<西塔紅実>
「毒のある生き物?」
片眉をかるくあげる。
「毒つっても、かぶれる程度から致死性のまで、防御のためだったり捕獲のためだったり、色々だけど。で、今とりあげたいのは、防御のために進化の過程で毒を持った種」
「毛虫とか?」
「そそ。毛虫とか、カエルとか。で、毒のある生き物って、見た目からしてグロかったりキモいのが多いじゃん。で、あれってさ、一種のアピールだと思うんだよね。オレは毒がありますよー。だから食わないでよーっていう、アピール」
名河内十太が、現状とかかわりの無いようなことをべらべらと話す。
しかし、彼の話は途中で遮らないほうがいいことを、幼馴染の紅実はよく知っていた。
「ふむ」
「その生き物としては、毒と見た目の二重で身を守っているわけだ」
「それで?」
話の接ぎ穂をわたす。
「そいつらとしてもさ、食われてから相手をやっつけても、その固体の得にならないじゃん。なんせ、食われちまってるんだから。だから、毒があるってアピールするわけ。身体に『危険物』ってシールを貼るわけ」
「アピール」
「そそ。でも中には、アピールしないやつもいてさ」
話が変わってきたかと思ったら、十太が「スベスベマンジュウガニ」聞きなれない単語を口に出してきた。
「スベ……?」
紅実の惑い顔を満足げに見つめてから、「スベスベマンジュウガニ」繰り返す。
「カニって、あのカニ?」
両手でピースサインを作り、蟹を擬態してみせると、「そう、あのカニ。このプログラムでもお世話になってるあいつらの一種」十太が頷く。
近くの沢で沢蟹が捕れるので、食事の足しにしている。
「この愛らしい名前の蟹はさ、見た目も丸くて甲羅がつるっとした感じで可愛いのな。旨そうちゃぁ、旨そうなわけよ。でも、このスベスベマンジュウガニは、毒もちで、下手したら一匹食っただけで昇天、なの」
目を見張る。
紅実の中では蟹は安全な生き物の扱いだったので、無警戒に食していた。
どきりと心拍があがる。
「カニにも毒があるんだ」
「うん。だから、気をつけて」
今度は唐突に話を切る。そして、十太はひらひらと手を振り、雑木林の向こうに消えた。
そのどこか間延びした長身を、ぽかんとして見送る。
実は、先ほどのような話の運びは、十太と話しているとよくあることだった。
彼独特の皮肉や知識を交えた一見意味の無い話のなかに、何かしらの真理だったり考えだったりが潜ませてある。
単純に、毒虫や件のスベスベ某のことを言いたいわけではないはずだった。
そして、そのだいたいが最後の一言にあることを、紅実は経験上知っていた。
潜ませることなくダイレクトに最後の一言であらわすこともあるのだが、今回は前者のようだ。きっと、何かの比ゆなのだ。
「気をつけて……か」
何に……?
考える。
「何に、じゃなく、誰かに、か」
クラスメイトの誰かに、安全に見えても毒をもっている者がいるから気をつけろというところか。
問題は、それが誰か、ということだが……。
しかし、紅実には十太の謎かけよりもさらに気にかかる事柄があり、意識は自然そちらに向かっていた。
十太の言うことは後で考えようと、とりあえずは置く。
「三人もいるんだって……どういうことだ?」
海難した中村大河を救い、浜に引き上げたあと、滝口朔は確かに『三人もいるんだ、助けるぞ』と叫んだ。
しかし、あの場にいたのは、中村大河を退けると五人だ。
佐藤慶介、徳山愛梨、瀬戸晦、水嶋望、滝口朔。
受信機で得た音声データからの推察だが、他のクラスメイトが付近にいた様子はない。
海に呑まれたDスポットにショックを受け取り乱した徳山愛梨と、彼女をフォローしていた佐藤慶介を抜いた三人という意味なのだろうか。
実際、中村大河の心肺蘇生に関わったのは、カップル二人以外の三人だ。
また、心肺蘇生術の妙な手際のよさも気になっていた。
紅実もテレビや本などから知識は持っていたが、あやふやなものでしかなく、実際の場面でスムーズに行える自信はない。
だがあの三人は、見事な手順だった。
それぞれ、もとから浮ついたところの無い落ち着いた雰囲気ではあるのだが……。
「心肺蘇生できる人間が三人……?」
朔の発言は、技能を持った者が三人もいるんだ、という風に聞こえた。
彼がどこで習得したのかという疑問もあるが、ここで大きく気にかかるのは、他の二人も技術を持っていることをなぜ知っていたのか、ということだ。
消防局主催の講習会が定期的にあるはずなので、それを一緒に受けたのかもしれないが……。
しかし、三人は普段特に親しくしていなかった。朔たちが連れ立って受講している姿が想像つかない。
紅実の思索は、さらに奥道へと踏み込んでいく。
「数人のうちの……三人」
そういったニュアンスも感じ取れたのだ。
この場合、他の候補者は鈴木弦(投身自殺)だ。
瀬戸晦と鈴木弦は孤児で、同じ養親の元で暮らしていた(晦と弦の世間的な設定で、実際は違う)。
有明中学校に転入してきたのも、同じタイミングだった。
晦が技術講習を受けているのなら、同居していた弦も受けている可能性が高い。
「……あっ」
ここで気が付く。
滝口朔も、水嶋望も転入生だ。
それぞれ二年か三年のときに転入してきており、時期はずれるが、偶然なのだろうか……。
こうなると、名河内十太が離れてしまったのが惜しかった。
彼も同じように受信機から朔の発言を聞いている。
紅実は、十太のことを『変人だけど、頭の回転は決して悪くない』と見ていた。意見を求め、確認が出来れば、思考の後押しになったに違いない。
ゆっくりと周囲を見渡す。
高木低木の入り混じった雑木林。その切れ間に、北の山が遠く見えた。
三角形を崩したようなフォルムで、濃い緑に覆われている。
プログラム開始から二週間、北の山の近辺で人死にが続いている。プログラムに乗った誰か……紅実は、それが自分の『彼氏』の碓氷ヒロだとは思っていない……が、山にいるのだ。
そして今、滝口朔、水嶋望が向かっている。
どこまで認識してかは分からないが、常に刺激を求めている名河内十太が引き寄せられたのも無理は無いと思えた。
……まぁ、君子危うきに近寄らず。
自分は行かないようにしようと心に決め、目を瞑る。
そして、滝口朔らのことを再び考え始めた。
滝口朔、瀬戸晦、水嶋望。そして、死んだ鈴木弦。彼らにはきっと何かがある。
答えを得た先に何があるかは分からなかった。
また、分かったといって、プログラムという現状に変わりはないのだろう。
……だけど、暇つぶしにはなる。
このプログラム期間は通常の三日間とは違い、三ヶ月。考える時間はいくらでもあった。
「それに、なんか面白そうじゃない?」
名河内十太の台詞を借り、紅実はにやりと笑う。
十太を変人と形容する紅実だが、彼女自身も同じ範疇に入りかねない感覚の持ち主であるという自覚は、もちろん、ない。
−20/28−
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