OBR4 −ダンデライオン−  


022 2005年10月13日12時00分


<曲刈晃次>


「……間刈っ」
 肩をゆすぶられ、両目を薄く開く。
 揺らぎ、霞む視界の向こうに見えるのは、二人の男子生徒。
 がっしりとした長身は、滝口朔だ。雨に濡れた黒髪が、額に張り付いている。黒目の少ない三白眼に、情の薄そうな唇。
 もう一人の小柄な痩身は、中村大河だった。
 鳶色の瞳に心配そうな色が浮かんでいた。
 銃声に導かれ、やってきたのだろう。
 碓氷ヒロの姿はなかった。絶命したと見誤り、立ち去ったのか。

 一拍を置いて、晃次の背中を恐怖が舐めあがった。
 ……殺される!
「ひいいっ」
 割れた悲鳴を上げ、匍匐ほふくで逃げ出す。
 しかし、方向が悪く、千鎖湖の水際に突っ込む形となってしまった。
 水辺に両手両足を突き、四つんばいの形になったあと、ふらつく身体を叱咤し、立ち上がる。
 一メートルほど岸から離れていたが、膝ぐらいの深さしかなかった。
 制服が水を吸い、急に重く感じた。動くことで全身の傷が痛み、うめき声をあげた。
 銃は見当たらなかった。気絶しているうちに、ヒロか朔に奪われたのだろう。
 必死で腰のあたりを探る。
 幸いと言うべきか、初期装備の万能ナイフは無事だった。
 小型でいささか頼りないが、刃物には変わりない。
 ズボンのベルトにつけていたホルダーから、ナイフを取り出し、構える。

「おい、落ち着け」
 滝口朔が冷ややかな声をかけてきた。
 彼は、サバイバルナイフを構えていた。刃渡りは30センチを優に越え、万能ナイフより二回りも三回りも大型だ。
 優位を読み取ってか、もともとの性格からか、表情には焦りが一欠けらも見えなかった。

 怖くて怖くてたまらなかった。
 もともと朔のことは苦手だった。
 大柄で強面の容貌、理知的で冷淡な物言い。気の弱い晃次にとって、朔はもっとも苦手な人種だった。三上真太郎たちのような分かりやすさもなく、いっそ畏怖すら感じていた。
 あの朗らかな碓氷ヒロでさえ、たった一人の友だちだったヒロでさえ、襲ってきた。
 ならば、滝口朔がプログラムに乗っていないはずがない。そう思った。
 また、朔とは一度遭遇している。
 北の山で、気を失っていた凪下南美から荷物を奪う瞬間を、彼に見られている。穢れた行為を見られている。
 
「……どうしよう、見られた」
 唾とともに、独り言のような声が落ちた。
「は?」
「……みんなに言われる。僕は、嫌われる。一人になる。ペトルーシュカ? ……怖い、怖い。……嫌われるのは、怖いっ。斬られるのは、怖い!」 
 混乱の坂を滑り落ちる思考。
 何か大切なものが心から離れようとしていると感じたが、抗えなかった。
 掴もうとした手が、虚空を切る。
 傷が焼け付くように痛む。
 錯綜し、混迷する視界。
 そして、目の前に立つ少年の姿が、おがくずで作られた人形に変わった。
「……ムーア人だっ」
 晃次が見る滝口朔は、荒くれ者のムーア人そのものだった。
「何を言っている?」
「ああああっ」
 水を蹴り、詰め寄る。
 突きつけるは、万能ナイフ。
 しかし、彼の右足が見事な上段蹴りを見せた。
 ナイフを蹴り飛ばされる。
 そのまま流れるような動きで、サバイバルナイフが晃次の胸元をえぐった。

 
 ざぶりと音を立て、横なりに倒れる。
 四肢を投げ出し、左半身が水に浸かる形になった。
 朦朧とする意識の中、朔が舌を打つ音が聞こえた。
「しまった。つい、条件反射で……」
 晃次を刺したのは、本意ではなかったということだろう。
 その後、彼にしては焦り声で、「おい、俺より前に、お前を傷つけたのは誰なんだ?」問うてきた。
「さ、朔っ」
 ここでやっと中村大河の声がした。
「見ろ、崎本と傷口が同じだ。きっと、同じやつに斬られたんだ」
「そんなの……どうだって……」
 いつも元気な大河らしくない、弱弱しい声。
「情報は必要だ」
 助けるだとか、傷を気遣うという発想は彼にはないようだった。

 刺された衝撃からだろうか、混沌としていた意識が戻っていた。
 いっそ残酷なほどに、状況を認識、分析する。
 崎本とは、崎本透留のことだろう。彼は第一回の死亡者リストにあがっていた。
 おそらく、滝口朔らはその亡骸を発見しているのだ。透留も斬られており、その傷口が自分のものと一致しているということか。
 ……ということは、崎本くんはヒロに殺されたということだ。

 得た推察の重さに、瞼を閉じる。
 漆黒の世界に浮かぶのは、碓氷ヒロの笑顔。
 朗らかなヒロは、友人が多かった。晃次は、多くの友人のうちの一人に過ぎなかった。
 しかし、晃次にとってはたった一人の友だちだった。
 ヒロは子どもじみた性格で、よくいたずらをされたものだ。
 この夏、晃次は15才の誕生日を迎えたのだが、そのときにヒロは前触れなく祝ってくれた。
 あのときは本当に驚いたし、また涙が出るくらい嬉しかった。
 そして、ヒロのようになりたいと考えた。彼のようにありたいと願った。
 そのヒロに殺されかけた。
 それは、悲しい事実だったが、「プログラムのせいだ。プログラムが悪いんだ」そう思った。

 プログラムがなければ、ヒロとの交流は続いたに違いない。
 プログラムがなければ、三上真太郎らのからかいを冗談でかわせる日が来たのかもしれない。いつか成長した自分に会えたのかもしれない。
「誰にやられた?」
 再度、滝口朔の疑問が降ってきた。
 ふと、思った。 
 今まで、うつむき、足元だけを見て生きてきた。人の目を気にし、振り回されて生きてきた。
 最期の最期くらい、誰かを煙に巻いてもいいんじゃないか。
 ヒロのように、誰かを驚かしてもいいんじゃないか。
 そう、思った。

  重い瞼を苦労してこじ開ける。
 霞み、揺れる視界の向こうに、滝口朔の顔が見え、さらにその先に曇天の空が見えた。
 いつの間にか、小雨に変わっていた。
 絹のような雨が、晃次の頬をなでる。
 気が狂いそうな激痛のなか、その感覚だけは心地よかった。
 そして、晃次はふっと笑った。
「……人形」 
 朔の問いに、はぐらかして答える。このとき、微かに確かに、晃次は笑っていた。それは、碓氷ヒロと同じ、いたずらっ子のような笑みだった。

 そして、ペトルーシュカは、おがくずに戻る。   


 
−間刈晃次死亡 23/28−


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間刈晃次 
おとなしい性格。三上真太郎に苛められていた。凪下南美の荷物を探っているところを朔に見られている。