OBR4 −ダンデライオン−  


023 2005年10月13日12時00分


<滝口朔>


「人形? ……おい、どういうことだ?」
 千鎖湖の岸に膝をつき、朔は間刈晃次の肩を揺さぶった。
 しかし、返りはなかった。
「……朔」
「おい、間刈? ……間刈!」
「朔。……朔っ」
 一度強く跳ね上がった中村大河の声が「……もう、死んでる……よ」弱まり、腕を握られた。
 そこで、はっと我に返る。

 ……人を殺した。
 ぞくり、背筋に氷をあてられたような感覚が走る。
 心拍が一度高く跳ね上がった。
 しかし、それだけだった。
 朔は存外に冷静に事実を受け止めていた。

 死体自体はこのプログラムが始まって以来、いくつも見てきている。
 目の前に横たわる亡骸も、その一つなだけだ。そう、思った。
 問題は、クラスメイト殺害が減点なのか加点なのか、だった。
 朔は、専守防衛陸軍士官学校より記録員として秘密裏に派遣された学兵だ。
 仕官は朔の意志ではなく、反政府運動に身を投じ処刑された両親の側杖の、罰則的な強制だ。この任務から生きて帰ることができれば、今後の強制士官が免除される。
 開放されるためには、任務をそつなくこなし、そして何よりも生き残らなければならなかった。
 指令はあくまでもリアルな記録で、プログラムに乗ることは含まれていない。
 禁止されているわけでもないが……。

 人を殺しても平然で居られることへの惑いはなかった。
 自分はそういう人間だ。そうとしか思えなかった。


「なんてことを……」
 日ごろは幼い話し方をする大河が、そぐわない言葉遣いをする。
「正当防衛だ」
 これは、言い訳だと感じた。
 朔は士官学校で一通り体術は習得している。かたや晃次は、運動部にすら所属していない素人だ。がっしりと長身な朔と、小柄で痩身の晃次とでは、体格差も大きい。
 殺さず、ただ捻じ伏せることも可能だった。
 だけど、そうはしなかった。
 それは、任務から生きて帰るためには、自由を得るためには、クラスメイトを殺すことも辞さないと、心に決めてこのプログラムに参加したからだろう。
 参加選手が一人減ればそれだけ、開放に近づくのだ。

「だけど……だけどさっ」
 分からなかった。
 彼が何にこだわり、両手を握り締めているのか、青ざめているのか、分からなかった。
 物心付いた頃にはすでに孤児院にいた。
 そこは、兵士養成所と化している国営孤児院の中でも特殊で、孤児たちは意識的に競わされた。
 右も左も敵しかないない環境。
 他人との関わりを積極的に切ってきた朔は、他人の心の読み取りが苦手だった。
 
「……だけど、なんか、ヤなんだよっ」
 そう言うと、大河はきびすを返し歩き出した。
 小さな背が小さく震えている。
 ……どうして、震えているんだろう。
 その理由も、分からなかった。

 大河が向かうのは、北の山へ入る山道だ。キャンプにしている沢に戻ろうとしているのだ。
 キャンプ地には、他に水嶋望(兵士)、凪下南美、柳早弥、塩澤さくらの四人がいる。
 食糧採取のために山を巡っていたら銃声が聞こえ、探りにきたらこの事態となった。
 
 鈴木弦の投身を目撃してから数日が経っていた。
 大河や凪下南美には、彼が専守防衛陸軍兵士だったことは伏せ、その死を知らせておいた。
 南美は弦と一時期付き合っていた、感じるものは深かったのだろう、気の強い彼女に似つかわしくない涙を浮かべていた。
 猟師小屋で何があったかは聞き出せていた。
 朔や水嶋望の推察通り、きのこの毒にあたったらしい。
 今でも起き上がることが出来ない状態だ。
 荒木文菜と麻山ひじりを刺したのは、一緒にいた西塔紅実とのことだった。
 紅実の積極的な殺害ではなく、中毒の激しい苦しみから逃れたかった文菜らの自殺幇助のような形だったということだ。
 南美は詳しくは話さなかったが、きのこや野草の毒性を忠告してくれなかった西塔紅実にわだかまりを持っているようだった。   



 プログラム開始から二週間。
 徐々にクラスメイトが欠けつつあった。それは、朔の生き残り、強制士官の解除が近づきつつあるとも言える。

 強制士官制度を考えるとき、朔は鎖を思い浮かべる。
 朔がイメージする世界、自身は薄汚い牢獄で鎖で全身を縛られている。身一つ、裸の肌に鎖が食い込む。
 そして今、その鎖のひとつが解き放たれた。
 向かう先、解呪された先の世界に光があるとは思えない。
 だけど、それでも、自由が欲しかった。
 

 
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滝口朔 
記録撮影のために潜入している兵士の一人。孤児院育ち。任務成功による強制士官免除が望み。中村大河と親しい。