<西塔紅実>
「試されている……ね」
受信機の電源を切り、西塔紅実はゆっくりと一度目を瞑った。
会場の東部。
緑に囲まれた小高い丘の中腹に紅実はいた。
このあたりは製材に適した樹木が多いらしく、少し離れた場所に製材所の建物もあったが、あえてそこではなく野宿をしている。
野営を選んだのは、建物に惹かれた他の選手との遭遇を回避するためだ。
今は折りたたんだ寝袋に腰掛けていた。
受信機は、もとは死んだ麻山ひじりが持っていたものだ。
設定した相手の音声を一方的に拾うことができる。
紅実が手に入れたときには、中村大河にターゲッティングされていた。設定の変更はできない仕様なので、彼周辺の音声しか得られないが、外部の情報は重要だった。
もっとも、ひじりが中村大河に設定したのは、彼のことが好きだったからだが。
プログラム開始早々、ひじり、荒木文菜、凪下南美のグループと一緒になった。
その後しばらく彼女らと過ごし、そして、きのこの毒にあたり苦しんでいたひじりと文菜を刺し殺した。
あのとき、紅実は「死にたいなら、手伝う」と彼女らに確認した。
麻山ひじりと荒木文菜は提案を受け入れ、紅実は彼女らを手にかけた。……凪下南美は生を選び、同時に毒の苦しみを選んだ。
今のところの放送では、南美は死亡者リストにあがっていない。
苦しみに耐え、生き延びたということだろう。
ひじりたちを手にかけた選択に後悔はない。
しかし、紅実は快楽殺人者ではないし、殺人への禁忌は人並みに持っていた。
また、形としては自殺幇助だが、提案に紅実の恣意がなかったと言えば嘘になる。彼女らが死ねばそれだけライバル選手が減ると思わなかったかと言えば嘘になる。
だけど。
紅実は思う。
……だけど、それも含めて自己責任だ。
自己責任。
紅実の好きなフレーズだった。
彼女たちの前には選択肢が無数にあった。私はそのうちの一つを押し出しただけだ。……実際、凪下は生を選んだじゃないか。
そして、このフレーズは紅実自身にも突きつけられる。
恣意があると自覚しながら提案したのも、彼女たちを手にかけたのも、私自身の選択だ。その返り、苦しみも自己責任で負わなければならない……。
*
神妙な顔。
しかし、その顔が一瞬で崩れる。口元がゆがみ、含み笑いの表情となった。
「滝口が、あんな可愛いとは」
今度は声に出して笑う。
滝口朔とはクラスでは関わりがなかったが、読書が共通の趣味で、図書館で何度も遭遇しており、割合に親しくしていた。
とぼけたヤツだな、とは思っていたが……。
中村大河の話の流れで、名河内十太の名前が出たときは、大河同様に噴出したものだ。
「また、ジッタとはね……。どうよ、色男」
「いやまぁ、恐縮ですわ」
軽口を返してきたのは、名河内十太その人だ。
木の幹に背もたれて立っているので、座っている紅実からは見上げる形だ。
数日前に出会い、行動をともにしている。
十太とは遠縁にあたる。いわば幼馴染の間柄で、よく知った仲だった。
すらりとした長身。カーゴパンツに厚手のパーカーという姿。
切れ上がる瞳に、通った鼻梁、浅黒い肌。やや短い黒髪を整髪料で立てており、形の良い額があらわになっていた。
右手には拳銃があった。物資の多くはCスポットで手に入れているらしい。
「Aスポットか……」
その十太がつぶやく。口元が緩み、笑いの表情だ。
「なに、愛しの滝口に会いに行くの?」
「まぁ、それもあるけど」
冗談に冗談で返してくる。
「あのへん、今面白そうじゃん」
「面白そうって……」
幼馴染として、『面白そう』が指す意味を理解できた紅実は、思わず顔をしかめた。
十太の移り変わる部活動、多彩な友人関係。
紅実から見れば退屈に感じる地味なクラスメイトとも積極的に関わっている。
周囲には、単なる多趣味や人付き合いのよさとしか取られていないようだが、十太がそこから得ようとしているのは、『刺激』だ。
もちろん相手に悟られないようにしてはいるが、実は交友そのものには興味が無いようだった。
また、刺激のためになら身の危険も辞さないところがあった。
三上真太郎らと夜遊びにふけっていたのも、刺激を求めてのことだ。
今は、Aスポットの放つキナ臭い雰囲気に魅せられているのだろう。
幼馴染の紅実以外には気づかれていないようだが、相当に変わった感覚の持ち主だった。
現在までの死亡者は8名。
崎本透留、荒木文菜、麻山ひじり、鈴木弦、間刈晃次。
そしてまだ放送されていないが、Dスポットとともに海に呑まれたと考えられる三上真太郎、山本友哉、五十嵐速人だ。
Dスポット組以外の五人はAスポットのある北の山付近で命を落としている。
荒木文菜と麻山ひじりは、北の山の猟師小屋で紅実が手をかけた。
残りの三人については、中村大河に設定された受信機から情報を得ている。
崎本透留は山中で誰かに斬り殺され、鈴木弦は崖から投身し、間刈晃次は北の山ふもとの湖で朔や大河を襲い、返り討ちにあった。
それぞれ理由は違う。だが、違うからこそより刺激的だと、刺激的な場面との遭遇率が高そうだと、十太は捉えているに違いない。
そう考え、紅実はため息をついた。
「ま、危ない目にあったら泣いて帰ってくるよ」
戯言のあと、荷物をまとめて立ち去ろうとする名河内十太の背中に、「気をつけて。……あ、そうだ。ヒロに会ったら、私がこのへんにいるって言っといて。他のやつらには言わないでよ」投げかける。
碓氷ヒロとは交際している。
小柄な体躯、中学三年生とは思えない童顔。
大人びた容貌に似合わず、可愛らしいものが好きな紅実から惚れこんでの付き合いだ。
物事にあまり動じないマイペースな性格や、意外にクラッシック音楽に造詣が深く、うんちくを語りだすと停まらないところも気に入っている。
ヒロが友人の崎本透留や間刈晃次を手にかけたことを知らない紅実は、純粋に会いたいと思っていた。
十太は一学年時は、ヒロと同じ吹奏楽部に所属していた。
例によって、新たな『刺激』を求めてすぐに転部してしまったが、二人は今でも親しくしているようだった。
十太は少し黙ってから「毒のある生き物ってさ」唐突に始めた。
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