OBR3 −一欠けらの狂気−  


009   1980 年10月01日01時30分


<堤香里奈>


 双葉中学校の校門は大通りに面していた。そこから敷地を囲むように、濃い緑の生垣が作られている。生垣の上から校舎の屋上が覗いていた。
 そして、石造りの門柱に背もたれ座る影が二つ。
 その一つが、「香里奈ぁ、俺たちどうなるんだろ……」肩を震わせた。
 残りのもう一つ、堤香里奈つつみ・かりなは「さあね」と素っ気無く返した。
 本当は、殺しあうんじゃないの? と答えようかと思ったのだが、やめておいた。
 一重の細い瞳、つるりとした頬。顎先は鋭角に尖っている。長い髪を髪留めでまとめ、毛先を左肩に散らした髪形。どこか冷めた空気を漂わせた容貌だ。
 学生服の上から浴衣を羽織っていた。

 香里奈の心うちを読んだのか読まなかったのか、隣にいる堺篤史さかい・あつし(新出)が「香里奈は、大丈夫だよね?」上目遣いで見てきた。
 小柄な体躯。割合に可愛らしい顔立ちをしており、男にしては長く伸ばした髪と相まって、女の子のようにも見える。
 篤史とは遠い親戚になる。
 小さな頃からよく知っている関係だ。
「さあね」
 苛立った声で先ほどと同じ台詞を投げる。
 篤史とは開始からしばらくして偶然出会った。1時放送まではなんとか平常心を保っていたのだが、放送で堀北優美(藤鬼静馬が殺害)の死が告げられてからは怯えっぱなしだ。
「堀北を……殺してないよね?」
 続いた篤史の言葉に、薄く眉を上げる。
 ゲームに乗ってないよね? という意味で、大丈夫だよね? と言われたのだと思っていたが、どうやら、優美殺しを疑われているらしい。
「馬鹿馬鹿しい」
 心底馬鹿にしながら、きつく言い放つ。
 同じ訊くにしてももう少し誤魔化したやり方をすればいいだろうに、という思いもある。

「……まぁ、人殺しではあるけどさ」
 声のトーンが意図せず落ちる。
 篤史がぎょっとした顔で仰け反り、門柱に背をつける。
 地面につけていた尻も動いたのだろう、砂地がじゃりっと音を立てた。
「うちの家族みんな、死んじゃったからね」
 注釈つけるが、理解できなかったようだ。苛立ちを含めながら「阿久津教官が言ってたでしょ」と付け加えた。
 
 香里奈の家族は、昨夜銃刑となっていた。
 父親は町議だ。参加選手の関係者にプログラム開催の旨は隠されていたが、立場上事前に情報を得、逃げようとしたのだ。しかし、結局捕縛されてしまった。
 見せしめだろう、そのときに母親も兄弟も殺された。
 プログラムは国民行事だ。反発した者は、国家反逆罪に準じた扱いを受ける。
 父親からプログラム実施を聞き、さらに「逃げよう」と言われたとき、香里奈は意外に思った。
 香里奈は須黒ユイとつるんで悪さばかりしており、両親の手を焼かせていた。
 特に父親とは喧嘩が耐えなかった。叱責が愛情から来るものならまた違ったのだろうが、町議としての体面を気にした言葉が多かったため、反発を深めた。
 基本的にクールな香里奈だが、父親と争うときばかりは、反抗期真っ只中の15歳の少女に戻ったものだ。
 自分は厄介者扱いされている。ずっとそう思ってきた。
 だけど、最後の最後になって、父親は最大限の愛情表現を見せてくれた。
 感じる物は多かった。

 突然巻き込まれたプログラム自体を呪ってはいるが、父親の愛情を確かめることが出来たことに関しては、不思議な感謝の念を感じていた。

 ややあって、篤史が「殺したのは、政府だよ?」と真顔で言ってきた。
 自分がプログラム選手になったせいで家族が死んだ。自分が家族を殺したも同然だ。
 人殺しを語ったのは、そういう思いから来る暗喩表現だったのだが、篤史には伝わらなかったようだ。いちいち説明するのも煩わしかったので、そのままにしておく。
 同じく小柄で可愛らしい顔立ちの雨宮律の女の子人気が割合高い……ペット扱い、小動物扱いに近いものだったが……のと比べて篤史の人気が今ひとつふたつなのも、この鈍感さや単純さからだろう。

 まぁ、単純なだけに、心うちを読みやすい。
 彼がプログラムに乗る気になったら態度に出るはずだった。騙まし討ちの心配がないので、安心して一緒にいられる。
 それに、これでいい所もあるのだ。
 香里奈が征服の上から羽織っている浴衣は、篤史の支給武器だった。
 寒いだろうと掛けてくれた。
 10月深夜。秋口とはいえ、山肌から湿気を含んだ冷気が降りてきている。
 浴衣は地味な色合いなので、目立つこともなかった。


 まっすぐ前を見詰め、「私さ、この町のこと嫌いだった」言う。
 校門の前には、灯りの消えた商店街が続いている。ただし、昼間でも開いている店は少ない。隣町にできた郊外型スーパーに客をすっかり取られてしまっているのだ。
 この商店街を抜ければ、双葉駅に出る。
 香里奈の視線の先にあるのは、彼女を都会へと運ぶ線路だ。

「こんな町、早く出たかった」続ける。
 香里奈は寂れた田舎町を嫌っており、一刻も早く都会に出たいと思っていた。
 友人の須黒ユイも同じように考えており、二人で都会に出た後のことをよく語り合ったものだ。
 ユイはまずは適当な男をつかまえてその居に転がり込めばいいと単純に考えていた。
 後は、水商売の世界に入り、そこでもっと金持ちを見つける。愛人におさまれば、悠々自適の生活が待っている。ユイは、幸いといってよいのか、整った顔立ちをしていた。自信もあったのだろう。
 まぁ、世の中馬鹿な男は掃いて捨てるほどいる。
 現実的な香里奈としても、危険はあるにしろ、ユイの野望がそれほど非現実的なものではないと思っていた。

 ただ、ユイと同じことはしたくなかった。
 倫理的にどうこう言うつもりもないし、危険性を重視しているわけでもない。
 身体を商品にすることにも抵抗はなかった。今だって、ユイと二人、青年団の男たちと寝、小遣い稼ぎをしている。
 単に、若さという期間限定な要素が多大に関係することが嫌なだけだった。
 香里奈の従姉は、若いうちに街に飛び出して、三十路をすぎてから双葉の土地に戻ってきていた。戻ってきた彼女にあるのは、挫折感と疲弊した容貌だけだ。
 ……無闇に都会に出ても、あれが現実。どうせなら、きちんと学業を修め、就職先を都会で見つけ、都会の男性と結婚したほうがいい。
 しかし、そのためには年月がいる。
 香里奈は、いま、このとき、田舎町から脱出したいと思っていた。
 

「今も?」
 篤史が訊いてくる。
「今も?」
 彼の言葉を繰り返すと、篤史は「今も、都会に出たい? この町のこと、嫌い?」真顔で付け加えてきた。
 いつ死ぬか分からないプログラムに巻き込まれた今も同じことを思うのか、と訊きたいのだろう。
 また、香里奈と違い、篤史は町を好いていた。
 好きなものを否定されて、寂しさのようなものを感じているのだろう。
「さあね」
 肩をすくめ、後ろを振り返った。校舎の向こうは緩やかな上り勾配になっており、その先に双葉山の黒い影が見えていた。小さな頃は野山を駆け回ったものだ。
 今もって田舎暮らしは嫌いだ。都会にも出たい。だけど、プログラムに巻き込まれた今、双葉の町に少なからず愛着のようなものは感じ始めていた。
 自分にもこんな感情があったのだな、と驚く。

「信一郎とかユイ、どうしてるかな」
 唐突に話が変わった。
 ユイの子分こと信一郎と篤史は親しくしていた。自然、四人で行動することは多かったのだが、強い女二人に従う男二人という関係に嫌気でもさしたのだろうか、最近の篤史は香里奈らから離れ気味だった。
「さあね」
 もう一度肩をすくめる。二人との合流はあまり歓迎すべき事態ではなかった。いつプログラムに乗ってもおかしくない。
 香里奈はゆっくりと立ち上がった。
「一回家に帰って色々とってくる」
 香里奈の家はぎりぎり会場内に入っていた。篤史やユイの家は会場の外だ。
「……着いていこうか?」
「いや、いい。一人で行ける。教室あたりで待ってな」
「……分かった。なるべく早く帰ってきてね」

 慎重に辺りを見渡してから、香里奈は歩き出す。
 と、不意に笑みがこぼれた。男は男らしく、女は女らしくなどという詰まらない思想は全くないが、それにしても立場が普通と逆だな、と思ったからだった。


 
−09/10−


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バトル×2
堤香里奈
町議の娘。父親が事前にプログラムの情報を得、逃げ出そうとしたらしい。そのペナルティとして物資や支給武器が配布されなかった。