OBR4 −ダンデライオン−  


042 2005年10月18日10時00分


<滝口朔>


「もうちょいでBスポット、だね」
 進行方向を見やり、中村大河がほっとしたように言う。
「ああ、そうだな」
 地図とデジタル腕時計に表示される現在地を照らし合わせ、滝口朔は頷いた。
 朔はプログラム記録任務のために秘密裏に潜入している専守防衛陸軍兵士の一人だ。記録の必要上、積極的に動いている。
 移動には、碓氷ヒロなどやる気になっている生徒らとの遭遇危険性があり、神経を使う。一キロほどの距離に数時間をかけ、慎重に進んできた。
 続く緊張感。目的地に近づいたことに安堵する大河の気持ちは良くわかった。

 二人の間には凪下南美がいる。二人で南美を支え歩く形だ。
 進む道は、木々に囲まれている上がり勾配だった。
 左側は岸が近く、潮の香りをまとった浜風が吹き込んできている。
 木々の隙間から、光を返す波間が見えた。
 地図によると、この道の先にBスポットが設営されているようだ。場所としては、会場の北東部、海に面した高台の上になる。
 時刻は午前10時ちょうど。空には晴れ間が広がり、カモメが宙を舞っている。
 振り返れば、赤や黄に色づいた北の山が見えた。
 開始当初はまだまだ緑の部分が多かったように思う。いつの間にか、紅葉が進んでいるのだ。
 プログラム開始から約3週間、季節が移り変わっているんだな、期間が三ヶ月間というのはこういうことなんだな、と実感させられる。
 そしてやがて来る冬の厳しさを思い、軽く身震いした。実際に寒さも感じ、マウンテンジャケットの前ジッパーを引き上げる。

「悪い、ね」
 かすれた声で、南美が言う。
 少し良くなっていたとはいえ、北の山からの移動がこたえたのだろう、青白い顔をしていた。
 明るく染めた髪色と暗い表情があわず、痛々しさを感じる。
「気にしないで。困ったときはお互い様だよ」
 大河が優しい声でうなづく。
 本来の凪下南美は、可憐な容貌に似合わずはっきりと物を言う、気の強い女の子だ。死んだ三上真太郎ら素行の悪い生徒たちとも渡り合えていたほどだった。
「早く、元気になってくれよな。今のお前は、凪下南美らしくない」
 思ったことをストレートに話してみる。
「なに、よ」
 これに、南美が口を尖らせた後、声を上げて笑った。
「ん?」大河が首をかしげると、「や、なんか、『凪下南美らしくない』って言い回しが気に入った」力の入った声で言う。いくらか調子が戻ってきたようだ。

 ふと、柳早弥のことを思い浮かべた。
 恋人の崎本透留(碓氷ヒロが殺害)を追って死へ向かう彼女の決意を、朔たちにはとめることはできなかった。
 彼女と別れてしばらくして、銃声が一度、した。
 その後、記録兵だけに支給されている特別仕様のデジタル腕時計に、新たな死亡者として柳早弥の名前が表示された。
 ……彼女は確かに死んだのだ。
 目を細め、空を見やる。  
 人付き合いの苦手な朔のこと、プログラムまで早弥と話したことはなかった。
 付き合いがなかったからだろうか、水嶋望のときのような胸を締め付けられるような感覚はないが、それでも、最後に見た彼女の寂しげな笑顔を忘れることができない。
 なぜだか、死を決意した彼女の輪郭はくっきりとしていたように思う。
 死へ向かう間際だったにも関わらず、儚さはなく、表情のひとつひとつがはっきりとしていた。
 どうしてだろう……考えても、答えは出ない。 


 と、南美が「え……」惑ったように口をあけた。
「なに?」
「あれ……」
 南美が指差す方向を見、大河もまたぽかんと口を開ける。
「なに、あれ?」
 遅れて見やった朔も、言葉なく唖然とした。

 三人の視線の先、海にかかる丘の上に、一軒のログハウス風の建物があった。
 Aスポットよりもやや広く、学校教室ほどの築面積に見える。その脇に見えるのは薪小屋だろうか。
 そして、建物の前に男女数人の姿が見えた。みな、制服姿だ。まだ朔たちに気がついていないらしく、それぞれ思い思いの行動をしている。
 バトミントンで戯れる女子生徒二人組み。サッカーボールでリフティングをしている男子生徒。もう一人、女子生徒がテラスで絵を描いている。
 明るい日差し。聞こえてくる歓声。
 ふと、プログラムに巻き込まれる前、有明中学校での生活を思い出した。

 同時に、心臓の奥あたりがちくりと痛んだ。
 自らが得た感情が何であるか量れず、惑う。
「ね、ここってプログラム会場……だ、よね?」
 大河が面食らった様子で言う。プログラムとそぐわない目の前の長閑のどかな風景に惑っているのだろう。
「あ、ああ」
 朔も同じ調子で返したが、実は大河とは困惑の理由が違ってきていた。
 胸の痛み。
 朔を惑わせているのは、胸を締め付けられるような、切ないような、この思いと痛みだ。

 三人が戸惑っているうちに、まずバトミントンの二人組みがこちらに気がついた。
「あっ」
「南美!」
 明るい声をかけてきたのは河合千代里かわい・ちより(新出)と中崎祐子なかさき・ゆうこ(新出)だ。ぶんぶんと手を振ってくる。
 ワンテンポ遅れて、テラスで絵を描いていた女子生徒も顔を上げた。
 こちらは、すっと手を上げるにとどまった。長い髪を後ろでまとめている。銀縁めがねに、能面を思わせる白い細面。千代里や祐子の溌剌とした若さとは対照的な、落ち着いた佇まい。
 それは、桐神蓮子だった。



「なん、だろね、これ」
 中村大河が呆れたように言う。
 朔もまた惑いつつ、ぐるりとBスポットの屋内を見渡した。
「スポットごとの違い……なんだろうな」 
 天然木を使ったログハウス風の建築。柱や梁の丸太の太さに驚かされる。朔たちがいるのは、そのエントランスホールだ。10畳ほどの広さだろうか。
 ソファやテーブルも設置されている。
 エントランスには天窓があり、自然光が降り注いでいた。また天窓に、瀬戸晦が言ったようにスペード型の色ガラスがはめ込んであった。
 家具の類が一切なく簡素極まりなかったAスポットとは大違いだ。
 奥には小部屋がいくつかとキッチンスペースが見える。
 建物自体はAスポットと同じく一階建てだが、ずいぶんと広い。ロフトスペースもあった。

 二人は濡れ髪だった。
 井戸水と薪を使ったシャワーの設備もあり、大河と二人で汗を流させてもらったのだ。
 かりたタオルで髪を拭いていると、一番近い小部屋の戸が開いた。出てきたのは、河合千代里だ。170センチを越えるすらりとした長身。大河と同じ陸上部で、跳躍競技を専門としているそうだ。
 キッチンのカウンターから中崎祐子も顔をだし、「南美、どうだった?」訊く。
「横になったとたんに寝ちゃった。よっぽど疲れてたんだろうね」
 千代里が戸を閉める前に、ベッドが見えた。
 ベッドが設置されていることにまず驚く。
「そか。おかゆ作ったんだけど、今は無理そうだね」
 祐子がおたま片手に心配そうな顔をする。
 こちらは中背。女子生徒としては決して背の低いほうではないのだが、千代里と並ぶとどうしても小さく見える。母親が小料理屋をしており、よく手伝っているせいか料理が得意らしい。Bスポットの食事は、彼女が中心になって用意しているそうだ。

 凪下南美は、Bスポットに着いた直後に、崩れるようにして倒れてしまっていた。
 まぁ、ベッドで休めば少しは楽になるだろう。

「ベッドが……あるんだね」
 大河も気がついていたらしく、息をついた。
「ベッドがあるのは、この部屋だけ。あとは布団だよー。おっきい部屋が二つあるから、男女別れて雑魚寝っぽくしてる」
「部活の合宿みたいだね」
 大河が呆けた顔で言うと「あ、そんな感じ」千代里が笑う。
 二人は同じ陸上部だ。実際に合宿などもしたことがあるのだろう。
「布団」
 朔も小さく息をついた。
 プログラム開始以来、睡眠は寝袋だ。布団のぬくもりなど忘れかけていた。



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滝口朔 
記録撮影のために潜入している兵士の一人。孤児院育ち。任務成功による強制士官免除が望み。中村大河と親しい。
中村大河
一般生徒。朔たちの秘密に気づいていない。
凪下南美
開始早々仲間と不用意にキノコを食し中毒に。一人生き残ったが、体調が戻らない。