。
世間的な知識という意味では、読書は肌に合ったようで、この一年で読み漁っていた。
しかしそれも、時代小説や文学作品中心になってしまったため、固い思考や言葉使いの増長に繋がってしまったが。
*
「怖い、よ……」
ログハウスの床に膝を抱えて座り込んだ中村大河がつぶやく。
華奢な肩が小刻みに震えていた。
その右手は、先ほど来朔の腕を掴んだままだ。
いまは恐怖に負けてしまっているが、大河は陸上部の短距離エースだ。普段は、はきはきと喋る快活な少年だった。
こんな面もあったんだな……と、朔は大河を見やった。
朔も、震えは出ないものの、緊張感に身を強張らせていた。
その中でも撮影は続ける。
ビデオカメラのレンズは首輪に巧妙に隠されているため、よほど注意して観察しなければ気取られないようになっている。
映像はカメラの入電時だけだが、音声は常時録られている。
音声に関しては、他の選手の首輪にも集音マイクが内蔵されているとのことだ。
太陽電池で稼動するが、三ヶ月という長期プログラム、自然充電だけでは電池切れにより記録が断続的になる可能性が高いそうだ。
朔たち、特別選手が派遣された理由は、このあたりにある。
長期戦の精神状態等を調査するという名目、よりリアルな記録を録るという目的を守るためには、事情を知った選手が必要なのだ。
充電は、首輪と連動しているデジタル式腕時計側で行う。
太陽電池のほか、一般電池、充電器を用いてもできるようになっている。
各スポット小屋にあるコンセントから充電できるそうだ。
電池、充電器等は、支給されたリュックの中に入っていた。
ただ、人の目もあるため、充電器は使いにくそうだった。スポットの支給物資の中に電池が含まれるそうなので、随時補給していかなければならないだろう。
デジタル腕時計は、全員に支給されているものだ。
通常は、日時とそのときにいるエリアのみが表示される。操作すれば、その時点での禁止エリアも表示されるようになっている。
朔たち兵士の腕時計は特別仕様で、他の選手死亡者の状況確認指令なども表示されるそうだ。
プログラムは、動けば動くほど危険性が上がる。
戦闘訓練を受けている身とはいえ、不安はあった。
指令は絶対的ではなく、場合によっては自身の生命確保優先が許可されているが、これは単にカメラを長持ちさせるための処置でしかなかった。
装備面でも特に優遇されているわけではない。
充電器等を除けば、一般選手と全く同じ初期物資が支給されていた。
これは、朔たち特別選手も調査対象であることの表れだと、朔は考えていた。
宇佐木教官から直接その様に言われたわけではないが、そう判断せざるを得ない。本当に朔たちを守りたいなら、防弾チョッキなどが支給されるはずだった。
「……私も、実験物だったのか」
「え、何?」
大河に訊かれ、「いや、なんでもない」と返す。
思わず口に出てしまったのは、最近読んだ小説の一節だった。
『秘密実験』というタイトルで、小さいながら文学賞も取っている作品だ。
科学者として政府実験に参加した男の物語で、最後は、科学者自身もが実験対象だったことが判明した場面で終わる。そのときに彼が言う台詞だった。
彼が陥っていた状況と、現在の状況は似通っている。
まぁ、あらかじめ自覚、覚悟できているだけ、オレはまだマシだが。
そう思い、朔は皮肉げに笑った。
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