<三上真太郎>
「うるせぇっ、早く消えやがれ!」
窓の向こうから、五十嵐速人の怒鳴り声が聞こえた。怒声ではあるのだが、どこか浮ついたように感じられる。
その速人がひひゃはっと高く笑う。
そして、スポットの中にいる三上真太郎のほうを振り向き、窓越しに話しかけてきた。
「どーよ、こんな感じで」
どうやら、この役割を楽しんでいるようだ。
大きなサイズのトレーナーにだぼっとしたフォルムのジーンズという姿。
雨に晒され全身ぐっしょりと濡れているのを特に苦にしてないようなのが、物事に頓着しない彼らしい。
茶に染めている髪は濡れ色となり、長い襟足は首筋に張り付いている。
ここ数日、雨続きだ。
今も窓ガラスを雨粒が叩いていた。
Dスポットの中にいるのは、真太郎と山本友哉の二人だった。
ログハウス風の建築で、居間スペースにも木製のテーブルが置かれていた。真太郎は、備え付けの椅子ではなく、テーブルに腰掛けていた。
山本友哉は窓の傍に立ち、心配そうに表の様子を伺っている。
友哉と速人、そして真太郎の三人で、このDスポットを占拠していた。
さきほど、二度目の定期放送があり、新たな死亡者が告げられた。
その中に、間刈晃次の名前もあった。
真太郎たちは、プログラム前から気の弱い晃次のことをからかい、嫌がらせに近いこともしていた。
……別に、痛めつけるとか、そんな気はなかったんだけどな。
これは、事実だった。
確かに、真太郎たちは大人しく不器用な晃次をからかっていた。
しかし、真太郎に言わせれば、積極的に乱暴を振るったことも、金品の類を巻き上げたこともないのだ。
『虐めの加害者』のように見られるのは、心外だった。
実際、真太郎たちは粗暴な振る舞いが目立ちはしていたが、積極的に悪さをしていたわけではなかった。
酒やタバコの類はともかくとして、クスリには手を出していない。
教師や一部のクラスメイトに乱暴な口は叩くが、暴力は……ほとんど、との注釈がつきはするが……振るったこともない。
つまり、不良グループと呼ばれるほど素行が悪いわけではなく、一般生徒と呼ばれるほど品行が良いわけでもない。
中途半端だな。とは真太郎自身も思うが、そのポジションが心地よいのだから仕方がない。
*
「ここが危ないって……どうゆうことだろ」
山本友哉が不安げな声を押し出してくる。
ひょろりとした長身。
物資を独占できているため、食糧は十分に足りているのだが、プログラムのストレスからか、食事が喉を通らないらしい。
目に見えてやつれてきていた。
「ああ、崖が崩れるかもとか言ってたな」
真太郎たち三人の中では、若干大人しく、慎重な質だ。その顔が曇った。
「どうしよ、出たほうがいいのかな」
「ばっかじゃねーの」
今すぐ崩れるわけがないだろ。後半は口には出さなかった。
がらりと窓が開けられ、強い雨風が吹き込んできた。
「おもしれーな、なんかっ」
速人が上ずった声で笑う。
「ああ、そうだな」
表情をあわせながら、真太郎はそっと息をついた。
何でも楽しむという精神は見上げたものだが、ことがプログラムだけに、ついていけないとも感じる。
こちらは、食事は十分すぎるほど摂っており、友哉とは逆にふっくらとしてきていた。
それはそれで、おかしな話だ。少しくらいストレスも感じて欲しいと、真太郎は苦笑交じりに思う。
もともと、桐神蓮子に勧められたように、スポットを占拠はするものの、物資は他のクラスメイトにも少量は分け与えるつもりだった。
しかし、速人が「そんな回りくどいこと、いいよ」と主張し、この立て篭もりになってしまった。
おそらく、物資云々というより、その状況のほうが速人にとって『おもしれー』からだろう。
今も、嬉々として瀬戸晦らに銃を向けている。
「シン、銃ってすっごい衝撃くんだな。グワンってきたよ、グワンってっ」
速人なら、人殺しも楽しんで行えそうだった。
ややあって、真太郎の産毛が総毛立った。
……自分もそのうち楽しんでヒトを殺すかもしれないと、考えたからだった。
そのつもりはなかったのに、結局速人に流され、物資を独占しようとしてしまっている。このまま流され続けたら?
そう想像し、さらに、やがてこの感覚すらなくなるかもしれないと考え、恐怖した。
プログラム開始から二週間。
真太郎は次第に変わっていく自分を感じていた。
このプログラムが通常の三日間であれば、そんなこともなかったのだろう。
本来、真太郎の自我性は高く、その自覚もあった。
有明中学校にも不良グループと呼ばれる一団はいるが、真太郎は彼らとは一線を引いていた。それは、真太郎の自己意識故だろう。
さらに考え、ぞっとした。
このプログラムの期間は三ヶ月だ。
三ヵ月後の己を想像し、ぞっとした。
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