<凪下南美>
二回目の放送が終わり、凪下南美は大きく息を吸った。
ややあって、知らず知らずうちに息を止めていたことに、気づく。
死亡者として発表されたのは、崎本透留(碓氷ヒロが殺害)ただ一人だった。
放送された瞬間、南美の身体に衝撃が走った。
透留とは、同じ学級委員としてクラスをまとめてきた仲だ。しっかり者で統率力のある彼に頼る部分も多く、ある種の尊敬の念も抱いていた。
……自殺、だろうか。
そうであって欲しいという願いもある。誰かの手にかかったとは考えたくなかった。
プログラム開始から一週間が経っていた。
放送は週に一度のペースでされるとのことだった。
現在南美たちがいるのは、うらびれた小屋の前だ。
位置としては北の山の中腹になる。深い森の中、バスケットコートほどの開けた空間があり、その端に建てられていた。
鎖島は鳥獣猟区域に指定されている。
この小屋は猟師が過去使用していたものだろう。
しかし、打ち捨てられてから相当の時間が経っているようで、完全に廃墟となっていた。
床板や天板は腐り落ちてしまっており、草木も生え放題だ。キャンプには適さないが、軒が広くとってあるため、雨よけにはなる。
軒下に寝袋を敷いてすごしていた。
「自殺……だよね?」
仲間の一人、麻山ひじりが不安げな声を押し出してくる。
ひょろりと背が高く、細面の面長。これに、色黒の肌が加わる。三上真太郎など口の悪い男子生徒からは『ゴボウ』と揶揄されてしまっている。
もちろん、南美の前でそんなことを言ったら、やりこめてやるのだが。
南美のそんな姉御肌なところが、女子に好かれ男子からは敬遠されるゆえんだ。
「大丈夫、うちらのクラスにそんなヤツはいない」
はっきりとした口調で言う。
ただ、人殺しという言葉は使いたくなく、表現はぼやかした。
「そ、そうだよね」
ほっとした様子で息をついたのは、荒木文菜だ。
普段から小さな声が、さらにか細くなっていた。
骨太な体躯、太い眉に、押し出しの強い大振りな口。
気が強そうに見える容貌だが、その実はいたって大人しい性格だ。
可愛らしい容貌だが気が強く口が荒い南美とは反対の意味で、見た目を裏切っている少女だった。上がり気味の狐目には、涙が浮かんでいる。
文菜は、崎本透留とは同じ吹奏楽部で一緒で仲がよかった。
彼の死に対し、南美とは違った意味合いでのショックを受けている。
丸いふちの眼鏡。普段はコンタクトレンズを使用しているのだが、長期プログラムという特性上装用が難しいからだろう、リュックの中に私物の眼鏡が入っていたそうだ。
麻山ひじり、荒木文菜とは普段から親しくしており、プログラム開始早々にAスポットで合流できていた。
物資開放時も、三人でチームを組み、必要な物品を集めたものだ。
Aスポットは残念ながら初回の禁止エリアに含まれてしまっていたが、ずっと指定されるわけではない。
禁止エリア解除に備え、南美たちは隣接するエリアにキャンプを構えていた。
「西塔は、大丈夫?」
最後の一人、西塔紅実に声をかける。
「ええ」
紅実が低い声を返してくる。
彼女とは、四日目に合流していた。
開始時、Dスポットの近くに配置されており、初回の物資開放もDポットで受けたということだった。
紅実とは中学校三年間クラスがずっと一緒だったため、それなりに親しくしていた。
ひじりや文菜は紅実とほとんど話したことがないので、彼女とのつながりは南美一人だ。
すらりとした長身。
釣りあがり気味の瞳に、きれいに整えられた細い眉。大人びすっきりとした細面の中、唇だけがぽってりと厚く、中学生ながら艶っぽい雰囲気を身にまとっていた。
その脇に支給のリュックサックが置かれており、ペットボトルホルダーに携帯ストラップがかけられていた。
ストラップはファンシーな熊のぬいぐるみで、開放物資の中にあったというだ。
Aスポットの物資にもマンガ雑誌や音楽プレイヤーなど、サバイバルとは関係のない娯楽物が含まれていた。ストラップも娯楽物の一つというところだろう。
紅実は、ほかに化粧品も手に入れていた。
南美たちも食料品と交換に、乳液などを分けてもらっていた。
プログラムという状況下、それどころではないのだろうが、やはり女性として肌の調子などは気になる。
彼女は基本的には容貌どおりのクールな性格なのだが、外見とそぐわないところもあった。
小さくて可愛いものが好きと公言し、ファンシーな小物を集めているのだ。
愛らしい小さな熊のぬいぐるみは、いかにも彼女の目を引きそうだった。
この質は男性の好みにも反映されているようで、現在は碓氷ヒロと付き合っている。
長身で大人びた紅実と、小柄で幼さの残るヒロ。一緒にいる姿はまるで姉と弟のようだが、本人はいたって幸せそうだった。
「そういや、西塔はなんでこっちに来たの?」
Dスポットは北の山から流れる鎖川の下流に位置しており、Aスポットとは離れている。
禁止エリアには指定されていたが、付近でキャンプを張ろうとは考えなかったのだろうか。
そう思いながら訊くと、月を見上げていた紅実がそのままの視線を保ちながら「五十嵐とか男子がいたから」言い、肩までのさらりとした黒髪をかき上げた。
皆まで言わなかったが、女性としての身の危険を感じたのだろう。
五十嵐とは、五十嵐速人のことだ。
三上真太郎と親しくしており、やはり乱暴な振る舞いの目立つ生徒だった。もしかしたら、命の危険も感じたのかもしれない。
近くにいたくなかったのだろう。
*
ほとんど動かなかったせいもあって、この間出会えたのは彼女だけだった。
南美たちにはもちろんサバイバル経験などなく、野営は多大なストレスになっていたが、今のところは体調を崩さずすごせている。
寝袋は初期物資に含まれていたし、生活物資はスポットからの入手品で賄えた。
近くに川があるので、水を沸かしお湯にし、身体や髪も拭けていた。
本当は湯船に身体を沈めたいところだから、贅沢も言ってられない。
川の水は、宇佐木教官によると飲料に耐えるとのことだったが、一応一度沸騰させてから飲んでいた。
食事は、携帯食糧の消費は極力抑え、山菜やきのこをスープにして摂っていた。
スポットからの開放物資にサバイバルハンドブックなる小冊子があり、食用になる山菜などが写真やイラスト入りで載っていた。
小動物を捕らえるトラップもスポットで入手しており一応しかけていたが、今のところ何もかかっていない。
ただ、秋の野山は山菜や野生の果実が豊富で、空腹を満たすだけの食糧を手に入れることはできた。
西塔紅美は野菜が苦手とのことで、支給の食料を中心に食べている。
こんなときでも偏食を直さないのが彼女らしいといえば彼女らしい。
食事は彼女だけはほぼ別になってしまっていたが、Dスポットで手に入れたというデジカメで、食べられる山菜などの写真を撮って協力してくれていた。
また、彼女はサバイバル術について多少の知識があり、その情報は素直に助かった。
紅美は読書家でも知られる。
小説の類も読むが、実用書を好んで読んでいるそうだ。最近読んだ中にサバイバルについて触れたものがあったらしい。
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