<三上真太郎>
ジーンズにポロシャツ、スニーカー。制服から着替えた三上真太郎は、床に並べられた物資を満足げに眺めた。
背が高く、がっしりとした身体つき。彫りの深い、整った顔立ちをしている。
Dスポットの屋内。
ログハウス風の建築で、木目を基調としていた。
エントランスホールは10畳ほどで、その奥に時間差で開錠される物資部屋が続く。
大きく張り出した出窓の向こうに、朝の光を浴びた青い海が見えた。
この場に今いるのは、真太郎のほか、山本友哉と五十嵐速人だけだ。
生活物資は十分に足りている。
笑いは止まらなかった。
「でも、どうなるか、ちょっとドキドキしたな」
木床に座っていた山本友哉が立ち上がり、窓の外を見やる。
180センチを越えるひょろりとした長身で、バスケットボール部に所属していたスポーツマンだが、三人の中では若干押し出しの弱い性格の彼らしい台詞だった。
「物資分けなくてもっ、よかったよね」
五十嵐速人が言い、ひひゃはっと高い声で笑った。
どこか浮き足立ったように聞こえる笑い声交じりの話し方が、速人の特徴だ。
彼も背が高い。
染色を繰り返して艶の失った赤茶けたやや長い髪。そのままにすれば目にかかる前髪をゴムでくくって立てている。
速人と友哉はゆったりとした服装に着替えていた。
と、スポットの扉が開き、「あら、今は分けといたほうがいいのよ」一人の少女が入ってきた。
「よう」
床に胡坐をかいた真太郎が手を振る。
「あんたの言った通りになったな」
これを「まあ、ね」とさらりと受け流した少女。それは、桐神蓮子だった。
「あんたのおかげだ」
と真太郎が礼を向けると、「水嶋望とか柳が逆らわないよう、うまく誘導してくれてたもんな」山本友哉も追随した。
「どうやって別れてきたんだ? 水嶋たちと一緒じゃなかったのか?」
訊くと「会いたい人いるから探したいって言ってきた」返ってきた。
「まさか、俺たちのことだったとは思わなかっただろうな」
含み、笑う。
スポットの占拠は、桐神蓮子の案だった。
話を持ちかけられたとき、驚いたものだ。
蓮子とは日ごろ付き合いがなく、ごく一般的な女子生徒だと捉えていた。彼女がそんな発想をするとは思っても見なかったのだ。
……親で苦労してるからかな?
考える。
彼女の両親の信仰かぶれは有名な話だ。
そして真太郎もまた両親には苦労させられていた。
彼の両親はいわゆる『モンスターペアレンツ』で、様々なクレームを学校につけていた。
特に過保護にされている意識はない。
……あれは、偉ぶりたいだけだな。
冷めた思考。
両親に対する諦め。蓮子の案をすんなり受け入れたのは、彼女に自分と似通った感情を見ていたからかもしれなかった。
「取れるだけ取っといた方が、いいじゃん」
速人が話を戻した。
「少しは分ける気があるって見せることが重要なのよ、分かる?」
教師が生徒に教え込むように、腰に手を当て蓮子が言った。
銀縁、クールなデザインの眼鏡をかけており、教師然とした佇まいが増している。
「後々効いてくるわよぉ。色んな意味で、ね」
含みを持たせた言い方。
単純な質の速人には伝わらなかったようだが、真太郎には分かった。
「色んな意味で、な」
蓮子の台詞を受け、好色な笑みを浮かべた。
「どして?」
腑に落ちていない様子の速人に、「物資を分け与えてやるって、状況が重要なんだよ」説明を始める。
「俺たちのほうが立場が上だって、あいつらは感じただろう。このスポットの物資は俺たちのもんだ。これから先もあいつらが物資を欲しがったら、少しだけ分けてやるんだ」
禁止エリアの関係があるので、常時スポットを押さえるわけにいかないが、禁止エリア設定時は隣のエリアにいて、解除とともに戻ればいい。
「もちろん、そんときは何かしら見返りは貰うけどな」
ここでやっと理解できたようだ。
「ああ、そういうことか」
速人は舌なめずりをし、高く笑った。
プログラム開始から一週間。最初はそれどころではなかったが、こうして落ち着いてみるとそろそろ性欲の疼きも出てきていた。
真太郎は、蓮子の肢体をちらりと眺めた。
目だって美人、可愛らしいというわけではないが、まずまず整った顔立ち。肉感的とも言えないが、女性として出来上がった身体つきではある。
男たちの視線の変化に気がついたのだろう、蓮子がすっと立ち上がり「さ、協力料をもらってくよ」固い声で言った。
物資を選り分け、リュックに詰めていく。
彼女の望みは、十分な物資獲得ということだ。
そのために真太郎たちを利用しているのだろう。
「まぁ、そう言うなって。仲良くしようぜ」
山本友哉が、蓮子の白い腕を握った。
彼女はこれをやんわりと払いのけ、「私、あんたたちと一緒に居る気はないの。女が欲しければ、次にやってくる女を抱きなよ」冷めた声を投げてきた。
「ゆっくりしてけよ」
出口の前に、速人が立ちふさがる。
「……ボタン、押すわよ」
眉をきりりと上げた蓮子が制服のポケットからコントローラーのようなものを取り出した。
メタリックな外装。手のひらに入るほどのサイズだ。
彼女は、Dスポットの初回物資解放時に、リモコン式の小型爆弾を入手している。
爆弾そのものはリュックの中に入っているのだろう。
どの程度の威力か分からないが、至近距離で爆破を受けて無事とは思えなかった。何よりもスポット自体の危機となる。
空気が凍っていく。室内に、緊迫した重い沈黙が流れた。
これを破ったのは、真太郎だった。
「……負けた、よ」
苦々しく笑う。
「速人、あけてやれ」
不服なのだろう、動こうとしない。
「速人っ」
仕方なく、強く命令すると「……分かったよ」舌を打ち、速人が脇へどいた。
男三人がかりだ。やりようによっては、蓮子を押さえつけることは出来た。
しかし、その選択はしたくなかった。
それはやはり、真太郎の中に彼女に対する共鳴感があるからだろう。
女は欲しいが、蓮子に無理強いはしたくなかったのだ。
……俺は、この女のことが好きなのかな。
ふと、考える。
去り行く桐神蓮子の背、さらりとゆれる長い黒髪にそっと視線を送った。
相手の意思を尊重。
乱暴者で知られる真太郎にあまりにもそぐわない行動だった。
大人しい質の麻山ひじり(死亡)や、間刈晃次(新出)のことをからかい、虐めとまでいかないまでも嫌がらせに近いことをやっていた。
それなのに……。
そぐわなさに可笑しさを感じ、自然、笑みがこぼれた。
これを見たらしい山本友哉が噴出した。「シン、何そのいい感じの笑顔。なんかイイヒトみたいだ」
よほど穏やかな表情をしていたのだろう。たしかに、自分らしくない。
友哉の台詞を受けて、もう一度笑う。
今度は、普段通りの不遜な笑い声が出た。
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