<滝口朔>
「気をつけろ、足場が悪い」
滝口朔は振り返り、後ろを歩く水嶋望に話しかけた。
北の山の中腹に広がる雑木林。
朔と望は潅木に覆われた斜面を上っていた。木の幹に手をかけ、身体を持ち上げる。
斜面は地盤が緩いのか、土砂崩れを起こした痕跡があった。
注意しないと足を滑らしそうだ。
月夜。薄い夜雲が風に流れ、仄かな月明かりに時折陰りを作っている。腕時計のデジタルは23時ちょうど表示している。8日目から9日目に切り替わろうとしていた。
10月とはいえ夜気で冷えていた。
朔は軽く身体を震わせ、マウンテンジャケットの前ジッパーを首筋まで上げた。
と、朔は顔をしかめた。
異臭が風に流されてきたのだ。
「酷い匂い、だ」
望も顔をしかめる。
迷彩柄の戦闘服姿。同じく迷彩柄のキャップを目深に被っている。
服装のせいか、もとからの凛とした佇まいが増しているように感じられた。
望とは少し前に合流した。
朔には中村大河、望には柳早弥と塩澤さくらという連れがいたため、五人という中所帯になっていた。
二人して、食糧を探してくると適当な理由をつけてキャンプ地を離れたのだ。
近くの沢に張ったキャンプに、大河と早弥、さくらの三人が残っている。
目的は、荒木文菜と麻山ひじりの遺体確認。
特殊使用の腕時計に表示された情報によると、このあたりに彼女たちの亡骸があるはずだった。
二人は、専守防衛陸から秘密裏に派遣された兵士だ。
数ヶ月前から有明中学校に潜入しており、クラスメイトの誰にもそのことは知らせていない。
陸軍士官学校で共に学び、同じ指令を受けた同士。
水嶋望は士官学校では有名人だった。人とほとんど関わりを持ってこなかった朔でも、彼女についてある程度の情報を持っている。
望は、元軍部高官の娘だ。
専守防衛陸軍養成所となっていた孤児院で育った朔とは、育ちからして全く違う。
彼女の父親が高官だったのだが、政治争いに敗れ、反政府運動者の汚名を着せられて席を追われたそうだ。その側杖で、望は強制士官されたとのことだ。
ただ、彼女自身は仕官そのものに反意はないようだった。
貪欲に昇級しようとしている。
おそらく、この任務も昇級目当てで受けているのだろう。
やがて、バスケットコートほどの広場に出た。
匂いがさらに強くなる。
見やると、広場の隅にうらびれた小屋があった。遠目にも、朽ち果て、廃墟然としていることが分かる。小屋の前に、女子生徒が三人倒れているのが見えた。
そして、その傍にもう一人。
「間刈?」
朔が言うと、望が無言で頷く。
間刈晃次(場面としては新出)だった。大人しい性格で、三上真太郎らに時々嫌がらせのようなものを受けている少年だ。
晃次は制服姿だった。膝を突き、中腰の体勢で何かをしている。
「おい、何をしている?」
近づき、朔が声をかける。
懐中電灯の光を当てられ、晃次はびくりと肩を上げた。
目を見開き、朔と水嶋望を凝視してくる。全身ががくがくと震えだした。
「大丈夫か?」
さらに声を投げると、「ひいっ」悲鳴を上げ、晃次が逃げ出した。
その手に握られた二つのリュックサック。彼女たちの物資を持ち去ったのだ。
「なんだ、あれ?」
憮然としていると、あきれたように望がため息をついた。
「怖い顔で話しかけたからに決まってるじゃないの。……前から言おうと思ってたんだけど、その強面どうにかならないの?」
ずばり言い、さらに「滝口、普通の中学生になれてないよ」続けた。
完璧に潜入している望ならではの指摘だ。
ごく普通の女子中学生を装い、クラスに自然に溶け込んでいる。
浮いてしまっている自覚はあるので、「努力はしているんだが、な」口を曲げた。
まぁ、今は遺体確認だ。
「荒木文菜と麻山ひじりと……凪下南美、か」
三人とも、小屋の前に倒れ、汚物にまみれていた。
周囲に散っているのは吐物か。
汚物の悪臭と死臭が入り混じり、鼻を突く。
前二人は、すでに肌の色が黒く濁りつつあった。
凪下南美は遺体確認に名前が挙がらなかったことから考えても、存命なのだろう。人肌の色合いを保っていた。ただ、すっかり血の気を失っている。
気絶しているらしく、近寄ってもぴくりともしなかった。
「毒?」
「中毒じゃないか?」
望に疑問符を差し戻す。
近くに火をおこした跡があり、飯ごうや器、スプーンが下生えに散らばっていた。
小屋の隅に置かれているきのこや山菜を眺め、「なるほど」望がかるく顎を引いて頷いた。
「Aスポットの最初の物資開放のとき、この三人はグループを組んでたんだっけ?」
互いの情報は交換している。
「ああ」
「三人でキャンプを張り……きのこか毒草にあたった」
「まぁ、妥当な推察だな」
「その後は?」
文菜とひじりの亡骸に目を落とし、望が言う。
質問口調だが、朔ではなく自身に向けたものだったのだろう、「誰かが来て、止めをさした」回答を口に出した。
二人の亡骸の胸元には刺し傷があった。直接の死因は、中毒ではなくこの傷に違いない。
傷は深く、あたりに血が池となっていた。
その傷のもとになった刃物は見当たらなかった。
「崎本を殺したヤツと同じ?」
訊かれる。
崎本透留や鈴木弦のことも話していた。
かわりに、Dスポットでの三上真太郎たちの情報も得ている。
「どうだろう……。崎本は斬り傷だったからな。この二人は刺されている。傷口から判断つきにくいが……違う刃物のように見える」
カメラの電源を切り、朔は「さぁ、これくらいでいいだろう」立ち去ろうとした。
これを、「え、ちょっと」望が止める。
「なんだ?」
「助けないの?」
「誰を?」
かみ合わない問答に、望がため息をついた。彼女は、そのまま凪下南美の身体を抱き起こした。
……凪下を助けるのか。
正直なところ、朔にその発想はなかった。
「すぐに助け起こさなかった私もたいがい冷たいけど、あんたはそれ以上だね」
特に咎めるような口調ではなく、苦笑交じりだった。
「まぁ、情報は得られるか」
「それしか助ける理由がなさそうなのが、いかにも……」
ここで、望が眉を寄せた。「……?」
「どうした?」
彼女の視線を追う。
広場自体が緩やかな斜面になっているが、その上方、傾斜が強くなった先、木々の間に制服姿が見えた。男子生徒だ。30メートルは離れているだろうか。
まだ向こうはこちらに気づいていないようだった。
先ほど逃げ出した間刈晃次ではない。あれは……。
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