<佐藤慶介>
「ああ、もうっ」
徳山愛梨が苛立った声をあげ、空を仰いだ。
大粒の雨が、差した傘を叩く。
二日前より、その時々で脚を変えながら雨が降り続いていた。
「佐藤、この雨どうにかして」
「無茶言わないでよ」
佐藤慶介が苦笑を返すと、「ごもっとも」愛梨もおどけた口調で笑った。
交際を始めたのは一年ほど前からだが、愛梨とは小学校以来の付き合いだ。
互いによく知った仲だった。
周囲に他の選手の姿はない。開始以来、スポットに物資を取りに行くとき以外は、二人で行動している。
背が高く、端正な顔立ち。
バスケットボール部のエースだったスポーツマンでもある。
当然のように女子生徒には人気で、愛梨の前にも数人と交際したことがあった。
愛梨はその中で容姿が劣るうえ、慶介が尻に敷かれているように見えるため、周囲からは不思議がられている。
慶介自身といえば、彼女との付き合いに満足していた。
確かに、見目はこれまでに付き合ってきた『彼女』たちには及ばない。
やや太りじしの体躯、上向き加減の鼻先に、頬に広がるそばかす。
およそ整っているとは言いがたい十人並みの容貌ではある。
だけど、彼女と居ると気が楽なのだ。
愛梨は飾り気のないさっぱりとした性格で、誰にでも思うことははっきりと言う。
友だちの延長線上の付き合いを好む慶介には、合った相手だった。
プログラム会場のちょうど中央部あたり、雑木林に囲まれた小高い丘。
洞穴が点在しており、慶介と愛梨はそのうちの一つをキャンプ地にしていた。
懐中電灯の明かりを頼りに探索してみたが、この穴は10メートルほどでぐっと狭まり、先に進めなくなっていた。
洞穴に戻り、身体をタオルで拭く。
二人とも制服の上に、海釣り用のライフジャケットを着込んでいる。
Dスポットの初回物資開放時に手に入れたものだ。
もちろん海に落ちる予定はないが、撥水性保温性のある生地なので重宝していた。
「後で焼いて食おう」
いまとってきた山芋を岩肌の地面に並べる。
最初は煙ばかり出てうまく火を起こせなかったものだが、約2週間続けているうちに慣れてきた。
この丘の頂上にCスポットがある。
慶介らはほかにDスポットを見ているが、その様子は大きく違った。
Dスポットは浜小屋風だったが、Cスポットはロッカーのような形をしていた。
岩肌を背に、駅ロッカーのような、四角い箱を積み重ねた大型ロッカーが設置されているのだ。
昨日、Cスポットの物資開放があったが、実際に生活物資、食糧、武器、衣類がバランスよく貯蔵されていた。
他と同様に、時間差で物資が開放される仕組みだが、ロッカーサイズのため、その貯蔵量はDスポットと比べ大きく劣っていた。
開放時、ほかに数人クラスメイトがいたため、慶介らの獲得物資は少なかった。
「徳山」
付き合って以降も二人は名字で呼び合っている。
これも、慶介の好むところだった。
「なに?」
「柳とかと一緒じゃなくてもよかったのか?」
愛梨は柳早弥や水嶋望(兵士)と親しくしていた。
Dスポットに集まったとき、彼女たちの姿もあった。
「塩澤もいた、し」
苦々しい顔で塩澤さくらの名を口にする。
「ああ……」
愛梨は、塩澤さくらの悪口のターゲットになったことがあった。
一年前、ちょうど、慶介と付き合い始めた頃だ。
あることないことを吹聴して回られ、楽天的な彼女もさすがに参っていたようだった。
「佐藤こそ、山本とかとは?」
慶介は同じバスケットボール部の山本友哉や名河内十太
(新出)、鈴木弦(兵士・投身自殺)と親しくしていた。
「友哉、あいつらと一緒だとタチが悪くなるからなぁ」
友哉は三上真太郎や五十嵐速人らと、Dスポットを占拠していた。
「まぁ、佐藤は良い意味でも悪い意味でもマジメだもんね」
「なにそれ?」
苦笑交じりに返す。
十太と弦は、三上たちと一緒になって夜遊びにふけっていたが、慶介は加わらないようにしていた。
そのことを指しているのだろうと察したが、分からないふりをする。
「ま、流されないってのはいいことよ。そういうの、スキ」
にこりと笑って、ストレートに話す。
慶介も、彼女のそういったところが好きだった。
「もっかい、Dスポットに行ってみようかな……」
ぽつり話すと、「そうだね、早弥たちも来るかもしれないし」愛梨も乗ってきた。
「ああ」
「……崎本くん、残念だったね」
先日あった第一回放送で、死亡者として崎本透留(碓氷ヒロが殺害)の名が告げられていた。
透留は早弥と交際していた。
早弥と愛梨が親しいこともあって、カップル二組で遊びに行ったこともあった。透留の人当たりのよさに、慶介も好印象を持っていたのだが……。
「もう、会えない、な」
自殺したのか殺されたのか分からないが、会えないことは確かだった。
「プログラム……なんだね」
「そうだな」
頷いたあと、「……俺さ、徳山と合流できて、よかったよ」彼女を倣って思うところをストレートに口にしてみた。
「……」
「怖いけどさ、なんか、落ち着いていられる」
いつ命を落とすかわからないプログラム。
心安らぐ相手と一緒にいれることは幸せだった。
と、遠くで銃声がした。
愛梨がびくりと肩を上げ、怯えた顔をする。
「大丈夫、遠い」
彼女を元気付ける声が、悲しいほどに震えていた。
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