<三上真太郎>
Dスポットから30メートルほど離れたところで桐神蓮子は立ち止り、こちらを見てきた。
傘のない左手に持っているのもまた双眼鏡だ。
蓮子は、片手で双眼鏡を構え、少し驚いたような顔をした。同じように双眼鏡で見られているとは思っていなかったのだろう。
その表情はすぐに消え、やがて蓮子がにこりと笑った。
傘のもち手を肩と首筋の間に挟み、空いた手で制服のポケットを探る。
やがて取り出される、テレビリモコンのような物体。
それは、一週間前、五十嵐速人が蓮子を取り押さえようとしたときに、彼女が突きつけてきたものだった。
……リモコン式爆弾のコントローラー。
「なんで、そんなものを……」
疑問の答えは、一拍置いて提示された。
斜面の上、蓮子がいるあたりではなく、Dスポットに近い位置から閃光が走る。
続けて、空気が膨らんだ。
そして、真太郎の身体を乱暴に叩く、爆音。
飛んできた石が、Dスポット北側の窓を破った。
甲高い破砕音とともに、ガラスが飛び散る。
それぞれが一瞬のことだったが、真太郎にはしっかりと順を追って感じられた。
「わっ、なに?」
山本友哉が素っ頓狂な声を上げた。
そこに、恐怖の色はなかった。ただ、驚いただけの色だ。
遅れて、ごごごご……と轟音があたりを包む。
ここで「あ……」友哉の声に畏怖が混じる。
「しゃ、斜面が……」
スポット裏側の斜面がうねっていた。
まるで、嵐の海のようだった。波打ち、うねる、黒茶けた土肌。石が飛び、土くれが舞う。
「う、わ……」
友哉の腰が落ち、木板にジーンズの尻をつける。そして、ずるずると後ずさる。
その様を、真太郎はなぜだか冷静に見つめていた。
これから何が起こるか、おそらく友哉以上に理解していたのに、心は穏やかだった。
そうしている間にも、斜面のうねりは強まり、そして、『滑った』。
始めは緩やかに、一秒の間もなく凄まじい勢いで、地面が雪崩を起こし、滑り落ちてきた。
桐神蓮子がスポット上方の斜面にリモコン式爆弾を仕掛け、そして十分に離れてからスイッチを押したのだ。と、真太郎は理解した。
土砂崩れの誘発。
確実性はない賭け、もしかしたら蓮子自身もそれほどの期待はしていなかったのかもしれない。
「……どうして」
思わず口を付いて出る不審。
……俺たちを利用して、物資を得ようとしていたのに?
真太郎は利用されていることは気がついていたが、あえて彼女の意向に従った。
それは、彼女に対して不思議な連帯感を持っていたからだろう。
おそらく彼女もまた、自分に対し同様の感情を抱いてくれていると感じていたからだろう。
なのに、どうして。
なのに、どうして、彼女は微笑んでスイッチを押したのだろう。
まず土砂に弾き飛ばされたのは、表にいた五十嵐速人だった。
有り得ないことだが、土石流の轟音でかき消されたはずの、速人の全身の骨が砕ける音がクリアに聞こえた。
「はやとおおおっ」
名を叫ぶ。
速人とは、今までただ一緒にいただけで、正直なところ友情の類はあまり感じていなかったのだが、このときは彼の死を確かに悼み、叫んだ。
それはきっと、先ほどの『ジッタやゲンと会いたかった』という台詞のせいだろう。
真太郎自身も、スポットの壁を破った土砂に横殴りにされる。
山本友哉の姿は一瞬で視界から消え、悲鳴も聞こえなかったが、同様の状態に違いない。
同時、床が動いたような感覚を味わう。
土石に押され、建物ごと地面を滑っているのだ。行き先は……底知れぬ近深の海。
双眼鏡を構えなおす余裕などなく、素の視線を、桐神蓮子に送る。
壁や窓が破壊され、瓦礫の隙間から見る形だった。
さらに、30メートルは離れていた。風雨に視界を遮られていた。土砂が運んできた土煙にあたりが曇っていた。
だけど、彼女の姿が不思議によく見えた。無表情に立つ、崖上の少女。
あるいは、思いが生んだ幻覚だったのかもしれない。
この、彼女への思いは、恋なのだろうか。それとも特異な家庭環境への同情だろうか、同調だろうか。
それが何であるかつかめないまま、真太郎の意識は土砂に飲まれ、消えた。
−五十嵐速人・山本友哉・三上真太郎死亡 20/28−
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