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OBR3 −一欠けらの狂気−  


010   1980 年10月01日02時00分


<雨宮律>


 藤鬼家は双葉山の中腹にある。
 月明かりに、樫やブナの広葉樹、松の針葉樹が入り混じった暗い森をバックにした二階建の洋風建築が照らされていた。ウッドデッキに、出窓。手入れの行き届いた庭とあいまって、避暑地のペンションのようにも見える。
 周囲に民家はない。
 一番近いのが、200メートルほど山を下った場所にある律の家だった。
 律はまず裏手に回った。どうせ窓を破ることになるのだから、同じことなのだが、やはり人目につく表面の窓を割るのははばかられた。
 木造りの門をくぐり、花壇の間を抜ける。
 予期していたことではあったが、玄関扉は閉まっていた。プログラム開始から一度、静馬が寄っているはずだ。きちんと施錠して出て行ったのだろう。
 
 律はいくらかの逡巡の後、リビングの窓を選んだ。迷いは、他人の家に忍び込むことに対する罪悪感からではなかった。単に、どの窓が一番都合がいいか迷っただけの話だ。
 プログラム中、参加選手が適当な民家に潜むことなど、よくあるケースに違いない。いちいち罪悪など感じていては身を守ることはできない。
 ……まぁ、僕の場合は目的が違うんだけど。
 潜むためではなく、静馬という殺人嗜好者を分析するために侵入を試みている自分を思い、苦笑した。
 自分の行動基準が多くの生徒たちとずれていることに律は気づいていたが、気にはしていなかった。

 脱いだ上着を右肘に巻きつけ、勢いをつけて肘で窓を叩き割った。鍵を開け、リビングに入る。月明かりが届かないので、懐中電灯に頼ることにした。
 懐中電灯の丸い灯りに、掃除の行き届いた室内が浮かび上がる。
 白いレースがかけられたピアノ、いかにも高そうな皮張りのソファセット。
 静馬の父親は東京で事業をしているそうだ。本宅とは別に家を建て、妻と子を優雅に暮らさせる。ごく普通のサラリーマン家庭で育った律には、遠い世界の話のようだ。
 
 藤鬼家には何度も遊びに来ている。勝手知ったる他人の家。リビングを出、廊下に出た。そのまま二階の静馬の部屋に向かってもよかったのだが、まずキッチンに向かった。
 水を調達しようと考えたのだ。プログラム説明のときに、阿久津教官が、電気ガスは止めてあるが、水道は通したままにしてあると言っていた。
 支給品の中に、飲料水の入ったペットボトルも含まれてはいるのだが、1リットルボトル一本だったため、すでに半分ほどになってしまっていた。
 ふと、水道を出しっぱなしにした場合の利用料金は政府が負担してくれるのかな? と考えた。
 火災や戦闘による損傷の保障はされるはずだったので、おそらくそれに準じるのだろう。
 
 律はプログラムに関して世間並み以上の知識を持っていた。
 関連の書物も読み漁っている。
 つい数時間前まで笑い合っていた友達や一緒に授業を受けていたクラスメイトと殺し合いを演じる。
 この異常なイベントは、律の暗い好奇心を多いに満足させる。
 プログラムが始まると知ったときの驚愕、友達に襲われたときの惑い、悲しみ。殺される瞬間、殺す瞬間の悲嘆、恐怖。
 もともと関係が良好でなかったクラスメイトもいるだろう。彼氏彼女の関係だった者たちもいるだろう。それぞれの人間関係、それぞれの個性が、プログラムを経てどう変化するのか、殺し合いにどんな花を添えるのか……。
 まぁ、観客だとばかり思っていた自分が、まさかその舞台に役者としてあがるとは思っても見なかったが。
 
 キッチンも綺麗に片付けられていた。
 洗い受けには何も残っておらず、流しのステンレスには水滴の痕すらない。食器棚には高そうな食器が積まれていた。
 と、視界の端に何かが映った。
 しゃがみこみ、テーブルの下を見ると、メモ用紙が一枚落ちていた。
 拾い上げ、懐中電灯の丸い灯りをあてる。右隅に桜の花びらの模様がプリントされており、ふっといい香りがした。香料を染み込ませてある製品なのかもしれない。
 メモ用紙には、一言「お願い、やめて」とだけあった。

 謎賭けのような文言だが、律はそこに込められた心情を読み取れた。
 書いたのは間違いなく静馬の母親だ。彼女の字は見たことがあった。では、何をやめて欲しいのか。
 ……殺人。
 浮かんだ言葉を、胸の中で何度か復唱する。
 そして、間違いない、と一人頷いた。

 静馬の母親は、息子の異常性を把握し、恐れていた。

 特に不思議はない事実だった。ずっと一緒に暮らしてきたのだ。気づく場面は多々あったのだろう。
 そうではないか思ってはいたが、このメモ用紙が確証となった。
 後天的な性質ならともかく、幼年期からのへきを親に隠すのは難しい。
 律も、昔、殺人事件の新聞記事を切り抜こうとして親に不安な顔をされたことがある。それからは、自分の黒い好奇心が周りにばれないよう心がけてきた。
 律の場合はそれですむことだが、静馬は違う。一度その印象を与えてしまったら、死体が出る以上、親の懸念を払うことは不可能だ。

 そして、メモ用紙は律のもうひとつの想像に確証を与えてくれた。
 ……双葉町に越してきたのは、母親の転地療養のためではなく、静馬のためだったのではないだろうか?

 藤鬼伊織いおり
 これが、静馬の母親の名前だった。
 中学生の子持ちだ。四十は近いはずだが、とてもそうは見えなかった。黒く艶のある髪を腰の辺りまで伸ばしており、肌は病的なまでに白い。長いまつげの下の褐色の瞳。長くほっそりとした指。手折られる前の花のような弱弱しい風情だった。
 確かに病人然とはしていたし、実際に身体も弱いようだった。
 だが、常に臥せっているわけでもなく、律が藤鬼家を訪れると、クッキーやケーキを焼いてくれた。家事全般を家政婦に任せてはいたが、庭の花壇は彼女が世話をしていた。
 律の目には、療養が必要なようには見えなかった。
 
 メモにもう一度目を落とし、自分の想像が間違いではなかったことを確認する。
 伊織には療養は必要ないが、静馬は違う。静馬の両親は彼を心の病と捉え、豊かな自然の中で暮らさせれば治るのではないかと考えたのだろう。
 しかし、現実には、越してきてすぐに、静馬は最初の家政婦をおそらく殺している。 
 静馬の母親は、息子を恐れていた。
 恐怖を隠し、祈るような思いで、息子に接していた。そして、息子を訪ねてくる友人である律の前では、努めて普通の母親を演じていた。
 
 殺人を繰り返す息子を持った悲痛、苦悩、疲弊。それでいて、何も悩みがない上流家庭の母親を演じなければならない彼女のことを思うと、律の胸はいっぱいになる。
 ……もちろん、律の胸を満たしているのは、静馬の母親への同情ではなく、暗い好奇心が充足されたことに対する悦びだったが。


 メモは床に落ちていた。
 テーブルの上に、箸置きが一つ鎮座している。元はおそらくこの箸置きでメモを挟んでいたのだろう。その後、静馬がメモを取り上げる。そして、戻すときに、箸置きで挟まずにただテーブルの上に置いた。そのせいで、キッチンを出るときに起きた風によって落とされたのではないか、と律は考えた。
 静馬がメモを読んだと見て、まず間違いないだろう。
 そのときの静馬の心情を考えようとしたが、これはうまく行かなかった。
 哀しかったのか、憤ったのか、嘲笑したのか、それとも何も感じなかったのか。静馬の心にたどり着くには、彼の心を分析するには、あまりにもデータが不足していた。
 律はゆっくりとあご先を天井に向けた。

 二階へ上り、静馬の部屋を探れば、きっと、何かを得ることが出来るだろう。


 
−09/10−


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バトル×2
雨宮律
ごく普通の少年だが、その実、連続殺人犯などへの関心を強く持っていた。