OBR4 −ダンデイライオン−  


002 2005年10月01日11時00分


<滝口朔>


 中村大河が駆け寄ってくる。
 茶の入ったやや長い髪。
 丸い大きな瞳が、涙で滲んでいた。日に焼けた健康的なたたずまい。瞳の色は鳶色。髪色に近いこげ茶色だ。
 リュックサックを持て余し気味の体躯を震わせ、「朔!」ぎゅっと手を握られた。大河の手から、濃密な恐怖心が伝わってきた。
「俺、もう、どうしようかと……」
「大河に会えてよかった」
 感じたことを口に出す。
「相変わらず、ストレートだね」
 大河は一瞬きょとんとした顔をしてから苦笑し、続けて「まぁ、俺もめっちゃ嬉しいよ。……んで、そう思うなら、ナイフを下げてくんない?」冗談めかして言ってきた。
 依然唇の端は震えており、ぎこちなさもあったが、少しは落ち着いたようだ。
 
 会えて嬉しかったのは事実だが、だからといって万全の信頼があるわけでもない。
 正直なところ迷ったが、結局ナイフを下げることにした。 
 三ヶ月という期間を一人で過ごすわけにはいかない。誰かと行動をともにするなら、よく知っている相手であったほうがいい。という判断だった。
「ああ、悪い」
 サバイバルナイフを鞘に収め、ズボンベルトにつけたナイフホルダーに掛ける。 
 小柄な大河と長身の朔では身長差が20センチはある。
 見上げる形で、大河が「これから、どうしよ……」訊いてきた。
「まずは、あそこだな」
 朔はすっと腕を伸ばし、雑木に覆われた斜面の下に見えるログハウスを指差した。「あそこが、例のスポット……物資小屋だろう。地図から見てAスポットだな」



 『Aスポット』は急勾配の斜面を背にしていた。建てられて間もないのだろう、木の匂いが強く残っている。
 極太の丸材が横積みにされたログハウス風の一階建て。屋根は緩やかな傾斜を描いていた。
 ウッドデッキを踏みしめ、入り口へ向かう。
「クローバー?」
 入り口の扉には組み木が施してあった。そのデザインは、トランプマークのひとつ、クローバーを模っているように見えた。
「どうかしたの?」
「いや、なんでもない。少し気になった」
「ああ、可愛らしいね」
 建築スタッフの稚気だろうか。……とりあえず、心に留めておこう。

 
 戸を開けると、玄関たたきからそのまま10畳ほどの大部屋に繋がっていた。
 ぐるりと室内を見渡す。
 木肌を前面に押し出したデザイン。
 家具の類が一切ないため、広く感じられた。
 正面壁の中央から廊下が続いており、廊下の左右に扉が並んでいた。あれらが、時間差で開錠される倉庫部屋だろう。
 支給武器や必要物資が貯蔵されているはずだ。
 プログラム説明時に聞いた内容を心の中で確認する。

 そこここに他のクラスメイトがいた。
 数えると、朔と大河のほか、男女6名の姿があった。
 ……多いな。
 息をつく。
 初回にどれほどの物資が支給されるのか分からないが、頭数が少ないに越したことはなかった。
 その中に、瀬戸晦せと・みそかを認める。朔は、傍にいる中村大河に悟られないよう、晦にむかって軽く頷いた。
 瀬戸晦は、不自然ではない程度に首を動かしていた。
 中背。華奢な体躯だが、ふっくらとした丸顔のせいか痩せては見えない。黒ふちめがねの奥に緊張感が見え隠れしていた。

 ……撮影中か。

 朔は軽くあご先をあげると、何気ない動作で腕時計につけられたボタンを押した。
 押すと同時、首輪が軽く振動する感覚を得た。
 ボタンは、首輪に内蔵された超小型ビデオカメラの電源スイッチだった。
 腕時計と首輪が連動しているのだ。
 もう一度腕時計のボタンを押せば、カメラの電源が切られる仕組みだ。 
 データ総量を抑えるため白黒の荒い映像になるが、この距離ならクラスメイトひとりひとりの表情を捉えることができているはずだ。
 撮影データは首輪や時計に蓄積されず、プログラム作戦本部に即時送られるということだった。

「朔、ついてないね」
 中村大河がぼそりと呟く。
「ん?」
 意味が分からず訊くと「だって、朔って、四月に転校してきたじゃん。前のガッコのままだったら、プログラムなんかに巻き込まれずにすんだのに、ね」返してきた。
「ああ……。まぁ、仕方ない話だ」
 答えると、大河の表情がさらに沈んだ。
 彼と向き合う形で話しているので、その所作のすべてがデータとして本部に送られている。
 もちろん、大河は知らないことだった。
 ……これは、偽りの友情なのだろうか。
 ふと考え、朔は軽く首を振った。
 それも、仕方のないことだと思った。

 胸の痛みは、感じなかった。
 任務をいかに全うするか、朔が考え感じているのはそれだけだった。

 ……瀬戸はどうなんだろう?
 ちょうど瀬戸晦は朔に背を向けていたのでその表情は見えなかったが、背中から迷いや苦悩が読み取れた。
 まぁ、あいつなら、そうだろうな。
 士官学校に入校してからの付き合いなので、知り合ってそう長いわけではないが、彼の善良さには苛つきを覚えるほどだった。

 任務に集中するよう、上官として指導するべきなんだろうか。
 一瞬考えたが、すぐに否定する。
 立場は、朔のほうが瀬戸晦よりも一階級上になる。
 しかし、この任務は小隊単位ではなく、個々に任される形だった。  
 それなら、各々の判断と責任で動けばいい。もっと言えば、瀬戸晦が迷いから危険な状況に陥っても自分には関係ないことだ。と考え直す。

 ……そう、この場にいる8人のうち、滝口朔と瀬戸晦は『転校生』であり、政府から秘密裏に派遣された専守防衛陸軍兵士であった。



−28/28−


□□  バトル×2 4TOP ご意見ご感想 更新お知らせ登録

 
バトル×2
滝口朔 
主人公。京都市立有明中学校三年A組。