OBR4 −ダンデライオン−  


024 2005年10月15日06時00分


<滝口朔>

 
 6時ちょうど。プログラム開始から二週間目の夜が明けた。
 朔と中村大河、水嶋望(兵士)は、三上真太郎らに占拠されたというDスポットのある南の浜に来ていた。このあたりの浜は幅狭く、土肌の斜面と海を細く繋いでいる。

 この数日、雨続きだった。
 砂地はすっかり水を含んでおり、色が変わっている。
 今朝は特に雨脚が強く、朔たちはレインコートのフードを目深に被っていた。
 横に立つ大河をちらりと見やる。
 その表情には、どこかぎこちなさがある。
 二日前、間刈晃次を殺した。
 彼はその前に誰かに傷つけられており、混乱した挙句、ナイフを振りかざしてつかみかかってきたのだ。
 状況的には、正当防衛だろう。
 
 しかし、その理屈は大河には通らなかった。『なんか、ヤだ』と言い放ち、それ以来朔への接し方がぎこちない。
 同じ兵士の水嶋望にそのことを話してみたら、「友だちがクラスメイトを殺したことがショックだったんじゃない? 仕方がなかったと思ってはいるんだろうけど……割り切れないんでしょ」と返ってきた。
 朔には分からない感情だ。 
 クラスメイトの死の受け取り方の違いは、自由を得るために死を覚悟して、誰かを手にかけることも覚悟してプログラムに望んだ兵士の朔と、突然巻き込まれた形の一般人である大河との違いでもあるのだろう。

 
 凪下南美は、柳早弥、塩澤さくらと一緒に北の山に残してきた。
 つい先ほどAスポットで物資開放が行われたはずだ。
「柳たち、薬をゲットできたかなぁ」
 人のよい大河が、南美のことを心配して言った。
 南美は徐々に回復しつつあったが、ここにきて熱をぶり返していた。
 初期物資に入っていた市販の感冒薬は飲ませているが、なかなかすっきりと治らない。
 スポットの開放で、抗生剤や解熱剤を手に入れられないかと考えていた。
 
 Dスポットの様子は、望から詳しく聞いていた。
 Aスポットは生活物資中心で、Dスポットは武器中心の貯蔵のようだ。また、物資開放のスパンも、今のところAスポットは二週に一度で、Dスポットは毎週だ。
 宇佐木教官が、スポットごとに特徴があると言っていたのは、このあたりも指しているに違いない。

 Aスポットの開放を待たずDスポットに来たのは、Dスポットに向かったという瀬戸みそか(兵士)と会い情報交換したかったのと、各スポットの設営場所や開放物資などの特徴を早い段階で把握しておく必要があると判断したからだった。
 
 *

 海は、近深いようだった。落ち込む先は、底知れぬ暗闇になっている。
 雨粒がばちばちと海面を叩き、波音を掻き消していた。
 風も出てきており、潮の混じった雨に身体が横殴りにされる。

 海岸線のカーブを曲がったところで、30メートルほど先に浜小屋のような建物が見えた。
 あれが、Dスポットだろう。
 そして、朔たちと小屋の中間あたりに立つ、中背の華奢な体躯。制服の上にマウンテンジャケットを羽織り、傘を差している。
 男子生徒だ。
「だから、危ないんだってっ」
 彼が叫ぶような声を上げた。
 その後、朔たち三人の気配に気がついたらしく、振り返った。
 瀬戸晦だった。
 ふっくらとした丸顔、黒ふち眼鏡の奥の丸い大きな瞳。
 やわらかい猫っ毛が額に張り付いていた。 
 瀬戸晦も朔や望と同じく、専守防衛陸軍の兵士だ。階級は、朔の一つ下になる。

 鈴木弦は、晦が碓氷ヒロと一緒にいたと言っていたが、碓氷ヒロの姿は見えなかった。
 晦は、ヒロと親しくしていた。
 てっきり、合流したものと思っていたのだが……。

 朔たちがレインコートのフードを目深に被っていたせいで、誰か分からなかったのだろう……晦はぎょっと身体を強張らせていた。
「碓氷は? 一緒にいると聞いてたんだが」
 話しかけると「ああ、滝口くんか……。あとは、中村くんと……水嶋さん?」ほっとした声を押し出してきた。
「ヒロとはちょっと前に分かれたんだ」
 続け、朔と水嶋望にちらと視線を合わせてくる。

 碓氷ヒロと別行動になった理由を聞こうとした瞬間、小屋の方向から銃声が響いた。
「なんだ、お前らぁっ。ここはっ、俺たちのもんだって言ってんだろぉ!」
 荒々しい男子生徒の怒声。そして続く、甲高い笑い声。
 見やると、小屋の前に五十嵐速人が立っていた。
 右手に銃を握っている。
 速人は、どこか浮ついた雰囲気の少年だ。独特のハイテンションは朔とは真逆で、朔の苦手とする相手だった。

 望の話によると、Dスポットは三上真太郎らに占拠されているとのことだった。
 一週間前も交渉に応じると言っていたはずだが、今はすっかり独占の様態だ。
 意趣変えしてしまったのだろう。 
 数日で変わるものだな……。
「なに、あれ」
 大河が憤まんをぶつける。
 朔は彼らのエゴイズムに憤りは感じなかった。
 人なんてそんなものだ、という冷めた思考。

 ふと、『羅生』という文学作品を思い浮かべた。
 明日の食事もままならないほどに困窮した青年が、わずかな金子のために人を殺すまで、修羅に落ちるまでを淡々を描いた作品だ。
 その青年の姿が、速人らに被り、間刈晃次に被った。
 二日前の正午過ぎ、銃声がし現場に駆けつけた。
 千鎖湖のほとり、血を流した倒れていた晃次。
 何者かに刃物で斬り付けられたようで、すでに虫の息だった。
 そして、誰にやられたのかという朔の質問に、『人形』という謎掛けのような返答を残し、逝った。
 朔は、さらにその数日前に、晃次が凪下南美の荷物を奪う場面を目撃している。

 生きるために物資を独占しようとする真太郎、生きるためにクラスメイトの物資を奪った晃次。
 それぞれが、物語の主人公である青年と被った。
「……その行方は、誰も知らない」
「え?」
 朔のつぶやきに大河が怪訝な顔する。
 声に出したのは、『羅生』の結びの部分だったが、日ごろ本を読まない大河には分からなかったようだ。


 
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滝口朔 
記録撮影のために潜入している兵士の一人。孤児院育ち。任務成功による強制士官免除が望み。中村大河と親しい。