<中村大河>
「え、行かないってどういうこと?」
丸い目をさらに丸くし、中村大河は訊く。
その相手は、柳早弥だ。
そばには、すっかり身支度を終え、リュックや物資を背負った滝口朔がいる。
凪下南美は軽装だった。
彼女が少し元気になってきたので、今のうちにBスポットに向かうことにした。
ただ、回復してきたとはいえ、体調は依然優れないため、彼女の荷物……その大半は間刈晃次(朔が殺害)に奪われてしまっていたが……は、朔と大河で分けて持っている。
自我心の強い南美のこと、普段なら自分で荷物を持つのだろうが、今は大河らの申し出を断る気力もないようだ。
血の気が失せ、明るく染めた髪色にそぐわない顔色が痛々しい。
Aスポット近くの沢。
両側に切り立った崖が迫っている。崖の方々からは樹木が伸びており、その間を割って、月明かりがこぼれ入っていた。
夜気に加え、水の冷気があたりを覆い、肌寒い。
「ごめんね」
早弥が両手を顔の前であわせ、謝罪のポージングをする。
「Bスポットに行かないって、どうして?」
再度、尋ねる。
瀬戸晦(兵士であることを大河や早弥はしらない)から伝え聞いた情報だが、Bスポットは住居タイプで数人のクラスメイトが集まっているらしい。
早弥は大河の問いには答えず、きゅっと口を閉じている。
ふっくらとした丸顔、耳にかかる程度のショートカット。一見おとなしげな風情の早弥だが、その実なかなかに気が強いらしい。
早弥と交際してた崎本透留(碓氷ヒロが殺害)が苦笑交じりによくこぼしていた。
……たしかに、手ごわいや。
眉を寄せ、凪下南美を見やる。
今は見る影もないが、彼女もまた見た目の印象を裏切っている一人だ。
可憐な容貌に似合わない雑駁な物言い、気の強さ……。
早く体調を取り戻し、いつもの元気な彼女になってほしいと思う。
……て、今は柳か。
「なぁ、一人でいたら危ないよ。どして?」
三度問いを投げていると、横から朔が分け入ってきた。
「もしかして……、崎本か?」
これに、早弥は明確な反応を示した。
ぴくりと肩を上げ、口元を左手で覆う。
嗚咽をこらえているのだと分かった。
沢の水音と、彼女の呻きが重なって聞こえた。
早弥が落ち着くのを待って、「そうか……」朔がうなづく。
「うん」
「俺は止めない、よ」
続く、早弥と朔の会話。
「え、何を?」
分けが分からず、きょとんとしていると、「柳は……崎本のところに行きたいんだ」朔が静かに言い、「そうなんだ、な?」早弥に向きなおした。
これに、早弥が黙ってうなづく。
「なにそれ、だって、崎本はもう……」
死んでるじゃないか。
言いかけて呑み込む。
やや遅れて、大河ははっと顔を上げた。朔の『柳は崎本のところに行きたいんだ』という言葉の意味が追いついてきたからだった。
「ほら、何日か前に、中村たちがDスポットに向かって、私たちがAスポット付近に残ったこと、あったでしょ」
意を決したように、早弥が口を切る。
「ああ……」
朔が悲しげに頷く。
……サク、どうしてそんな表情を?
聞くに聞けず黙っているうちに早弥が続けた。
「あのとき、透留を見つけたんだ」
「えっ」
驚くが、意外には感じなかった。
透留の遺体は、大河、朔、鈴木弦(兵士・投身自殺)の三人で埋葬した。
……埋葬といっても、窪地に横たえ、枯れ枝で覆っただけの簡易で、その気で探せば十分に見つけられたはずだった。
そして、さらに遅れて、ある事実に思いが至る。
崎本透留が殺されたのは、開始早々の10月1日。早弥がその亡骸を見たのは、おそらく10月15日だ。死亡後二週間、透留の身体は相当に傷んでいたはずだった。
大河の心を読んだかのように、「ひどい状態だった。あれが透留だなんて、信じたくなかった」早弥が言う。
「だから、逃げ出して、泣いて、震えてた」
このとき大河は、再合流時の早弥の様子を思い出そうとしていた。
「……気が、つかなかった」
少なくとも、疑問に感じるような態度はなかったように思う。
ショックだったろうに、弱さを見せないようにしていた彼女の強さに、舌を巻く。
「でも、ずっと考えてたんだ。どうするべきなんだろうって」
「どうするって……」
「それで、水嶋とかのことがあって……決めた」
水嶋望(兵士)は名護内十太と碓氷ヒロに殺されたということだ。
朔からそう聞いたとき、大河は素直に驚いた。
ヒロたちがそんなことをしていることにも驚いたが、『あの』水嶋望が死んだことに、より驚いた。
プログラム中もまっすぐに背筋を伸ばし、凛としていた望。大河がイメージする彼女の姿と、彼女が死んだという事実が合致せず、戸惑う。
だけど、これが現実なんだと、ため息とともに肩を落とした。
早弥は上空を一度みやったあと、「もう一度、透留のところへ行く。そんで、これで頭を打ち抜く」そう言って、小型のリボルバーをポケットから取り出した。
月明かりに銃身が光を返す。
M360Dだ。このプログラムで配布される銃はみな一緒だった。第二回のAスポット物資開放で手に入れたそうだ。
「そんなこと、崎本は望んで、ない、と思う」
動揺が口に出、たどたどしくなった。
「ほら、朔も言ってよ」
助け舟を求めるが、愛想なしの船頭は悲しげにたたずむだけだった。
凪下南美は、目を伏せ、苔むした大木の幹に背を預けている。早弥を説得する気力もないようだ。
「透留は、柳に生きてほしいと思う」
言いながら……なんだか、安いドラマみたいだ……思う。
恋人や家族を殺された恨みから、その犯人を殺した遺族が自殺しようとするところを、刑事や探偵が止めようとする。
よくあるが悲しい、ドラマのワンシーンだ。
そんなことを考えてしまうのは、言葉が借り物で、大河としても早弥をどう扱っていいか迷っている証拠だった。
これに、こざぱっりとした笑顔を早弥は差し戻してきた。
「これがさ、通常のプログラムなら。三日がんばったら生き残れるルールだったら」
「え」
「なら、生きてみようかな、と思えたかもしれない。透留がいなくても、クラスメイトを蹴散らして、そんで、生きようと思えたかもしれない」
おとなしげな風情に似合わない物騒な内容に目を剥く。
「でも、三ヶ月だなんて、無理。まだ二ヶ月以上も残ってるんだよ。二ヶ月も、透留がいないのに、がんばれない」
力をこめ、踏ん張りなおしたのだろう、じゃっと土を蹴る音がした。
おかしな話だが、早弥の小さな身体に、熱いエネルギーがみなぎっているように見えた。
彼女の決意は決して前向きなものではない。
だけど、発する熱に負は感じなかった。
だからなのかもしれない。
結局、早弥に押し切られる形で、彼女を残して出発することになった。
*
島の東部へと延びる山道。
背高な下生えが迫っており、月明かりを遮断しまっているため、懐中電灯を使わざるをえなかった。
光は、このあたりに潜んでいると思われる碓氷ヒロや名護内十太を引き寄せてしまう危険性がある。なるべく電灯の類は使いたくなかったが、足元の安全保持のために仕方なかった。
懐中電灯の丸い光の輪を小刻みに躍らせながら、大河はふっとため息をついた。
「……よかったのかな」
「あれが柳の望みだから、な」
朔は一拍おいて「それに、これでライバルが一人減る」冷たく続けた。
突き放したような物言い。
プログラム開始当初なら、突っかかっていったところだが、不思議に憤りは感じなかった。
それは、朔が柳早弥の決意に胸痛めていることがわかるからだろう。
先ほどのやり取りでも、朔のほうが大河よりも彼女の心のうちを読み取っていた。
……変わったな。
思う。他人の心情を慮るなど、プログラムまでの彼ならば、考えられないことだ。
そして、自分自身も変わったと感じた。
以前の自分ならば、明るい道だけを見ていた自分ならば、早弥を強引にでも止めたはずだ。
生きることを強いたはずだ。
だけど、プログラムを経た今は、暗い道をさまざまに見てきた今は、彼女の決意を無にできなかった。
それが果たして正しいことなのかは、わからない。
もしかしたら、あきらめに近い感情なのかもしれなかった。
二人で南美の身体を支えつつ、進む。
その足を後押しするかのように、一度、近くから銃声が響いた。
−柳早弥死亡 17/28−
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