OBR3 −一欠けらの狂気−  


027   1980 年10月01日12時00分


<須黒ユイ>


 新谷華はユイのほうを向いて事切れていた。ナイフが首筋のあたりに突きつけられている。そこから流れ出た血があたりを赤く染め始める。
 静馬がナイフを抜き取る。刃には黒い塗料が塗られており、華の血でぬらぬらと光っていた。刃の背にあたる部分がギザギザになっており、一部に穴があいている凝ったデザインだ。
 その刃で切られる痛みは経験済みだ。
 恐怖で身体が痺れた。

 状況を、理解する。傷を負い、骨を折り、体力は限界だ。気力の問題ではなく、機能的な問題として、すでに立ち上がることすらできなかった。
「ちくしょう」
 静かに、声を押し出した。
「ちく、しょう」
 静馬の黒い瞳を睨みつける。
「ちくしょう」
 怒声がにじむ。
「ちくしょうっ」
 ボリュームがあがってくる。

 すっと一度大きく息を呑んだ。
 そして。
 そして、「この、クソヤロウ! 町をっ、町を汚しやがって! てめぇのアソコを蹴り上げて、ぐしゃぐしゃにして、引きちぎって、口の中に突っ込んでやるッ」あらん限りの力を振り絞り、罵倒した。出血と興奮で目の前がくらくらする。
 その勢いに気圧された様子の静馬が眉を寄せた。
「下品な女だ、な」
 言葉とは裏腹に、切れ長の瞳が笑みの形をとっている。つるりとした白い頬が上気し、赤みを帯びていた。恍惚とした表情。
「でも、いい、ね」
「え?」
 静馬の台詞に戸惑い、罵声の代わりに反問が出た。
「君は、そうしているとき、輝くんだ」そう言った後、「いや、前に命乞いをしていたときも、輝いていたのかも。……僕が気づけなかっただけか」つぶやく。

「……なにが、言いたい?」
「君がとても、魅力的ってことさ」
「わけ、わかんねぇ!」
 意識して、当惑から心を引き戻す。そして、罵倒を続けた。唾を吐き、下卑た罵声を叩きつける。

 優等生風を吹かせる新谷華は嫌いだ。徐々にくすんでいく双葉の町も嫌いだ。その気持ちは今でも変わらない。だけど、殺されていいわけがない。穢されていいわけがない。
 なんだか、悲しかった。
 プログラムで、自分も含め、クラスメイトの大半は死ぬ。それぞれの親兄弟は悲しむだろう。町は傷つくだろう。
 それが、悲しかった。
 いつしか、罵倒の矛先がプログラムに向いていた。
 ユイも華も、そして藤鬼静馬も血を流していた。三人の血が川原に染み込み、川へ滲む。川は穢れを双葉の町へと運び、広める。
 それが、悲しかった。
 悲しくて悲しくて、罵倒に怒声が混じった。吐き出される言葉の品がさらに下がった。

「前はさ」
 唐突に静馬が言う。「前は、命乞いしたのに、どうして今はこんなに強くいられるんだ? 君みたいな反応、初めてだよ」
 もちろん、今だって死の恐怖はあった。身体が震えてならないのは、以前と変わらない。命乞いをしていきながらえるなら、いくらでもしたい。
 だけど、今は怒りに身を委ねていたかった。
 ……気まぐれだけど、その時々の感情に正直。
 それがあたし。
 ユイは一度満足げに微笑むと、右手を握り締め、ゆっくりと中指を立てた。外国映画で出てきた、相手を罵るポージングだ。
 そして、口汚い罵りを続ける。

 その様を静馬は興味深そうに見つめ、やがて黒刃のナイフをユイの胸に突き立てた。

 

−新谷華・須黒ユイ死亡 04/10−


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バトル×2
須黒ユイ
素行が悪く、おとなしい堀北優美には辛く当っていた。