<水嶋望>
鈴木弦は、任務を遂行するつもりなどなかった。プログラム前に自決するつもりだった。それが延び、今回の投身となった。
より自然なプログラムの採録のために、兵士たち四人は事前に有明中学校に潜入していた。
周囲に違和感をもたれぬよう、普通の中学生を装っていた。
弦の目的はまさしくそこにあり、任務を利用したのだ。
彼が『短かったけど、ほんっとに、楽しかった。楽しすぎて、延ばし延ばしにしてたら、プログラムが始まっちゃった』と言ったときの顔を思い浮かべ、水嶋望はため息をついた。
弦は幸せそうで、それでいて寂しそうな顔をしていた。
彼とは旧知の仲だ。
望と彼の父親らが上司部下の関係で、小さな頃からの顔見知りだった。
彼の奔放さは幼少時代からで、上司の娘にも気安く接してきたものだ。
通っていた小学校は違ったのだが、弦はよく学校の話をしていた。友人と遊んだこと、好きな科目嫌いな科目のこと、担任の先生のこと……。
彼は本当に学校生活を楽しんでいるようだった。
そんな弦少年にとって、父親の捕縛による強制士官は相当に堪えたに違いない。
望の願いは水嶋家の復興だが、当たり前の学生生活への憧れがないわけではない。
鈴木弦はその色がより濃く、それはきっと切望に近いものになっていたのだろう。
思えば、弦は学園生活に必要以上に積極的だった。
積極的に授業に勤しみ、部活動に出、友人を作った。恋愛にも意欲的で、凪下南美と交際までしていた。
それは、失ったものへの憧憬からくる行動だったのだろう。
彼はきっと、その一つ一つを大切に大切に『楽しんだ』はずだ。
……俺はもう一度、普通の生活を楽しみたかったんだ。ただ、それだけだったんだよ。
思いが声となって聞こえたような気がした。
自らの命を絶った鈴木弦。
望にはそれを弱さとは取れなかった。鈴木弦は、強かに大胆に軍を利用し、そして見事に幕を引いた。
そう感じられた。
*
「なぁ、あれはどういうことだったんだ」
滝口朔がぽつりと言った。
その顔色は蒼白だ。
相当の心理ダメージを受けているようだった。
「何が?」
彼の言う『あれ』が何を指すのか、なんとなく理解できていたが、あえて訊いてみた。
鈴木弦が投身した崖の頂上へと来ていた。
土肌で下生えの緑に覆われている。所々に低木と突き出た岩があり、岩陰に彼のリュックサックが置いてあった。
「あいつは、なんで、飛び降りたんだ」
真正面から問うてくる。
思わず、まじまじと朔を見つめてしまった。
がっしりと骨太な長身。
きゅっと上がったやや太い眉、白目の多い三白眼は切れ上がっている。
真一文字に結ばれた薄い唇。実年齢より少し上に見える大人びた顔。艶のある黒髪をわけ、額を出している。
その立ち姿から、戸惑いが滲んでいた。
弦の家庭環境については、士官学校で噂になっていた。人付き合いの少ない朔でもある程度の知識はあるはずだった。
さらに朔は、先ほどの望と弦の会話を間近で聞いていた。
ならば、推察もつけれるはずなのだが……。
その察しの悪さを、望は愚かとは取らなかった。
滝口朔の家庭環境もまた、士官学校では有名な話だ。
強制士官制度は政治犯とその血縁者に課せられる罰制なので、強制士官者はみな似たり寄ったりの環境ではあるのだが、朔はやや特殊だった。
物心も付かない頃に両親を捕縛され、兵士養成所として名高い京都洛南孤児院で育った。
洛南孤児院では、積極的に孤児たちを競い合わしていたそうだ。単純な能力の戦いだけではなく、足の引っ張り合いも絶えなかったらしい。
彼がその中で生き延びるために、人付き合いを切ってきた。
他人との関わりの少なさから、人心の機微に疎くなってしまった彼。
それを愚かだと断じることは、望にはできなかった。
出来るだけわかりやすく弦のことを話すと、滝口朔から表情が消えた。
ぶるぶると身体が震え始める。
「オレには……そんな発想はなかった」
独り言のように呟く。
「それでいいのよ。私たちは任務を全うすべきだ」
これは彼に向けてというよりは、軍部に向けての台詞だった。
この会話も、首輪の集音機能で記録されている。
カメラは先ほどから切っているが、プログラム任務を足がかりに軍部での位置を上げたい望のこと、うかつなことは話せなかった。
「なあ……」
「え?」
「なあ、あいつ、泣いたんだ」
「え?」
「崎本透留の死体の前で、大河と喧嘩みたくなったとき、あいつ泣いたんだ」
彼の話によると、透留の弔いと優先する中村大河と、その場を一刻も早く離れたかった朔の間で、口喧嘩のようなものが発生してしまったそうだ。
それを見て、鈴木弦は涙を流した。
「……あれは、どういうことだったんだろう?」
その理由を朔は尋ねてきた。
望には、弦の思いはよく分かった。
おそらく、彼は夢を見ていたのだ。
このプログラムでは三ヵ月後の生存者が優勝となる。つまり、全員優勝も可能だ。
プログラムが始まってもクラスメイトたちは殺し合いなどせず、物資を分け合い助け合い、全員で生き残る……。
そんな夢を、鈴木弦は見ていたのだ。
それほどに、彼は普通の生活に憧憬を抱き、大切に思っていたのだ。
だから、プログラムが始まってもすぐには自決しなかったのだろう。
だけど、実際はどうだ。開始早々に透留は殺され、その前で言い争うクラスメイトたち……。その現実に彼は絶望したに違いない。
そして、最初の予定通り、自ら命を絶った。
この推察を滝口朔に話すことは、望にはできなかった。
滝口朔は、崎本透留の弔いよりも現実的な安全確保を優先した。それを冷たいと憤る中村大河は間違っていない。
しかし、望は知っている。
朔が自分を守るために人との関わりを切ってきたことを。
彼が心情よりも合理性を重んじるのは、合理的な思考が身に染み付いてしまっているからだ。
外から見れば冷酷と映ることもあり、実際そのような言動も目立つが、人としての心が全くないわけではない。
短い付き合いだが、望には朔はそう映る。
だから、得た推察を話すことができなかった。
……話せばきっと、彼を深く傷つけてしまうだろうから。
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