<中崎祐子>
「……寒くなってきたなぁ」
洗った皿を水切りに並べながら、中崎祐子はふっと息をついた。
11月も2日を過ぎ、外気は冷えを増し始めていた。
Bスポットは作り自体はしっかりしており、メインホールに暖炉もあるが、キッチンには冷暖房設備がなかった。
……そろそろ鍋料理が出だす季節だなぁ。
そんなことも考える。
祐子は小料理屋の娘だ。
小学生の頃、両親が離婚。その後は、料理屋を経営する母親の元で育てられた。
忙しい母親を手伝いながら、親子二人、それなりにうまくやってきた。母親の今の心情を思うと、胸が痛い。
プログラム開始から一ヶ月が経っていた。
この二週間、新たな死亡者は放送されておらず、Bスポットの構成員にも変化はなかった。長期プログラムとしては停滞期となるのだろうか。
滝口朔、中村大河、凪下南美がやってきてからは二週間になる。
彼らもBスポットの生活にすっかり慣れたようだった。
と、どたどたと足音を立てて、河合千代里と桐神蓮子がキッチンに入ってきた。二人はほうきや雑巾を手にしており、後ろに水の入ったバケツを持った瀬戸晦(兵士)が続く。
千代里は、身長170センチと女子としては長身で、溌剌とした少女だ。
彼女に気の強いイメージがあるからだろうか、蓮子と晦が落ち着いた雰囲気だからだろうか、彼女が残り二人を従えているようにも見える。
今日の掃除当番は千代里と蓮子なので、瀬戸晦は手伝ってくれているのだろう。
「あれ、矢崎さんは?」
蓮子が眉を上げると、「あ、いない」千代里が口をへの字に曲げる。
「また、サボり?」
千代里のとがった声に、「さ、さぁ。いつの間にかどっか行っちゃって……」口を濁す。
皿洗いは祐子と矢崎ひろ美の割り当てだったが、話したとおり、気がついたらキッチンから出て行ってしまっていたのだ。
「それがサボりって言うんだよ」
長身の彼女は明らかに不機嫌になる。
元々怒りの沸点が低い千代里。矢崎ひろ美の奔放な振る舞いが相当に頭にきているようだ。高木航平なども同じように感じているらしい。
穏やかな質で、争いごとの嫌いな祐子としては、歓迎したくない状況だった。
「マイペースだなぁ」
晦が苦笑する。
穏やかな彼らしく、ひろ美を積極的に責める口調ではなかったが、不快感も見え隠れする。
「南美は?」
話を変える。
凪下南美の体調は大分前に戻っていた。祐子や千代里は、もともと南美と親しくしており、気心も知れている。
祐子としては、しっかり者の南美を頼っていたところもあった。
「滝口とかと一緒に釣りに行ってるよ」
千代里が軽い調子で言う。
「そかー。すっかりアウトドア派だね」
「食べ物増やしてくれるから助かるけどね」
滝口朔と中村大河は、Bスポットにくるまでの二週間野外生活をしていたということで、野生食料の確保などに長けていた。
Bスポットの支給物資にはない釣具なども保持しており、彼らが獲得してくる食料は貴重な栄養源だ。
南美はプログラム開始早々にきのこの毒にあたり、その後臥せってすごしていたようだが、体調回復後は朔らと一緒になって外を回っている。
空いた時間を利用して、テントの張り方や火の起し方なども、彼らから教わっているようだ。
自然、祐子や千代里と一緒にはいる時間は少なくなり、祐子は寂しさを感じていた。
「でもさぁ、このままじゃシャクだよね」千代里が苦々しい口調で言う。
「え?」
「矢崎さんのことでしょ。なんかさ、不公平だよね」
蓮子に言われ、話が戻ったことを知る。
「まぁ、そう……だね」
瀬戸晦も口をへの字に曲げた。
「ん、何の話?」
高木航平と馬場賢斗が連れ立ってキッチンへ入ってくる。
「矢崎がまたサボリ」
千代里の吐き捨てるような台詞に、航平が「またかぁ」呆れ顔を返す。
「……でさ、前から思ってたんだけど、ここで他のスポットやりかたするの、馬場くんにちょっと悪いよね?」
蓮子に名前を出され、「え?」馬場賢斗が目をぱちぱちさせる。
「まぁ、確かに。馬場くんの負担が大きいからね」
晦が腕を組む。
Bスポットでは、学校で受けるようなテストを8割正答しないと物資が開放されない。回答の任は、成績優秀な賢斗一人のものとなっていた。
「高木くんはどう思う?」
晦に水を向けられ、
「馬場だけ、色つけようか」
航平がアイデアを出した。
そこに、「それならさ、みんな働きで食料に差をつけるってのはどう? 矢崎も動くようになるんじゃない?」千代里が加える。
祐子の胸がどきどきと鳴っていた。
本当にそれでいいのだろうかと、不安になる。
「ほ、他の子たちの意見も聞かないと……」
言うが、「滝口とかは後から来たし。初期メンバーの私たちの意見でいいじゃん」勢いづいた千代里に却下された。
「いいね。そうしよう」
蓮子が追随し、高木航平も頷く。
「え、え……」
戸惑っていると、「祐子は料理とかよく動いてるから、大丈夫だよ」千代里がひらひらと手を振る。
……そんなこと、心配してるわけじゃないんだけどな。
千代里とは本来気心の知れた仲だが、ここのところ微妙なズレや距離を感じている。
祐子はきょときょととあたりを見渡した。特に意識してのことではなかったが、遅れて自分が、滝口朔の姿を、存在を、探していることに気づく。
みなで意識して作り上げていた、Bスポットの元々の平和的な雰囲気。
それをさして、滝口朔は『ここは、いいな』と言っていた。『普通の生活って大切だったんだなって思う』とも言っていた。
彼は、しっかりと自分の意見を述べる少年だ。
この場に彼がいれば、また違った展開になっていたのではないだろうか。
朔が感銘を受けてくれた穏和が崩れていく。
それがもどかしく、変化を堰き止められない自分が腹立たしかった。
ちらりと、高木航平を見る。
航平が千代里と親しかったせいもあって、彼のことは良くしっている。基本的には人の良い航平だが、その場の空気に流されやすいところがあった。
瀬戸晦や桐神蓮子は、始め他のスポットにいたからだろうか、Bスポットの物資共有体勢には違和感があるようだ。
馬場賢斗は大人しすぎて発言を求めること自体が難しい。
なんとか、航平だけでも平和な方向に戻せないだろうか。
そう思うが、なんと声をかけていいかわからず、それがまたもどかしい。
一度動き出した流れを止めることは祐子には難しく、千代里たちが具体的な分配方を話している様子を青ざめて見つめる。
勢いだけで話のまとめがあまり上手でない千代里に変わって、いつの間にか桐神蓮子が場を仕切っていた。
宗教かぶれの両親に苦労しているせいだろうか、蓮子はどこか大人びた少女だ。
それこそ大人のような話し振りで、話を進めていく。
「じゃ、これで行きましょう」
やがて蓮子がぱん、と手を打った。元々議長向きだったのだろう、このアクションの入れ方もうまい。みな、暗示にかけられたかのように、頷いた。
結局、物資獲得に大きく寄与している馬場賢斗がかなり優遇され、後は働きに応じて分けることになった。
と、エントランスホールで大きな物音がし、「うわ、どしたの?」滝口朔、凪下南美と一緒に釣りに出ていた中村大河の声がした。
何かに驚いたような声だった。
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