OBR4 −ダンデライオン−  


015 2005年10月08日07時00分


<三上真太郎>


 ジーンズにポロシャツ、スニーカー。制服から着替えた三上真太郎は、床に並べられた物資を満足げに眺めた。
 背が高く、がっしりとした身体つき。彫りの深い、整った顔立ちをしている。

 Dスポットの屋内。
 ログハウス風の建築で、木目を基調としていた。
 エントランスホールは10畳ほどで、その奥に時間差で開錠される物資部屋が続く。
 大きく張り出した出窓の向こうに、朝の光を浴びた青い海が見えた。
 この場に今いるのは、真太郎のほか、山本友哉と五十嵐速人だけだ。
 生活物資は十分に足りている。
 笑いは止まらなかった。
「でも、どうなるか、ちょっとドキドキしたな」
 木床に座っていた山本友哉が立ち上がり、窓の外を見やる。
 180センチを越えるひょろりとした長身で、バスケットボール部に所属していたスポーツマンだが、三人の中では若干押し出しの弱い性格の彼らしい台詞だった。

「物資分けなくてもっ、よかったよね」
 五十嵐速人が言い、ひひゃはっと高い声で笑った。
 どこか浮き足立ったように聞こえる笑い声交じりの話し方が、速人の特徴だ。
 彼も背が高い。
 染色を繰り返して艶の失った赤茶けたやや長い髪。そのままにすれば目にかかる前髪をゴムでくくって立てている。 
 速人と友哉はゆったりとした服装に着替えていた。


 と、スポットの扉が開き、「あら、今は分けといたほうがいいのよ」一人の少女が入ってきた。
「よう」
 床に胡坐をかいた真太郎が手を振る。
「あんたの言った通りになったな」
 これを「まあ、ね」とさらりと受け流した少女。それは、桐神蓮子だった。
「あんたのおかげだ」
 と真太郎が礼を向けると、「水嶋望とか柳が逆らわないよう、うまく誘導してくれてたもんな」山本友哉も追随した。

「どうやって別れてきたんだ? 水嶋たちと一緒じゃなかったのか?」
 訊くと「会いたい人いるから探したいって言ってきた」返ってきた。
「まさか、俺たちのことだったとは思わなかっただろうな」
 含み、笑う。

 スポットの占拠は、桐神蓮子の案だった。
 話を持ちかけられたとき、驚いたものだ。
 蓮子とは日ごろ付き合いがなく、ごく一般的な女子生徒だと捉えていた。彼女がそんな発想をするとは思っても見なかったのだ。
 ……親で苦労してるからかな? 
 考える。
 彼女の両親の信仰かぶれは有名な話だ。
 そして真太郎もまた両親には苦労させられていた。
 彼の両親はいわゆる『モンスターペアレンツ』で、様々なクレームを学校につけていた。
 特に過保護にされている意識はない。
 ……あれは、偉ぶりたいだけだな。
 冷めた思考。

 両親に対する諦め。蓮子の案をすんなり受け入れたのは、彼女に自分と似通った感情を見ていたからかもしれなかった。



「取れるだけ取っといた方が、いいじゃん」
 速人が話を戻した。
「少しは分ける気があるって見せることが重要なのよ、分かる?」
 教師が生徒に教え込むように、腰に手を当て蓮子が言った。
 銀縁、クールなデザインの眼鏡をかけており、教師然とした佇まいが増している。
「後々効いてくるわよぉ。色んな意味で、ね」
 含みを持たせた言い方。
 単純な質の速人には伝わらなかったようだが、真太郎には分かった。
「色んな意味で、な」
 蓮子の台詞を受け、好色な笑みを浮かべた。

「どして?」
 腑に落ちていない様子の速人に、「物資を分け与えてやるって、状況が重要なんだよ」説明を始める。
「俺たちのほうが立場が上だって、あいつらは感じただろう。このスポットの物資は俺たちのもんだ。これから先もあいつらが物資を欲しがったら、少しだけ分けてやるんだ」
 禁止エリアの関係があるので、常時スポットを押さえるわけにいかないが、禁止エリア設定時は隣のエリアにいて、解除とともに戻ればいい。
「もちろん、そんときは何かしら見返りは貰うけどな」
 ここでやっと理解できたようだ。
「ああ、そういうことか」
 速人は舌なめずりをし、高く笑った。


 プログラム開始から一週間。最初はそれどころではなかったが、こうして落ち着いてみるとそろそろ性欲のうずきも出てきていた。
 真太郎は、蓮子の肢体をちらりと眺めた。
 目だって美人、可愛らしいというわけではないが、まずまず整った顔立ち。肉感的とも言えないが、女性として出来上がった身体つきではある。
 男たちの視線の変化に気がついたのだろう、蓮子がすっと立ち上がり「さ、協力料をもらってくよ」固い声で言った。
 物資を選り分け、リュックに詰めていく。

 彼女の望みは、十分な物資獲得ということだ。
 そのために真太郎たちを利用しているのだろう。

「まぁ、そう言うなって。仲良くしようぜ」
 山本友哉が、蓮子の白い腕を握った。
 彼女はこれをやんわりと払いのけ、「私、あんたたちと一緒に居る気はないの。女が欲しければ、次にやってくる女を抱きなよ」冷めた声を投げてきた。
「ゆっくりしてけよ」
 出口の前に、速人が立ちふさがる。


「……ボタン、押すわよ」
 眉をきりりと上げた蓮子が制服のポケットからコントローラーのようなものを取り出した。
 メタリックな外装。手のひらに入るほどのサイズだ。
 彼女は、Dスポットの初回物資解放時に、リモコン式の小型爆弾を入手している。
 爆弾そのものはリュックの中に入っているのだろう。
 どの程度の威力か分からないが、至近距離で爆破を受けて無事とは思えなかった。何よりもスポット自体の危機となる。

 空気が凍っていく。室内に、緊迫した重い沈黙が流れた。
 これを破ったのは、真太郎だった。
「……負けた、よ」
 苦々しく笑う。
「速人、あけてやれ」
 不服なのだろう、動こうとしない。
「速人っ」
 仕方なく、強く命令すると「……分かったよ」舌を打ち、速人が脇へどいた。

 男三人がかりだ。やりようによっては、蓮子を押さえつけることは出来た。
 しかし、その選択はしたくなかった。
 それはやはり、真太郎の中に彼女に対する共鳴感があるからだろう。
 女は欲しいが、蓮子に無理強いはしたくなかったのだ。

 ……俺は、この女のことが好きなのかな。
 ふと、考える。
 去り行く桐神蓮子の背、さらりとゆれる長い黒髪にそっと視線を送った。
 相手の意思を尊重。
 乱暴者で知られる真太郎にあまりにもそぐわない行動だった。
 大人しい質の麻山ひじり(死亡)や、間刈晃次(新出)のことをからかい、虐めとまでいかないまでも嫌がらせに近いことをやっていた。
 それなのに……。

 そぐわなさに可笑しさを感じ、自然、笑みがこぼれた。
 これを見たらしい山本友哉が噴出した。「シン、何そのいい感じの笑顔。なんかイイヒトみたいだ」
 よほど穏やかな表情をしていたのだろう。たしかに、自分らしくない。
 友哉の台詞を受けて、もう一度笑う。
 今度は、普段通りの不遜な笑い声が出た。


 
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三上真太郎 
Dスポットを占拠した生徒たちの一人。