OBR4 −ダンデライオン−  


021 2005年10月13日12時00分


<曲刈晃次>


「ペトルーシュカ」
 唐突に、碓氷ヒロが言った。
 雨で艶を増した厚い唇に、奇妙な色気を感じた。
「え?」
「キミはまるデ、ペトルーシュカだ」
 ヒロが片手で、リモコンのようなものを操作する。
 とたん、ヒロのリュックに掛けられていた音楽プレイヤーからメロディが流れ始めた。外部スピーカーに設定してあるのだろう。ピアノ曲のようだった。
 アップテンポではあるが、悲哀を帯びたメロディ。

 その旋律と曲名に、聞き覚えがあった。
 ヒロの家に遊びに行ったときに、曲の背景とともに聞かされたことがあった。
 彼は吹奏楽部で、クラシック音楽への造詣が深かった。
 そのレクチャーのほとんどは、クラシックに興味のない晃次には退屈なものだったが、『ペトルーシュカ』はその独特の曲調とストーリーが印象に残っていた。

 ロシアの作曲家、ストラヴィンスキーの作品で、バレエオーケストラをピアノに再現した編曲のため、多彩で複雑、非常な難曲だそうだ。
 おがくずの身体を持つ風采ふうさいの上がらない道化人形、ペトルーシュカが主役。
 主な登場人物は人形遣いに、彼が操る、三体のパペット……ペトルーシュカ、可憐なバレリーナ人形、荒くれ者のムーア人だ。
 パペットたちは、それぞれ人形遣いに命を吹き込まれる。
 愚かでこっけいなペトルーシュカはバレリーナに恋をし、やがてバレリーナの恋人のムーア人に刀で斬り殺され、仮の生を閉じる。
 悲哀に満ちた物語だった。

「さしずめ、ボクはムーア人かナ」
 ヒロはそう言うと、サーベルを持ち直した。
「まぁ、ボクと凪下はなんの関係もナイけどネ。そのへんは、テキトー」
 いたずらっ子のような笑い声をあげ、返す手で斬りつけてくる。
 思わず出した左の手のひらに、一瞬の熱を感じたかと思うと、ぱっと赤い血が舞った。
 続く、二斬。
 一つは左腕で受け、もう一つは左肩で受けた。
 その間にも、ヒロの音楽プレイヤーから流れる、重音。旋律は、大胆な跳躍を見せる。

 血が、湖に散る。
 雨粒に揺れる湖面に赤い色が着き、すぐに消えた。

 空いた右手で小型リボルバー、M360Dを握る。
 今度は、しっかりと意志を持って、銃口をヒロに向けた。
 幼い丸顔に、驚きの表情が浮かんだ。
 しかし、恐怖心は見えなかった。
 人に殺される恐怖も、人を殺す恐怖も彼には見えない。
 そのことに、晃次は戸惑い、憤った。
「なん、なんだよっ」
 晃次にしては珍しい張った声になる。

 がくがくと身体が震えた。
 緊迫が胃の腑を焼き、吐き出しそうだった。

 碓氷ヒロは、もともと掴みどころのない性格ではあった。
 何を考えているか分からない。そう思うこともあった。
 だけど、好んで人を殺すような、そこに一片の恐怖もないような人間ではなかったはずだ。
 ……なのに、どうしてっ。
「どうして!」
 投げつけた疑問に、ヒロは寂しげな笑みを返してきた。
 それにまた戸惑う。
「……だって、ボクはムーア人だかラ。ボクも人形の一つだかラ」
「どういう……」
 意味かと尋ねることはできなかった。
 その前に、胸元を深く斬られ、晃次は気を失った。


 
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間刈晃次 
おとなしい性格。三上真太郎に苛められていた。凪下南美の荷物を探っているところを朔に見られている。