OBR4 −ダンデライオン−  


041 2005年10月18日00時30分


<名河内十太>


「今やってることってサ、ほんとに僕の意思なのカナ。なんか、あいつの操り人形みたいでヤなんだよね、今のジョータイ」
 十太の当惑をよそに、ヒロは続ける。
 憮然とした態度。
 微かに苛立ちも見えた。
 言葉の内容よりも先に、彼が苛立っていることに驚いた。
 無邪気ゆえだろう、ある意味肝が据わっているヒロ。
 日常生活でも彼が慌てているところを見たことはなかったし、プログラム中も実に悠然としている。そのヒロの心が乱れている。
 ……こんなヒロは、俺の知っているヒロじゃない。
「なーんてネ」
 重くなった空気を断ち切るように、ヒロが笑う。
 まるでいたずらっ子のような、笑み。いつもの、笑み。
 おそらく、この苛立ちにもそれほどの頓着はないのだろう。そう思うと、少しほっとできる。
 ……このヒロは、俺の知っているヒロだ。


 結局、誰に背を押されたのか、ヒロは答えてくれなかった。
 やはり亡骸や死臭に頓着する様子もなく携帯食を口に運ぶ童顔の少年を、ちらりと横目で見る。
 どきどきと胸が鳴っていた。喉の渇きも覚える。
 身体中の産毛が逆立っているような気がした。
 十太以外にもヒロの本質に気がついていた者がいた。そして、その誰かが、ヒロの背を押したのだ。それも、たった一言で。
「なんて……」
「エ?」
「なんて……」
 今十太を捉えている感情を口に出そうとしたそのとき、ヒロが逆に問うてきた。
「十太はなんで僕と一緒にいるノ?」
「ん?」
「どんなことにも理由があるんでショ? 十太は、なんで人殺しの僕と一緒にいるノ?」
 尋ねる言葉に悲壮感や焦燥感はなかった。
 ただ、単純に疑問に感じたから明け広げに聞いた。
 そんな風にしか見えないし、実際そうなのだろう。

 十太の左の口角が自然にあがり、皮肉めいた笑みの形を取る。
「お前といると、面白そうだからだよ」
 身体中に満ちている感情を素直に話す。
 碓氷ヒロが見せた己に対する戸惑いの片鱗。彼は、十太が考えていたよりも複雑な生き物だった。それが興味深く、楽しさに似た感情を十太は得ていた。
「ま、俺だって、水嶋望を殺したしな」

 そしてわかったことがあった。
 何事にも理由はある。
 本来、闇や毒は湿った空気をまとっているものだが、ヒロにはそれがない。彼からにじみ出る黒い毒はからりと乾いており、明け広げだ。
 ……ただ、その気になったから。気が向いたから。
 彼がプログラムに乗った理由は、おそらくその程度なのだろう。
 常に刺激を求めている、ある種変わり者とはいえ、当たり前の倫理観もある十太がヒロに薄気味悪さや嫌悪感を持たないのは、彼のそういったところが理由なのだろう。

 もうひとつ、わかったことがあった。
 ……なんだ。
 先に理解が訪れ、遅れて気づきが訪れた。その後、苦笑する。
 ……なんだ、俺もほかの奴らと一緒じゃんか。結局のところ、俺もヒロのキャラに勝手に騙されてる一人ってことか。 
「僕さ、自分のことそんなに変わってないと思ってるんだけど、少しは変わってるかな、って思ってるんダ」
「どっちだよ」
「でも、十太もちょっと変わってるネ」
「ま、そうかもな」
 他愛もない会話の後、あたりを見やる。
 そこには、たった今命を落とした柳早弥と腐敗の進む崎本透留の亡骸があった。
 雑木林に充満するクラスメイトの血の匂いと死臭。
 この状況でも、特に震えはない(気味が悪いとは思っているが)。平然と話ができる。二人に流れる間延びした空気、緊張感のなさと現状は、いかにもそぐわなかった。

 ……たしかに、変わってるかもナ。
 ヒロの口調を真似た思考のあと、十太は夜空を仰ぎ見た。
 木々の隙間から見える星月が、冷えた光を地に落としていた。なぜだかその光を眩しく感じ、十太は目を細めた。ふと思い出したフレーズがあった。
「俺たちは試されている」
「エ?」
「滝口朔が言っていた。俺たちは試されているんだってさ」
 西塔紅美が持っていた受信機で、滝口朔と中村大河の会話を傍受した。
 そのときに滝口朔が出した台詞だった。鈴木弦にそう言われたらしい。
 ここまで他の生徒とそれほど遭遇していない西塔紅美と十太だが、受信機によりある程度状況をつかんでいた。
 鈴木弦は投身自殺したらしい。鈴木弦とは親しくしていた。二人して、三上真太郎(桐神蓮子が殺害)のグループの夜遊びに付き合っていたのだ。 
 十太が真太郎らと行動をともにしていたのは刺激を求めてのことだが、弦も近い感覚だったようだ。
 彼は部活動や恋愛、すべてに積極的だった。夜遊びや不良行為も、やってみたかっただけだろう。
 鈴木弦は、異常とも思えるほどに学園生活を愛していた。
 その愛していた世界をプログラムに閉ざされた彼が選択した道、自決に、驚きはない。
 ……あいつらしいや。
 そんな風にも思う。

 ただ……。
 ……弦と滝口朔の関係ってなんなんだろうな。
 考える。
 十太も西塔紅美と同様、中村大河を海難から救う際の滝口朔の不用意な発言が気にかかっていた。
 そこから、滝口朔、鈴木弦、水嶋望、瀬戸晦の共通項が転入生であることにも思い至っていた。しかし十太もまたその先がわからなかった。

 ややって、十太はニヤリと笑う。
 ……三ヶ月プログラム。考える時間は腐るほどある……まぁ、生きてれば、の話だけど。
 彼らの関係や隠された謎に思いをはせる。推理する。それは、十太にとって至極刺激的なことだった。
 ……紅美とも話してみるかな。
 そんな風にも思う。
 紅美の聡明さはよくしっていた。十太は、彼女が滝口朔らの関係性におそらく気がついていると、考えていた。持っている考えを付き合わせれば、答えが見えてくるかもしれない。

 そう考えた後、十太は目の前の少年をまじまじと見つめる。
「ああ……」
「ン?」
 突然の視線に、きょとんとした顔でヒロが問う。
 制服にくるまれた、中背で華奢な体躯。つるりとした白い肌に、丸顔。くりくりとよく動く瞳、ぽってりと厚い唇。決して整っているわけではないが、愛嬌のある可愛らしい顔立ちだ。
「そうか」
「ナニ? 気持ち悪いナァ」
 そうか。
 ヒロの戸惑いをよそに、十太は一人うなづく。
 ……三人寄れば文殊の知恵。一人の好士より三人の愚者……ここに三人目の愚者がいるじゃないか。 

 

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名河内十太
バスケットボール部。常に刺激を求めている。ヒロと組んで水嶋望を殺害した。西塔紅実とは遠縁で幼馴染。
碓氷ヒロ
積極的にプログラムに乗っているが、気ままな性格で殺害にも執着しないため仕損じも多い。