<藤鬼静馬>
体育館と本校舎をつなぐ渡り廊下には、点々と血のあとが残っていた。
校舎に入ると、壁や柱にも赤い色が目立つようになってきた。壁を頼りに進んだのだろう、刷毛で描いたような血のりが擦り付けられていた。
廊下の木床にも、赤い足跡がついている。左脚に相当する部分は引き摺ったようになっていた。
先ほど撃ったマシンガンの弾は、律の左半身を掠めたようだった。傷は深いと見ていいと判断する。
いつの間にか日が落ちかけていた。
黄昏時、世界は暗く紅く染められていく。廊下の窓から差し込む夕陽が、静馬の影を長く伸ばした。影法師は廊下を踊り、教室を踊る。
静寂があたりを包んでいた。
自身の足音だけが、響く。まだ、律の息遣いは聞こえない。
*
雨宮律との付き合いは、双葉町に転居した直後に始まった。
家が近いという彼が声をかけてきてくれたのだ。
気もあい、すぐに互いの家に遊びに行く仲となった。
両親は彼のことを歓迎した。
息子が転向先で友人を作れるか、田舎の雰囲気になじむことが出来るか、心配していたのだろう。……同時に、律のことを手にかけないか、憂いていたに違いないが。
両親の懸念どおり、静馬の殺意は、常に周囲の人物に向いていた。
特に、好ましく思っている人物に強く殺意を感じるようだった。最初に殺した従姉妹には幼い恋心を抱いていたし、小学校のときに殺したクラスメイトは親友だった。
懸念は的を射ており、静馬は律への殺意を募らせていた。
静馬の自室には、バインダーブックが二冊隠されている。
一冊はこれまでの殺人の記録を綴った黒色のファイルで、もう一冊は殺意を抱いている人物の詳細をまとめた青色のファイルだ。
青のファイルの大部分は、律の情報や写真、静馬が画いた律の絵でしめられていた。
律は、静馬にとっては魅力的な素材だった。
ただ、雨宮律という少年は決して目立つタイプの生徒ではない。クラスでも、常にその他大勢のポジションだった。
学業成績も運動神経もごく普通。容姿も十人並みだ。性格的に特徴があるわけでもない。
しかし、静馬は何か奥深さのようなものを感じていた。
人間としての厚みという意味ではなく、律に、なにか秘めたものが感じられたのだ。あの小柄な少年は、眼鏡のレンズの向こう、黒目勝ちな瞳に何かを隠している。
「……そう、あの目だ」
静馬は呟く。
律の双眸は、静馬の知っているどんな人間とも違った色をしていた。
だけど、どこか親近感も得ていた。律以外に見たこともないのに、不思議な親近感が、何かが、あるのだ。
……どうしてだろう?
その何かを知りたい。
ずっとそう思ってきた。
そして、これが静馬の静馬たる所以だが、その探究心は容易に殺意に結びついた。
静馬にとって、関心と殺意は非常に近い位置にあるのだ。
関心と殺意の積み木を少しずつ積み上げていく。
律をすぐに殺さなかったのは、律の秘密が掴めなかったからだ。
もっと律のことを知りたい。もっと律を積み上げたい。積み上げて積み上げる。……やがて積み木を崩す、その日まで。
積載は高ければ高いほど、より強い快感を与えてくれるだろう。より強い充足感を与えてくれるだろう。
関心はいっそアブノーマルな域にも達し、家の脱衣所にカメラやビデオカメラを設置し、律の裸体の盗撮まで行った。
また、律が藤鬼家に泊まりにきたときは、積極的に誘って一緒に風呂に入った。
そして、映像や画像を自室で見ながら、身体を流す律を浴槽から眺めながら、彼の肢体にナイフを突き刺す瞬間を想像して、悦楽に浸った。
これは、同性愛なのだろうか。
そんな風に考えたこともあったが、すぐに否定に至った。
律のことは好きだったがそれはあくまでも友人としてだったし、彼の身体に性的な意味で触れたいとも思えなかった。
静馬の性指向はあくまでノーマルで、彼が恋愛感情や性的欲求を抱くのは女性だった。
実際、ピアノ教室で出会った隣町の中学生と付き合ったこともある。彼女と話していると胸が高鳴ったし、彼女とキスをし彼女の身体に触れたときは、さざめく様な興奮を味わったものだ。
もちろん彼女もまた、殺意のターゲットになっていた。
静馬の中では、友情と殺意、恋愛感情と殺意は両立される。強い結びつきを見せる。
しかし、彼女とは喧嘩別れしてしまい、その後関心は急速に冷めてしまった。
この間も殺戮の飢餓感に襲われ続けていた。
そして欲求に負け、その当時藤鬼家に通っていた家政婦を雨で増水した川に突き落としてしまった。あれはあれで充足感となったが、家政婦殺害の影響で、しばらく律に手を出せなくなってしまった。
短いスパンで身の回りに人死があれば、嫌疑となるに違いない。
仕方なく、他の都市へ『出張』し、通り魔的に殺人を行い、のどの渇きを一時的に潤した。
*
血のりは、一つの教室へと向かっていた。
扉の上に掲げられた板に『理科室』と書かれている。
夕陽が、扉に色濃い人影を作った。
歪んだ形に揺れる自身の分身に、静馬は芝居がかった台詞を投げかける。
「……さあ、狂宴の始まりだ」
もちろん、数時間前に律が同じような台詞を吐いたことは、静馬の与り知らぬことだった。
−02/10−
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