OBR4 −ダンデライオン−  


045 2005年10月18日15時00分


<滝口朔>


「もうすぐ、だね」
「うん……」
 河合千代里と中崎祐子のやりとりを契機に、空気が張り詰める。
 誰かが唾液を飲み落とす音がした。
 メインホールにBスポットにいる生徒たちのほとんどが集まっていた。
 凪下南美は、Bスポットに到着して以来数時間、小部屋で気を失ったように眠っている。
 姿が見えないのはもう一人……馬場賢斗。
 みなの視線は、ホールに面した一室に向いている。鉄製の、重く厚い扉。そこに押し当てられているのは、剥き出しにされた欲望だ。
 やがて、かちりと鍵を開ける音がし、扉が動いた。
 出てきたのは、眼鏡をかけた少年。
 先ほど扉に向けられていた欲望の視線が、制服に身を包んだ少年に移る。

 少年、馬場賢斗は緊張の面持ちだった。
「どう、だった?」
 高木航平が訊く。
 意図はないのだろうが、強い口調だった。
 これに、賢斗はびくりと肩をあげ、おびえた表情を返す。
 やや間を空けて、「どうだった?」桐神蓮子が航平と同じ台詞を繰り返した。蓮子の声は航平とは違い、優しく、撫でるようだった。
 賢斗は蓮子にすがるように「だ、大丈夫」言い、うつむいた。

 ホールに安堵感が染み渡る。
「なんだよ、もうっ」
 航平が笑いながら賢斗に近づき、その肩を抱く。
「そんな顔してるから、失敗したんかと思ったよ」
「ご、ごめん」
 おどおどと答える賢斗。
 運動部所属の快活な少年と、勉強だけが取り得の内気な少年。
 いかにも合わない組み合わせだった。
「もっと、堂々としてればいいのよ」
「そそ、賢斗サマサマなんだから、さ」
「ありがと、馬場くん」
 蓮子と航平、河合千代里が続けて持ち上げると、賢斗は頬を染めてさらに俯いた。
 人に注目されること自体が苦手なのだろう。

「馬場くん、すごーい」
 矢崎ひろ美がしな垂れかかろうとするが、賢斗は航平の背に隠れた。
 『女』を前面に押し出すひろ美も、賢斗の苦手とするところだろうと、苦笑する。
「いい加減にしなよ」
 千代里が睨むが、「はいはい」さほど効果もないようだ。

 馬場賢斗は、有明中学校始まって以来の秀才だそうだ。
 有名高校、有名大学への進学確実と見られており、学園の宣伝になると、教師の扱いもいい。
 その質は至って大人しく、人の前に立つことを極度に嫌う。
 イジメにあう要素は多大にあるのだが、人望のあった崎本透留(碓氷ヒロが殺害)が親しくしていたこともあって、三上真太郎ら(桐神蓮子が殺害)の標的になっていなかった。

 人付き合いの悪い朔と、内気な賢斗。
 もちろん接点はなく、プログラムまで一度も話したことはなかった。……と言うより、朔の強面を恐れられ、賢斗から避けられていた節もある。
 兵士仲間の瀬戸晦は大人しい気質の者同士気が合うのだろう、親しくしていた。

 
 その賢斗が、Bスポットに集まった少年少女たちの要となっていた。

 Bスポットの物資開放方法は、非常に特殊だった。
 他のスポットは時間差による自動開錠だが、Bスポットでは、その都度ある条件をクリアする必要がある。
 指定された時間内に『テスト』を受け、8割以上の正答をしなければならない。
 文字通りテストで、英語や国語など、学校で受ける試験問題のようなものを解くのだと言う。
 問題数は一回の物資開放につき30問。先ほど馬場賢斗が入っていたテスト部屋に備え付けのデスクトップパソコンに表示される。
 回答をキーボードに入力し、その正答率が8割を超えると、物資部屋が開錠される仕組みだそうだ。

 そして、テストは一人が代表して受けなければならず、複数での相談ができないようになっていた。
 生体センサーにより室内にいる人数が把握されるほか、扉が完全施錠されていることなど、様々な条件をクリアしないと問題が表示されないようになっているのだ。 

 河合千代里らに説明を受けたときは「なんでここだけ……」と戸惑ったものだが、Bスポットにおける環境・物資の充実振りからすると、必要な制限なのかもしれなかった。
 8割の正答が物資獲得の条件。
 だからこその好待遇なのだろう。

 問題の難易度はそれなりに高く、自然、成績優秀な賢斗が任を担うことになったようだ。
 ただ、遠藤健は賢斗だけが回答することに反対していたそうだ。
 それで、前回ためしに健に問題を解かせてみたら、失敗してしまった。当然、物資を得ることはできなかった。いたたまれなくなったのだろうか、その後すぐに健はBスポットを出て行ってしまったそうだ。

 Bスポットの開放物資は食料が大半で、そのほかの部分は娯楽物資が占める。
 一回あいたからといって、貯蔵食料にそれほど影響はなかったそうだが、さすがに二回連続不獲得になるのは厳しかったろう。周囲に、ほっとした空気が流れていた。
「やっぱ、馬場じゃないとなぁ。これからも頼むな」
「うん、がんばるよ」
 航平がにっと笑って手を合わせると、賢斗は照れくさそうに微笑んで返した。
 集団の重要人物となることはそれなりに誇らしく、嬉しくもあるのだろう。

 航平と賢斗。
 普段ならばおよそ関わりのなかった二人、先ほどは合っていないかと思ったが、どうやらうまくコミュニケーションを取れているようだった。
 難易度の高い条件はあるが豊富な食料。住居に適したスポットの建物。気を紛らせてくれる娯楽物資。そして何よりも、平和な雰囲気を維持しようと努力する構成メンバー。
 このプログラムは三ヶ月を生き延びれば優勝できる。
「このままで、いられれば……」
「え?」
 思わず口をついで出た台詞に、中村大河が反応した。
「このままでいられれば、みんな生きて帰られる」
「うん、そうだね……」
 これに、大河は悲しそうな目をした。
 彼らの行く先に不吉がないはずがない。プログラム開始から18日間。多くの死や争いを間近に見てきた大河には、そう思えてしまうのだろう。
 それは、朔もまた同様だった。 

 だけど。……だけど、願うくらいはいいじゃないか。祈るくらいはいいじゃないか。
 太い丸太が渡る天井を見上げる。
 屋内にいるおかげで、先ほどの黒く錆び付いた雲は見えなかった。
 だからだろう、朔はおよそ彼らしくない願いを天に祈った。 
 ……みなの行く先が少しでも長く、凪でありますように。



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滝口朔 
記録撮影のために潜入している兵士の一人。孤児院育ち。任務成功による強制士官免除が望み。中村大河と親しい。
中村大河
一般生徒。朔たちの秘密に気づいていない。