律たちが生きた1970年代から30数年ほど先の未来。とある雑誌コラムより。
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……読者諸兄は、藤鬼静馬を覚えているだろうか。
数年前の夏、長野県長野市神崎町に居を構えていたとある学習塾が、屋外講義を神崎高原リゾートの一角にある川原で行った。
引率者は40代講師と大学生講師の2名で、参加者は小学校4年生の子どもたち男女7名。
屋外講義といっても実際はレクリエーションキャンプのようなもので、バーベキューや水遊びがメイン。川原にテントを張り、一泊予定だった。
しかし、下山時刻になっても誰も帰って来なかった。
日が暮れてから、これはおかしいと父兄と塾側が警察に連絡し、事件が発覚した。
現地へ赴くと、川原でこの企画を取り仕切っていた40代講師の亡骸が、近くの森で女の子……塾生の一人だった……の亡骸が横たわっていたのだ。
塾生の遺体が川原から山へ向かう途中にある森で発見されたこともあって、犯人は山に子どもらを連れて逃げ込んだと判断され、山狩りが行われたが、新たな発見はなかった。
その間、捜査は進められ、二人を縛っていたロープから大学生講師の指紋が検出された。
この指紋検出により、大学生講師が第一容疑者となった。
翌日からは、山狩りと同時に彼の生活圏内も捜索されたが、子どもたちを見つけることはできなかった。
種を明かせば、女の子の亡骸の配置も大学生の指紋も、犯人が捜査かく乱のために用意した罠であったことが後に分かっている。
ロープの指紋は、犯人が子どもを盾に大学生講師を脅し、二人を縛らせてつけたものだったし、女の子の亡骸は、近くの山へ逃げたと思わせる誘導策だった。
犯人が捕まったのは、4日後のこと。
犯人は、子どもたちと同じ町に住む画家だった。仕事の収入のほかに親の遺産もあり、悠々自適の生活をしている30半ばの男だった。
男は用意した車に、ロープで身体の自由を奪った大学生講師と子どもたちを乗せ、彼の家の敷地内にあるアトリエへと移動させていた。
車の窓には暗幕を張って目隠しをしていたため、移動中見咎められることはなかったようだ。
車からアトリエへ移動する際に子どもたちが泣き叫んだのかもしれないが、隣家とは離れており、声を聞いた者はなかった。
アトリエには、彼が秘密裏につくった地下室があり、そして、そこで凶行が繰り返された。
大学生と子どもたちを嬲るだけ嬲り、一人ずつ殺害したのだ。
地下室は、床も天井も壁も赤いペンキで塗られていた。それは、夕陽のように紅く、血のように暗い色だったということだ。
踏み込んだ捜査員の一人は、「その禍々しい色に、身震いした」と証言している。
タイヤ痕や目撃証言等の積み重ねにより特定され、捕まったのだが、それまでに大学生講師と子ども三人が犠牲になった。
生き残った子ども三人も虐待の被害にあい、衰弱しきっていた。
これだけでも大きな事件なのだが、この事件にはさらに一つ、人目を引く要因があった。
それは、犯人として捕まった画家がプログラム優勝者であったことだ。
プログラムで彼に殺されたクラスメイトたちはみな無残な姿を晒したということだ。
また、プログラム中はクラスメイトたちの亡骸を、この事件では子どもたちや大学生の亡骸を、スケッチブックに画いたらしい。
さらに、規制が敷かれたため当時は報道はされなかったが、生き残った被害者の子どもたちのうち一人は、彼の実の息子だった。
その後の調べで、画家の家の敷地から骨が数人分見つかった。この男は、これらの被害者以外にも、通り魔的に何人もの命を屠っていた。
彼の殺人テリトリーは、大東亜共和国全域にわたった。
男の両親はそれぞれ事故と自殺で亡くなっているが、その死も彼の手によるものだったことが後に判明している。
彼は快楽殺人者であり、そして高い知性を持っていた。
慎重に事を運んだせいもあったが、運もあったのだろう、長く発覚することなく、殺戮を繰り返すことができていた。
しかし、この事件に関しては、長期にわたる隠蔽は最初から考えていない節があるらしい。
捕縛されてから数ヵ月後、彼は獄中で死んでいる。
元々病に冒されており、事件の時点でいくらも余命はなかったそうだ。
彼は、死ぬ直前、なぜこのような事件を起こしたのかと聞かれ、嘘か真か「最後だったから、知らない誰かなんかじゃなく、よく知った人間を殺したかった」と笑ったそうだ。
捕縛される時間があと少し遅かったら、彼は実の息子を手にかけていたのだろう。
この犯人の名前が、藤鬼静馬だった。
事件の異常性は凄まじく、一時の我が国は彼の話題に席捲された。
錯綜し、事実と虚偽が入り混じった逸話の一つに、一対の眼球の物語がある。
秘密アトリエの壁の一辺は棚で占められており、その上段にはホルマリン漬けにされた眼球が置かれていたという。
藤鬼静馬は取り調べに積極的に答えたが、この眼球が誰のものかだけは最後まで明かさなかった。ただ、科学的検証の結果、相当に古いものであることが判明している。
夕陽のような紅色に塗りこめられたアトリエで、一対の瞳が凶行を見つめ続けた。
私はそこに、何かしらの意味を感じてならない。
−完−
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