OBR4 −ダンデライオン−  


014 2005年10月08日06時00分


<水島望>


 結局、衣類や生活物資だけを少量貰いうけ、Dスポットを出ることになった。「俺たち優しいだろ」とうそぶく三上真太郎に礼まで言わされ、プライド高い望の手は屈辱感でぶるぶると震えた。
「たっく、何あれ? 信じらんない!」
 塩澤さくらが怒声を張り上げる。
 丸いフォルムの顔に、丸い鼻、丸い目、ぽってりとした唇。小太りの身体で制服はぱんぱんに膨れ上がっている。
 全体に丸い印象の彼女だが、性格は鋭角だ。
 プログラム前から彼女の口唇からは、常に誰に対する不平が吐き出されていた。
 もっとも、面と向かって言うことはない。
 真太郎たちの前でもしおらしくしていたものだ。

 Dスポットは海辺に建てられているので、外に出ると潮の香りに晒されることになった。
 張り出されたベランダの床板には、ハート型の文様が掘り込まれている。
 入るときにも感じたが、プログラムという緊迫した状況と不釣合いな床飾りだった。

 雲ひとつない晴天。
 朝の太陽を浴びた海に、ざざざと白波が立っている。
 Dスポットは急な斜面の下に建てられているので、海辺を離れるには、浜をぐるりと迂回しなくてはならなかった。
 前後は海と斜面に挟まれ、残る二辺のうち片側の先もすぐに海に落ち込む。
 また、このあたりの海は近深く、少し入れば足がつかなくなる。
 振り返ると、ショートマシンガンを抱えた山本友哉がスポットのベランダに立ち、こちらを見ていた。
 立地条件上、一方向だけを監視すればいい。立てこもるには好条件だった。

  
「魚でも釣って食べる?」
 柳早弥が肩をすくめて言う。
 こちらは、真太郎たちのことは仕方ないと諦めたようだ。
 こざっぱりとした彼女らしい切り替えの早さだ。
 初期にそれなりに食糧を手に入れていたが、この分ではすぐになくなってしまう。
「そう、だね。行く行くはそういうことにもなるだろうね」
 場所柄だろうか、Dスポットの物資には釣具が多かった。望たちもそれぞれ釣具を手に入れている。
「その前に、ほかのスポットにも行ってみようよ」
 続けて、言う。
 望は湘南の生まれだ。
 海辺の景色と磯の香りは、生まれ故郷、過去の栄光に繋がる。
 積極的にいたい場所ではなかった。

 言いながら、なるほどと頷く。
 このプログラムの禁止エリアは特殊で、設定と解除が繰り返されることになる。
 禁止エリアが徐々に増えていく通常プログラムと違い、稼動範囲が極端に狭められることはないが、結局スポットに集まってくることになるのだ。
 生徒同士の遭遇促進に、スポットの存在が十分に機能していた。
 傾向を見るに、スポットのあるエリアは禁止エリアに設定されやすいようだ。
 真太郎たちも、いつまでも立てこもることはできないだろう。



 話し合った結果、Aスポットを目指すことになった。
 ただ、その決定には望の恣意が多分に含まれている。
 これまで二回の死亡確認指令があり、その二回ともがAスポット付近のエリアになっていた。
 
 一回目の指令は崎本透留の死亡確認だった。
 このときもDスポットにいたし、すでに柳早弥、塩澤さくらの三人でグループを組んだところだったので、移動し辛かったのだ。
 もう一つの指令はつい先ほどきた。
 どうやら、荒木文菜と麻山ひじりが死亡したようだ。
 Aスポット付近で死亡が続いていることに危険性も感じる。
 指令は兵士自身の安全が優先される。
 移動できない状況ならば、撮影の見送りが許可されていた。
 しかし、昇級目的でこの任務を受けている望にとって、指令を二回連続で無視するのは得策ではなかった。
 意欲的に任務をこなしているとアピールする必要があった。

 また、三上真太郎によると、滝口朔ら他の兵士はみな開始直後はAスポット付近にいたようだ。
 もちろん、真太郎は朔らが政府から秘密裏に派遣された兵士だと知らないため、三人集まっていることに特に関心はなかったようだが。
 三人もいたのなら、一人くらいはAスポット付近に残っているだろう。
 会えれば、持っている情報を互いに交換できる。

 Aスポット、北の山のふもとに集まった選手たちの中に崎本透留もいたとのことだった。
 柳早弥が望の北上案を取ったのは、透留の亡骸を見つけることが出来るかもしれないという思いからに違いない。

 みなに共通に支給されている腕時計。
 兵士四人の腕時計は外観は同じだが、特別仕様だ。ボタン操作をすれば、指令が表示されるようになっているのだ。
 早弥やさくらに気づかれぬよう、そっとボタンを押す。
 腕時計の画面が切り替わり、『C−4エリアにて荒木文菜、麻山ひじり死亡』とあった。
 C−4エリアに赴き、死体や現場の様子をカメラに収めろという意味だ。
 簡易地図データも添付されていた。
 集音マイクは全ての首輪に内蔵されているので、音声データは既に取れているのだろうが、映像の有る無しで、情報分析の精密度は多大に変わるに違いない。
 そのための、水嶋望ら四人の兵士派遣なのだ。
 もちろん必要なのは死亡確認だけではない。プログラム中の一般生徒たちの様子は粒さに記録する必要がある。
 より自然なデータとりのためにも、政府側の人間であることは秘密にしなければならなかった。

「桐神さんはどうする?」
 柳早弥が、後ろを歩く桐神蓮子に声をかけた。
 佐藤慶介らのカップルなど他の生徒たちの姿は既になかった。
「私は……」
 蓮子は一度逡巡し、「会いたい人がいるから」と首を振った。
 一重の切れ長の瞳に、能面を思わせるつるりとした細面。艶のある腰までの長い黒髪がさらりとゆれる。
「そか、気をつけてね」
 ごく普通の女子生徒を装い、望は手を振る。
「うん、またどこかで会おうね」
 寂しげに彼女は言う。

 桐神蓮子は、クラスで少し浮いた存在だった。
 望は、蓮子自身には特に問題は感じない。
 しかし、彼女の両親が特異だった。
 彼女の二親は揃って緑光教という新興宗教にはまっており、布教活動に勤しんでいた(いそしんでいた)。有明中学校の校門前にも何度も立ち、望もご利益があるという枝葉を渡されそうになったことがある。

 浮きつつも、クラスで爪弾きにされていないのは、彼女自身のキャラクターのなせる業だろう。
 家庭環境で苦労しているからだろうか、蓮子は目立つことを好まない控えめな女の子だ。
 先ほども、三上真太郎らの乱暴な振る舞いに周囲が逆らわないよう、戦闘に発展しないよう、気を配っていた。
 蓮子も緑光へ入信させれているそうだが、本人には信仰は全くないようだった。
 いつも苦々しい表情で両親を見ている。
 信心は個人の自由だが、子までを巻き込むのはいただけない。

 ……その点、うちのパパは違ったな。
 軍部高官だった父親を思い浮かべ、望は唇をかんだ。
 政敵に破れ、反政府活動者の汚名を着せられ、失脚した父親を思う。
 弁明も許されず、処刑された父親を思う。
 西洋かぶれで、生活スタイルも洋風を好んだ父親。
 望にも「父さん」ではなく「パパ」と呼ばせたものだ。
 社会的な地位、自信に満ち溢れた言動。望の教育にも熱心で、時に厳しく、時に優しく導いてくれた。
 失墜してもなお、この世から去ってもなお……去ったからこそ、望は未だに強く父親のことを思っていた。

 ……パパ。
 亡き父を思う。
 パパ、見ててね。私、必ず……。
 


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水島望 
一般生徒を装って潜入している兵士の一人。 場面としては新出。