<滝口朔>
皿洗いや薪割りは男子生徒の担当になっているそうで、高木航平と一緒に薪小屋へ向かった。
大河はキッチンで皿を洗っている。
晴天の下、航平の補助で何本か薪を作る。
「うまいねー。俺なんて最初ぜんぜんうまくできなかったよ」
感心した様子で言ってくる。
航平は小柄なので、長身の朔からは見下ろす感じになった。
「前の学校でキャンプ実習があったんだ」
適当に嘘をついておく。
実際は、専守防衛陸軍の野外演習の成果だった。
「前って、東京だっけ? なんで京都に引っ越してきたの?」
「兄の、仕事の関係」
これも嘘だ。
現実には、兄弟姉妹はいない。
年の離れた兄との二人暮しは、有明中学校潜入のために設定された仮の家庭環境だった。『兄』を名乗っているのは、朔の生活をフォロー・監視するために派遣された大神監視官だ。
「そかー。大変だね」
「あ、そだ。火を持たせるのに、結構苦労するんだけど。いい方法ある?」
切ったばかりの生木は約50%が水分で、木の種類にもよるが、1,2年かけて20%程度まで乾燥させる必要がある。
ここにある木材は、見たところ、それなりに乾燥できているようだった。
保存量も十分すぎるほどだ。
「炊きつけ用の細い薪とか枯れ枝は使ってるんだよな? 薪の組み方が悪いのかもな。後で実際にやってみせようか?」
「ふむ。ありがと、サク」
思わず、まじまじと顔を覗き込んでしまった。
「ん?」
下の名前で呼んだのは、無意識に近かったのだろう。航平はきょとんとしている。
「いや、別に」
幼少期の両親の捕縛。
その後は政府の息のかかった特殊な孤児院で育った。
優秀な兵士養成を名目とした、徹底した実力主義。
その中で、他人を蹴落とし、人を寄せ付けない生活をしてきた。
潜入先の有明中学校でも親しくなれたのは、中村大河くらいだ。悪く言えば、航平に唐突に近寄ってこられたのだが、不思議に嫌な感情は沸かなかった。
……人は、こうやって、周囲となじみ、友人を作っていくんだ、な。
そんな風にも思う。
知らず、微笑んでいたらしい。
「わ、なに、その気持ち悪い笑顔」
以前に大河に言った台詞を今度は航平に言われる。
「ひどい、な」苦笑していると、「……なんかさ」航平が呆けたような顔で言う。
「え、なに?」
大河が答えると、「滝口、雰囲気変わったな」
「……雰囲気?」惑いを返す。
「なんか、柔らかくなった」
「……え?」
「うん、いい感じ、だ」
この流れは照れくさい。
ちょうど、気になっていたことがあったので切り出す。
「馬場は? あいつに割り当てはないのか?」
食後、薪割りや掃除など、みな割り当てに散開したのだが、馬場賢斗だけとくに役割が無さそうだった。
賢斗は大人しい少年だ。
サボタージュなどとは縁はなく、言われれば何でもしそうだが……。
文句や不平のつもりはなく、単純に疑問に感じていたので訊いてみたのだが、航平は困ったような顔をして、「今までどしてたん?」話を変えてきた。
怪訝に思いながらも、間刈晃次を殺してしまったことは伏せ簡単に話した。
「そ、か。やっぱプログラムなんだな……」
航平の顔色が曇った。
「そっちは?」
後で瀬戸晦(兵士)から聞けるが、一般生徒視点の情報もほしかった。
航平、馬場賢斗、河合千代里、中崎祐子、矢崎ひろ美は、開始当初からBスポットで生活しているそうだ。Bスポットはまだ一度も禁止エリアに設定されていないため、移動したこともないとのことだった。
瀬戸晦が一度外部に出てから戻ってきた話や、桐神蓮子が後から合流した話も、これまでに得た情報と矛盾しなかった。
「他には? 他に会ったやつは?」
「んー。ここ、居心地いいからね。基本的にみんな動かないし、瀬戸みたく一度出てっても戻ってくるからなぁ」
瀬戸晦が戻ったのは、記録兵として、首輪に内臓されているカメラで集団を『撮影』するために違いないが、ここはうなづいておく。
そして、航平の微妙な言い回しに「基本的にってことは、誰か出て行ったままのやつがいるってことか?」訊く。
「鋭いね」
航平は頭をぽりぽりと掻き、「ケンもいたんだけどさ、詰まんないことで喧嘩になって、出て行ったままなんだ」続けた。
「ケン?」
「えんどーだよ。遠藤、健」
遠藤健(新出)。航平と同じサッカー部で、二人は親しかったはずだが……。
喧嘩の理由を訊こうとしたところで、「ほら、クッチャベってないで、手を動かすっ」元気な声がかかった。
振り返ると、Bスポットの建物を背に、河合千代里の長身が見えた。後ろに、中崎祐子の姿もあった。
「るさいよ、デカ女」
「なんだい、チビ男」
言い争うような様子ではなく、笑顔で軽口の叩きあいだ。
その千代里の表情がかわり、苦虫を潰したような顔になる。
そして、「矢崎、知んない?」航平に訊く。
「ん、見てないけど、どした?」
おずおずと祐子が差し出した手のひらの上にあるのは、タバコの吸殻だ。
「また、かぁ」
航平がため息をつく。
と、近くの林から「呼んだ?」当の矢崎ひろ美が出てきた。
手には火のついたタバコがある。
「また吸ってる! 火事になったら危ないって言ってるでしょ」
千代里が棘のある声を投げるが、ひろ美は意に介せず、「学校じゃないんだし、いいじゃん。高木はサッカー、あんたらはバトミントン、私はタバコ。それぞれに生活を楽しんでるだ、け」ひらひらと手を振る。
「割り当ての仕事はちゃんとやってるんだし、これぐらい、いいじゃない。ねぇ?」
「真面目な子だと思ってたのに」
航平が口をへの字に曲げる。
たしかに、ひろ美には大人しい印象しかなかった。ずいぶんと様変わりしたものだ。背中で一本にまとめていた黒髪にも、いつの間にか明るい茶色の染色が入っていた。
娯楽物資に、染色剤やタバコも混じっていたそうだ。
「まぁ、火事にならないよう、気をつけることだ」
言うと、「あら、吸うこと自体はオッケー? 話がわかるのね」ひろ美が朔にしな垂れかかってくる。
ふっと甘い香りがした。香水だかコロンだかを使っているのだろう。化粧もしている。
『女』を感じ、どぎまぎしながら身を引く。
「滝口って案外コドモだったのね。見た目大人っぽいのに」
けらけら笑う。
隠していた本性が、プログラムで出たのか。
うまく回ってるように見えたBスポットだが、やはりそれなりの火種もあるようだ。
そのつもりで見れば、他のメンバーの間にもぴりぴりとした緊張感が見えた。
……ここも、プログラムってことか。
冷めた思考とともに、切なさにも似た感覚に襲われた。
以前は戸惑いとともに得たであろう感覚。今ではこのやるせなさの理由も良くわかる。
せめてBスポットは、平和であってほしいのだ。プログラム以前と変わらずいてほしいのだ。
と、近くの窓が開き、中村大河が顔をのぞかせた。
「馬場がそろそろ時間だっつってんだけど、何のこと?」
これに、場にさっと緊張感が走る。空気が張り詰めたようになった。
「え、何? どしたの?」
戸惑う大河。
朔もまた同様の状態だった。
「どうした?」
表情をこわばらせている航平に訊くが、「……すぐにわか、るよ」口を濁すばかり。
気がつけば、先ほどまでの晴天は消え、空に雲が広がりつつあった。黒く、雨を含む雲。先行きに不安を感じ、朔は眉を寄せた。
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