<滝口朔>
「……だから、危ないからそこから離れて!」
大人しい瀬戸晦らしからぬ大きな声だ。
Dスポットとの距離は15メートルほどだが、激しい雨にかき消され、声を張り上げないと届かないのだ。
「さっきも言ってたけど、何が危ないの?」
水嶋望が訊く。
「だって、ほら……」
晦が浜に迫る斜面の一部を指差した。
「なに? どゆこと?」
大河がきょとんとした顔をした。
ややあって、朔ははっと目を見開いた。
望もほぼ同じタイミングで気がついたようだった。
「……なるほど。危険だ、な」
「今すぐどうこうってことはないかもしれないけど、確かに積極的にいたい場所ではないわね……」
朔と望の会話に、「えええ、もしかして分かってないの、俺だけぇ?」中村大河が焦り声を出す。
晦が指し示した斜面は、一部が崩れ落ちたようになっていた。
あらわになった土肌と周囲とがかなり馴染んでいるので、月単位過去のことではあるようだった。
しかし、注意してみると、あちこちに過去に土砂が流れ落ちた痕跡のようなものがあった。
つまり、このあたりの地質は酷く脆いのだ。
そして続く長雨。
条件は揃っていた。
Dスポットの小屋は斜面を背にしていた。もし、あのあたりが崩れたら……。
望がぞっと身体を震わせたのは、雨に冷やされたからではないだろう。
推察に恐れを感じるとともに、朔は瀬戸晦のことを見直していた。
「たいした観察力だ」
自然の回復力により、一つ一つの土砂崩れの痕跡は目立たなくなっている。
正直なところ、晦に言われなければ気づけなかった。
分析能力に優れる彼らしい洞察力だった。この任務に選抜されたのもその分析力ゆえだろう。
「そんなこと、ない。たま……たま、だよ」
温厚な晦らしく、照れた声を返してくる。
事態が事態だからか、照れ笑いはなかった。
「そか……」
朔から説明を受けた大河が青ざめ、「どうしよ、あいつら、危ないよ」続けた。
「まぁ、可能性があるってだけだけどね」
水嶋望が肩をすくめる。
「ねね、どうなってるの?」
と、ここで後方から声がかかった。
見やると、佐藤慶介と徳山愛梨が砂地に立っていた。二人とも、傘を差し制服の上から海釣り用のライフジャケットを羽織っている。
二人は交際している。
Dスポットの初回開放時から二人組みで動いているようだった。
可能性は低いが土砂が崩れる恐れがある件も含め、スポットを完全占拠されたことを話す。
「一週間前は、少しは分けるって言ってたのに……」
慶介が眉を寄せる。
「ね、佐藤、どうにかならないの?」
愛梨に言われ、慶介が山本友哉の名を呼んだが、返りはなかった。
Dスポットを占拠している一味の一人、山本友哉は佐藤慶介と同じバスケットボール部だ。
三上真太郎らは粗暴な振る舞いが目立つが、むやみに暴力を振るうわけではないので、男子間ではそれほど孤立していない。
それぞれ別に、親しい生徒がいた。
「さて、スポットの場所も把握できたし、戻るか」
朔の意向に、大河が驚いたような顔をした。
「ええ、このままにしてくの?」
「三上たちが俺たちを受け入れるわけないし、ここだって十分危ないんだ」
すぐ近くの斜面を見上げる。
土肌が十分に雨水を吸い、黒茶けた色合いになっていた。
潮風に晒されるためだろう、草木はほとんど生えていなかった。
ということは、水は吸い上げられず、溜め込まれているということだ。
「瀬戸、なんで危ないかは言ったんだろ?」
「うん、でも全然信用してくれなくて……」
晦が困ったような顔で答える。
傘はさしているが、横殴りの雨にすっかり濡れそぼっている。
「じゃぁ、あいつらの自己責任だ」
言ってから、西塔紅実が好みそうな台詞だと思い、彼女がこの現状をどう捉えているのか訊いてみたくなった。
人付き合いの少ない朔だが、西塔紅実とは若干の付き合いがあった。
二人の共通点は読書で、学園の図書室でよく遭遇していた。
同じクラスだからだろう、紅実のほうから声をかけてきた。
文芸作品中心の朔と、実用書や娯楽小説中心の紅実とでは読書傾向は違ったが、時折個人所有の本の貸し借りもしていた。
件の『羅生』も貸したことがある。
彼女ならばきっと『三上たちだけじゃない。私らだって羅生だ。それがヒトってもんでしょ』などと答えるに違いない。
そして今、朔は『羅生』の言わんとしているところが分かったような気がした。
正直、これまで理解できていなかったのだ。
『あんたも、当たり前の人間になってきたってことよ』
再びよぎる、紅実が言うであろう台詞。
「自己責任ってなんだよ、冷たいなぁ」
憮然とする大河を一瞥
する。
……だって、オレも羅生だから。
口には出さなかった。
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