OBR4 −ダンデライオン−  


031 2005年10月15日13時00分


<中村大河>


 二時間後、大河と朔は鎖川の河口付近にいた。
 このあたりは岩場で、草木もほとんど生えていない。服は脱ぎ、タオルを腰に巻いただけという格好。海水に浸かった衣類は川の水で洗い、太陽光で暖められた岩の上で干している。
 大河も川で身体を洗った後、大岩の上に寝転がり、身体を乾かしていた。
 暖められる感覚が心地よい。
 見上げた空はどこまでも蒼く、先ほどまでの雨天が嘘のようだった。
 潮風に裸の胸を優しくなでられ、相次ぐクラスメイトの死に傷ついた心が少しずつ癒えていく。 
 朔は岸辺の岩に腰掛け、海側に釣り糸を垂らしていた。
 朔もまたタオルを巻いただけという姿。女子生徒……水嶋望がいたら、とてもじゃないができない格好だ。

 釣った魚は、そのまま支給の多機能ナイフでさばいていた。
 木串に刺した魚が焚き火にかけており、焼けた香りが、嗅覚と空腹感をくすぐる。
 残りは塩漬けの保存食にする予定だ。
 海に来る前から、川魚をメインの食糧にしてきた。
 魚をさばくのも、火を起こすのも、プログラム当初は手間取ったものだが、二週間でなんとか慣れ、形になってきた。
 スポットで生活物資は手に入れており、石鹸や火を起こす固形燃料には今のところ事欠かない。
 純粋なサバイバルを目的としていないためか、スポットから得られる物資はそれなりに潤っていた。
 獲得物資の一つ、サバイバルハンドブックの情報も役に立っている。
 ……もちろん、包丁さばきなど実技はそれぞれが身につけていかなくてはならず、食糧など現地調達しなくてはならない部分も多大にあるのだが。
 その他に、簡易テントの張り方など、野営のコツも大分身についてきていた。
 まだ失敗も多いが、技能が上向きであることは確かだった。


 始めは、ただ惑うだけだった。火を起こすことはままならず、ナイフもろくに扱えなかった。
 それが今では、保存食にまで思いが至れるようになっている。
 野営はもちろん、野外での排泄、睡眠、食糧採取……。
 現代っ子の大河のこと、野外での排泄は特に抵抗があった。
 朔によると、水源への汚染を考慮しなけらばならないそうで、川や湖から離れた場所を選び、穴を掘って埋めている。ペーパーは自然分解されやすい製品が支給物資の中に入っていた。ない場合は、葉っぱや木の皮などを使うことになるそうだ。
 このあたりもすっかり慣れてきていた。
「……ヒトって逞しいね」
 苦笑交じりにつぶやく。
 半ば独り言だったのだが、朔にまで届いたようだ。
「環境に適用できるやつが生き残っていく」
 朔らしい言い回しで返してきた。
 確かに、支給物があるにせよ、誰しもが適応できているわけではないだろう。総量が限られる以上、物資を獲得できなかった者もいる。また獲得しても、使いこなせていない者、使いこなす気力のない者もいるに違いない。

  
「オレたちは試されている」
「え?」
「死んだ鈴木に言われたんだ。三ヶ月生活を保てるか……これも、試しの一つだろうな」
「……そ、だね」
 鈴木弦が投身したときの様子は、朔や水嶋望から聞いていた。奔放で自由な彼が自ら死を選んだのは意外だったが、不思議な納得感もあった。
 基本的に人付き合いの悪い朔だが、彼も弦とはよく話していた。
 弦の死をどのように受け止めているのだろうと、朔の横顔をちらりと見やる。
 彼は、いつもと変わらぬ無愛想な表情のまま、ナイフを砥石にかけていた。
 このプログラムに巻き込まれる前まで知らなかったのだが、刃物はマメに砥がないとすぐにさびてしまうそうだ。
 
 ……そういや、瀬戸も大丈夫かな。
 ふと、瀬戸晦のことを考える。
 瀬戸晦と鈴木弦は孤児で、同じ養い親の元で暮らしているとのことだった……有明中学校潜入時のために付けられた設定で、実際は違うのだが、大河はそのことを知らない。
 生活をともにしてきた者の死。
 大河はまだ近い親族の死を体験したことが無く、その気持ちは実感できなかった。

 朔は、焼き魚のほか、貝や海草の入った水団を作ってくれていた。
 水団は、開放物資の中にあった小麦粉に水を加えてこねた種を小さく切り分けたものだ。
 昔、大東亜共和国にも食糧難の時期があり、水団はその頃食されていたものらしい。簡素な味だが、空腹は満たされる。
 飽食の時代に育った大河のこと、これまで水団を食べたことが無かったが、朔は以前に作ったことがあったらしい……朔は専守防衛陸軍士官学校時代に戦時の簡易食として習っていたのだが、大河はそのあたりの事情を知る由も無い。
「食おうか」
 器を差し出してきた裸の腕には、しっかりと筋肉がついていた。スポーツ系の部活に所属しているわけでもないのに、鍛えられた身体をしている。
 プログラム中も、簡単なトレーニングを時折していた。

「ああ、そういや、サクって好きな子とかいるん?」
「……好き?」
「えと、好きなタイプとか」 
「ん……」
 何気なく出した話題だが、朔がこういった会話に慣れていないことは良く知っているので、話の舟に助けを入れていく。
「単純に見た目でもいいよ」
「見た目なぁ……西塔紅実とか」 
「へぇ、大人っぽいのが好みなのね」
 西塔紅実は特別整った容貌をしているわけではないが、全体的に大人びた雰囲気の少女だ。朔とは、読書の趣味が共通で、図書館でよく遭遇しているようだ。
 朔は女子生徒に愛想を振りまくタイプではなく、彼が話すのは、水嶋望のほかは紅実ぐらいだった。
 まぁ、サク自体が大人っぽいからお似合いかなぁ、なんて思ってると、鉄砲玉が飛んできた。

「後は……名河内?」
「はああ?」
 思わず素っ頓狂な声を出す。
 名河内十太は、バスケットボール部に所属している長身の少年だ。
 その前は陸上部に所属していたので、大河も付き合いがあった。
 一年次は、吹奏楽部に所属していたということで、吹奏楽を続けている崎本透留(碓氷ヒロが殺害)や碓氷ヒロとも仲がいい。
 有明中学校の部活動は掛け持ちができないが、転部は可能だ。
 だが、実際は転部はほとんどない。十太のように次々と所属を変える生徒は珍しかった。
 友人関係も多岐にわたり、三上真太郎ら素行の悪い生徒とも、大人しい生徒らとも親しくしていた。
 騒がしい生徒と一緒のときは騒がしく、大人しい生徒と一緒のときは大人しく、イメージの定まらない少年だ。
 顔立ちは、紅実と似たところがある。さもありなん、紅実とは遠い親せきにあたるそうだ。あの血筋の顔ということだろう。
 それにしても……。 

 大河の驚いた様子に、「ん?」朔が真顔を返してきた。
 その様が可笑しくて噴出していると、「え、なに?」朔にしては幼い言い回しが続く。

「サク、十太もだと男も女もいけるってことになっちゃうよっ」
「え、え?」
「まぁ、サクとしては、ほんっと単純に好みな見目な話をしたんだろうけどさ。にしても、ふつーこの話題で、男は入らないって。変っ」
「……そうなのか」
 真面目に反省している風なのがさらに可笑しく、大河は高く声をあげて笑った。
 前から感じていることだが、朔は世間からのずれを自覚しており、その修正に真剣に取り組んでいる様子だ。
 ……このボケっぷりが面白いのにな。
 思いつつ、「あー、なごんだ。ありがとう」わざとらしく礼を言ってみると、朔は苦虫を潰したような顔をした。


 ふと、朔のことを考えた。 
 流行の音楽や芸能人に疎く、こういった他愛もない話にも付いていけないようだ。
 現代に生きる中学生とは思えないとまでは言わないが、それに近い印象を、知り合った当初は持ったものだ。
 朔は三年次に編入してきた転校生だ。
 それまでは東京の中学校に通っていたらしい。両親は亡く、歳の離れた兄との二人暮らし。
 兄の滝口優……実際は大神優という名の管理官だが、大河は朔が兵士であることも抱える事情も、知らない……とは何度かあったことがある。
 大柄で彫りの深い顔立ち。軽快で洒脱な話しっぷり。彼には世間的なずれは感じなかった。

 同じ家庭で育ってるのになぁ……なんであんなに違うんだろ。
 それが可笑しくてたまらず、大岩に寝転がり、くすくすと笑った。

 空を見つめ、手足を伸ばす。
 見上げた空は雲ひとつ無く、どこまでも青い。
 視線を横に向ければ、広がる海。耳を澄ますと波音が強まる。
 潮の香りに鼻腔をくすぐられる。身体を撫で行く、潮風。かもめが空を切る。
 なんだか、爽快な気分だった。 
 プログラムが始まって以来、こんなにも穏やかな気持ちになれたのは初めてのことだった。

 次々と命を落としていくクラスメイト。
 結局、海に呑まれた三上真太郎らを助けることも出来なかった。
 こうしている間にも、誰かに襲われるのかもしれない。誰かが誰かに襲われているのかもしれない。
 考えれば考えるほど、憂鬱になる。
 だけど、今は。
 今は、この穏やかな感情に、身を浸していたかった。


  
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中村大河
陸上部のエース。人懐っこい性格。朔と親しくしているが、朔たちが兵士であることには気づいていない。 視点は初。
滝口朔 
記録撮影のために潜入している兵士の一人。孤児院育ち。任務成功による強制士官免除が望み。
水嶋望
兵士の一人。任務成功を足がかりに家を復興させたい。
瀬戸晦
兵士の一人。肉体派ではないが、戦況分析に優れる。