<凪下南美>
「ああ、そうだ。麻山、受信機の電源入れてくれない?」
西塔紅実が麻山ひじりに声をかける。
「え?」
「中村とか滝口が、崎本のことについて何か話しているかもしれない」
「そか」
ひじりが頷き、リュックサックを探った。
受信機は、Aスポットの初回物資開放に入っていたものだった。
各選手の首輪には集音マイクが内蔵されているが、一人を選びその音声を聞くことができるとのことだった。
ターゲットの選定は一回のみで、変更はできない。
また、一方的に相手の音声が入ってくるだけで、こちらからの通信もできない。
特に打ち合わせていなかったのだが、最初のほうにひじりが手に入れていた。
集音のターゲットは中村大河に設定されていた。
ひじりは大河のことを好いていた。
彼の動向を掴んでおきたいのだろう。また、単純に、声も聞きたいに違いない。
チームを組んだときも大河を誘おうかと考えていたに違いないが、大河が滝口朔とセットになっていたため諦めたようだ。
滝口朔は三年生からの転校生だ。
眼光鋭い強面なので、ひじりたち大人しい気質の女子生徒からは遠巻きにされている。
受信機は小型のラジオほどで、ちょうど手のひらに収まるサイズだ。
「スイッチ、入れるね」
電池の関係で常時電源を入れておくわけにはいかなかった。
受信機の電源を入れると、中村大河と滝口朔の声が漏れ聞こえてきた。
『Aスポット、また禁止エリアだね』
やや幼い話し方は、中村大河だ。
……中村も、西塔の好みだろうな。
ふと他愛もないことを考え、西塔紅実を眺め見る。碓氷ヒロほどではないが、中村大河も童顔の部類だった。背丈は、ヒロよりも低い。
『スポットは優先的に禁止エリアにしてあるんだろう』
理知的な口調は、滝口朔だ。
がっしりとした長身に、可愛げのかけらもない強面。
こちらは、紅実の好みからは程遠いだろう。
そう考え、可愛げのかけらもないは可哀相だなとひそかに苦笑する。
南美は男子生徒とも気安く話す。
また、そのさっぱりとした性格からか、男友だちも多かった。
ずけずけと物を言うので、三上真太郎など一部の男子生徒からは『ナマイキだ』と嫌われてもいるようだったが。
滝口朔とも気楽に接するため、荒木文菜に「怖くないの?」と訊かれたこともある。
……話してみると、天ボケで面白いヤツなんだけどな。滝口は見た目で損してるな。
苦笑を重ねていると、『鈴木のあれ、なんだったんだろうね』大河の口から鈴木弦の名前が出、どきりと胸を上げた。
朔が何かを返したが、音声を拾いきれなかったらしく、よく聞こえなかった。
しばらくすると大河が眠りについてしまい、会話が途絶えたので、受信機の電源を切った。
二人は交替で見張り役についているようだった。
「今どこにいるんだろうね」
荒木文菜が小声で話す。
「なかなか話に出てこないね」
ひじりがため息を続けた。
二人の居場所を把握しておきたいのだが、今のところ会話に上ることがなかった。
「滝口くん、中村くんと一緒にいれていいなぁ……。私、男の子に生まれたかったな。そうすれば自然に一緒にいれたのに」
「あー、それ分かるなぁ」
ひじりと文菜の他愛もない会話に適当に相槌を打ちながら、南美は鈴木弦のことを考えていた。
弦とは一時期交際していた。
弦が転校してきてすぐ、二年生の冬のことだ。
向こうから告白され、付き合った。
弦のひょうひょうとした掴みどころのない性格に疲れてしまい分かれたが、今でも友人付き合いは続いている。
恋心はすでにないが、一緒にいて楽しい友人ではある。
大河の台詞から推察するに、大河らと鈴木弦の間になにかあったらしい。
どうしたんだろう、心配していると、「滝口と中村、近くにいるんじゃない?」西塔紅実がさらりと言った。
「え?」
「ほら、Aスポットのこと気にしてたじゃない? 私らと同じで、Aスポットの開放待ちなんだよ」
「……なるほど」
南美はあご先に手をやり、頷いた。
妥当な意見だった。
だとすれば、今後彼らとまた会えるチャンスもあるということだ。
南美は中村大河と滝口朔に概ね好意を持っていた。朔がひじりたちに警戒されてしまっているので、合流は難しいだろうが、情報交換は可能だろう。
何よりも彼らの顔を見たかった。
崎本透留の死により、プログラムの現実味が増してきていた。
それまでも恐怖心はあったのだが、より肌に迫ってきた感覚。
ぶるると身震いし、周囲を見渡す。
高木低木の入り混じった深い森の中、ぽっかりと口を開けた20メートル四方ほどの空間。山の中腹に位置し、広場そのものも緩い傾斜がかかっている。
麻山ひじりと荒木文菜は、青ざめた顔のまま食事の準備を始めていた。
固形燃料で火をおこし、支給物資の米をのばしたスープを作る。具は山菜ときのこのほか、缶詰の鶏肉も入れる。
近くに食用になるきのこや山菜が群生しており、アケビや栗、山柿なども摂れる。
今のところ食材には不自由していなかった。
西塔紅実は野菜が苦手ということで、栗を焼いていた。
*
異変はすぐに現れた。
気分が悪くなり、目を覚ます。目の前に嘔吐物が広がっており、それが自分が吐き出したものと理解するまでに数秒を要した。
冷汗、頭痛、嘔気、腹痛。
「毒?」
切れ切れに口をついで出た推察。
「違うんじゃない?」
これに、頭上から冷ややかな声が降ってくる。
見上げると、見張り役で起きていた西塔紅実が腰に手を当てて立っていた。
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