OBR4 −ダンデイライオン−  


003 2005年10月01日11時00分


<滝口朔>


 滝口朔
は、京都エリアに居を構える洛南孤児院の出だ。

 両親はすでに亡い。反政府活動に身を投じていたため、捕縛され処刑されたのだ。
 朔が孤児院に送られたのは、2歳のときだった。
 当時幼すぎたため、両親と暮らした記憶は全くないが、長じた今は、それで良かった、血の繋がりなど煩わしいだけだと考えている。
 洛南孤児院は、国立孤児院だった。
 国立の孤児院はどこもある程度は専守防衛軍と繋がっているものだが、洛南孤児院は特に軍と近しい存在だった。
 また、理事の意向により、徹底した実力主義だった。
 食事、居室、自由時間。優秀な者は、孤児院での全てが優遇された。
 ただ、その基準に、提携学校での成績だけでなく、生活態度という数字化されない尺度も加味されたため、孤児たちの足の引っ張り合いが絶えなかった。
 施設スタッフへの媚び、密告。
 周囲にいる者はみな敵という状態で朔は育った。

 そして、中等学校一学年相当時に、東京にある専守防衛陸軍士官学校に入校した。
 朔の入校は、自身の希望ではなく、強制士官制度による処置だった。
 大東亜共和国は徴兵制を採っていない。軍役は任意だが、一部例外がある。
 それが、強制士官制度による軍役、兵役だった。
 政治犯や政治犯の血縁者に懲罰的に適用される制度だ。
 軍役忌避、自主退役も許されない。
 拒否者や脱走兵は、例外なく死罪となる。
 
 朔は優秀だったので、士官学校への入校が認められた。
 国立孤児院を経て入校した士官学校だったが、状況に大差はなかった。
 ここでも、足の引っ張り合いは絶えなかった。
 強制士官者であったがゆえの辛酸も、数々なめさせられたものだ。
 朔には反政府的な思想はない。
 政府のやり様に不満や疑問は感じるが、一般人が感じる程度のものだった。……かといって、愛国心あふれるわけでもなかったが。

 通常、強制士官者は士官学校を通さない単純兵役だ。系統だった知識や技術を学ぶことなくもなく、現場に投入され、資材運搬やキャンプ設営などにあたる。
 もちろん昇級もない。
 強制士官制度は、政治犯を抱え込む内憂と、使い捨てられる兵士の必要性を天秤にかけ、後者に傾いた制度だった。
 しかし、士官学校を通した者は、能力があればある程度の階級まで上ることも可能だ。
 ただし、所詮は強制士官者。
 肉体労働や危険度の高い任務を中心に受けることに変わりはなかった。
 要するに、知識や技能を持った使い捨ての駒も必要ということだ。
 そのために、能力があり反政府心のない者を孤児院で選抜しているのだろう。  
 

 両親が反政府運動に関わったという、自身にはどうしようもない理由による孤独、強制士官。

 しかし、運命の過酷さを呪うには、朔はあまりにも現実的だった。
 お国柄、孤児は多かったし、強制士官者も決して少なくはなかった。
 強制軍役に関しては、ろくな訓練も受けられず一兵として危険任務に放り込まれる例も多い。
 朔のように士官学校を通し、身を守る術を身につけることができたのは、ある意味幸いといえる。
 ある程度までとはいえ、軍務階級も得られるのだ。
 その心情は、前向きと表現するには程遠く、諦めに近かいものだったが、環境を天運として淡々と受け止め、少しでも生き延びられるよう努めてきた。
 上階級になればなるほど、指揮側となるため、命の危険は減る。
 努力を重ね、昇級試験も積極的に受けた結果、トップとは言えないものの、まずまずのポジションまで来ていた。

 特別選手としてプログラムに参加するよう任務指令を受けたのは、二学年の秋口だった。
 指令は、今回のプログラム担当官でもある宇佐木涼子うさぎ・りょうこ教官より受けた。
 士官学校在籍中から何かしらの任務に携わることは、決して珍しいことではないかたが、ことがことだけに、さすがに驚いた。
 宇佐木教官は30代そこそこ、切れ長の瞳が印象的な女性教官だ。厳格さで知られ、この非情な任務の下命、説明も、表情ひとつ変えずに行ったものだ。

 プログラム……正式名称、戦闘実験第68番プログラム。
 専守防衛陸軍が防衛上の必要性から行っている、戦闘シミュレーションだ。
 毎年全国の中学3年生から50クラスを任意に選んで実施しており、実験内容としては、各学級内で生徒同士を戦わせ、最後の一人を優勝者とするというもの。
 その際に各種のデータを取られる。
 データは対外国戦略プログラムの礎となり、優勝者には生涯の生活保障と……総統陛下直筆の色紙が得られる。
 以上が基本的なプログラム構成だが、一部ではチーム戦など特殊プログラムが実施されることがある。
 詰まる所、この長期プログラムも特殊プログラムの一種なのだろう。
  
 
 プログラムは一般的には選出されたクラス員のみで実施されるが、軍関係者が特別選手、いわゆる転校生として参加するケースがある。
 ほとんどが指令を受け、任務として参加するのだが、その性質上命の保障はない。また、軍人が参加する場合、積極的な戦闘を求められることがほとんどだ。
 その過酷さゆえか、この任務には拒否権が認められた。
 相当の迷いがあったが、結局受けることにしたのは、今回のプログラムルールや任務内容、優勝時の報酬が理由だった。
 長期プログラムであることは伏せられていたが、複数の優勝者が出ることは聞かされていた。
 また、任務は進行をスムーズにするための積極的な戦闘参加ではなく、プログラムに潜入し記録を録るというものだった。
 それこそ『専守防衛』に徹すれば、戦闘すなわち命の危険を極力抑えることができる。

 そして、受命した一番の理由は、その報酬だった。
 強制士官の解除か二階級特進。
 朔の望みはもちろん前者だ。
 希望すれば、兵役が免除されるというのだ。もちろん、通常優勝者と同じく、生涯保証金も得られる。
 逡巡は長くは続けなかった。
 強制士官者はその性質上、危険度の高い任務に当たらされる。死の危険と隣り合わせなのだ。
 また、その苛酷さから身体を壊す者も多い。 
 ……このまま軍にいても、使い捨てられる。それなら、一か八か……。
 そう考えたのだ。

 自身が強制士官者であることを考えるとき、朔は鎖牢を思い浮かべる。四肢を鎖で縛られた自身の姿を
 ……プログラムから生きて帰ってくれば、オレを縛り付ける鎖が解き放される。自由を、得られる。
 決意のとき、プログラムへの恐怖と開放への淡い期待が、朔の体内を巡った。

 また、潜入先が京都府下の中学校であったことにも運命を感じた。
 朔は京都で生まれ、京都市内にある洛南孤児院で育った。
 生まれ故郷と呼べるような思い出はなかったが、出生地は呪縛を開放する場として似つかわしく思えたのだ



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バトル×2
滝口朔 
主人公。陸軍所属の兵士であることを隠している。記録撮影のために事前よりクラスに潜入していた。