OBR4 −ダンデイライオン−  


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001 2005年10月01日11時00分


<滝口朔>


 目を覚ますと、そこは森の中だった。
 樫やブナといった広葉樹と、松などの針葉樹が入り混じった深い森林。
 木々の切れ間に、厚い緑で埋め尽くされた小山が見える。
 中天の太陽が、あたりを照らしていた。
 近くで、鳥の鳴く声が聞こえる。 
 滝口朔たきぐち・さくはまず頭を軽く振り、気持ちを静めた。
 地面は土肌で、所々に太い木の根が盛り上がっていた。
 人の手が入った林道に寝かされている。林道は片側に軽く傾斜しており、そのまま急勾配の斜面に繋がっていた。
 まずは耳を澄まし、あたりの気配を取ったが、付近には誰もいないようだった。

 起き上がり、全身を確かめる。
 茶色地ブレザー、学校指定制服に私物のスニーカーという姿だった。
 四肢を軽く動かしてみたが、特に問題なかった。
 がっしりと骨太な体躯。179センチという背丈は、中学三年生としては長身だ。艶のある黒髪をわけ、額を出している。
 黒目の少ない三白眼に、真一文字に結ばれた薄い唇。
 京都エリアの市立有明中学校三年A組に所属する15歳だ。
 
 身体についた土ぼこりを、手で払う。
 土は軽く湿っており、匂いが強かった。
 首のあたりを払おうとして、手が何かメタリックな素材に触れた。冷やりとした感触が走る。
 爆弾が内蔵されているという首輪だ。
「……プログラムが、始まったんだな」
 思いのほか冷静に、確認する。
 そして、右手首につけられた政府支給のデジタル式腕時計を見やった。
 時刻は11時ちょうどをさしており、画面の右下にC−5とエリア表示されていた。10月初め、日中はまだまだ汗ばむ。


 傍らに置いてあった大型リュックサックを探る。
 防水性のある厚い木綿のキャンバス地。さらにその上に、熱した揮発性ワックスを塗布してあるようだった。ホルダーには、500ml入りのペットボトルが二本装着されている。
 リュックの中からは、簡易食料や医療キッド、サバイバルナイフ、小型の多機能ナイフ、地図などが出てきた。

 まず多機能ナイフを手に取る。
 刃渡り5センチほどの折りたたみ式で、ヤスリや缶きり、栓抜き、魚の鱗落とし、ポケットライトなどが組み込まれていた。    
 機能性は十分だと判断する。
 サバイバルナイフは、折りたたみ機能を持たない、大型のシースナイフだった。シースに収めてあったナイフを取り出すと、刃が太陽光を反射した。
 ……新品か。後で慣らしておく必要があるな。
 今回のプログラムでは、武器はみな同じものが支給されるということだった。このサバイバルナイフが支給武器だろう。


 地図の上部には、『鎖島』とタイトルがあった。
 事前説明によると、京都府舞鶴湾の沖合いに浮かぶ中規模の島とのことだった。楕円形のフォルムで、その大半が山林に覆われている。
 会場は、鎖島の一部をフェンスで仕切って設定されていた。
 過疎の島で、会場となるエリアにも、ほとんど住居らしい住居はないそうだ。ここは島の北側に位置する山だ。
 枝葉の間に見える小山は、部分部分切り取られるかのように地肌が見えていた。
 すっかり寂れてしまっているが、鎖島は林業の島ということだ。
 遠目に、製材所らしき建物も認められた。
 
 エリアと地図を照らし合わせると、Aスポットがごく近い距離にあった。
 注意して見渡すと、斜面の下、雑木林の向こうにログハウス風の建物が見える。
 おそらく、Aスポットだろう。
 この島には、プログラムのために『スポット』と呼ばれる物資小屋が4棟設営されているとのことだった。
 スポット内部には複数の部屋があり、その中に物資が貯蔵されているそうだ。各部屋の扉はタイマー式になっており、時間差で開錠される仕組み。

「このプログラムの期間は三ヶ月です」
 説明時に宇佐木涼子教官から言われた台詞と、そのときに受けた衝撃が、朔の中で蘇える。
 ……三ヶ月。
 通常プログラムの期限が三日であることを思えば、異常に長期だった。
 特別プログラムだとは聞いていたが……。まぁ、参加してしまった以上、どうしようもないことだが。
 深いため息をつく。
 三ヶ月という長丁場。生活物資、食料の収集は、最重要課題だ。スポットから得られる物資がすべてを握ると言っても過言ではない。
「あれがそうだ、な」
 ひとり言ちていると、「朔っ、朔!」遠くから声をかけられた。
 即座に、声のした方向に向きなおす。流れる動きそのままに、サバイバルナイフを構えた。

大河たいがか……」
 ほっと胸を撫で下ろす。
 両側を木々に囲われた山道の先に見えたのは、中村大河なかむら・たいがの小柄な姿だった。
 彼は、人付き合いに消極的な朔にとって、数少ない友人だ。

 しかし、開始早々大河に遭遇したことに作為も感じた。
 プログラムスタート時、各選手は会場の方々に無作為配置されるとの説明だったが……。
 ……どうやら、無作為は疑わしいな。
 ひとつ作為があるならば、他にあってもおかしくない。
 プログラムのゲーム性を高めるため、より集団化させるため、場合によっては孤立化させるため、様々な作為が張り巡らされている可能性がある。

 ……作為があるのはいい。問題は……それが命にかかわるかどうか、だ。
 思索をめぐらせる。
 同時に、いつも通り、冷静な分析や論理的な思考ができていることに安堵する。
 理屈っぽいと 揶揄 やゆ されることもあるが、どんなときも論理的思考を保ちたい、冷静でいたいと、朔は常日頃から考えていた。



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バトル×2
滝口朔 
主人公。京都市立有明中学校三年A組。