<三原勇気>
堤香里奈が銃声を聞いた、その数分前のこと。
須黒ユイが藤鬼静馬に話したとおり、三原勇気らは、彼の母親と律の母親とで共同経営している喫茶店の中にいた。
木目を生かしたカントリー調の内装。6人ほどが座れるカウンター席と、テーブル席が5つあるだけの小規模店だが、潰れない程度の利益はあげているらしい。
今ここには、勇気と新谷華、和久井信一郎と西村千鶴の四人がいる。
勇気と華は、バックヤードに向かう通路に椅子を持ってきて寄り添うように陣取っていた。信一郎と千鶴は、それぞれ一定の距離を保って、テーブル席に座っている。
この喫茶店は、勇気にとっては勝手知ったる場所だった。
そして、勇気の幼馴染である律にとっても。
キッチンカウンターの棚に置かれた写真立てを手に取る。
三年前、この店をオープンしたときに撮った写真だ。
店のエントランスを背に、きっかり三年分幼い勇気と律、それぞれの母親、都合四人が映っていた。
彼女たちは、勇気たちと同じく、幼馴染の関係ということだ。
約四十年、二人の友情は続いている。
まぁ、土着の住民がほとんどを占める双葉町のこと、それほど珍しい関係ではない。
彼女たちは町を愛していた。
勇気の母親は一度都会に働きに出ていたが、周囲の勧めもあって農協で働く現在の夫……勇気の父親のことだ……と見合いし、結婚している。
父親は土地持ちで地代収入もあるので、勇気は経済的には恵まれて育った。
律の母親はずっと双葉の町で暮らしているはずだ。
ふと、思った。
例えば、勇気か律、どちらかが優勝し、家に帰ったとする。……それでも、彼女たちの友情は続くのだろうか。
……続かないだろうな。
思索の結論はすぐに出た。
いくら仲が良くても、いくら幼馴染でも、いくら四十年の付き合いでも、片方の息子が死に、片方の息子が生き残ったら、その関係は霧散するに違いない。
人間なんて、そんなもんだ。
考えて、驚いた。
およそ、自分らしからぬ冷めた思考だった。
変わり始めている。
プログラムが始まって以来、何かが変わり始めていた。例えば数時間前、合流を希望した須黒ユイを拒否した。以前の自分ならば、彼女を喜んで受け入れたはずだ。そうすることで彼女が喜び、『更正』すると、本気で考えたはずだ。
だけど、今の勇気にはとてもそんなことは出来なかったし、ユイの受け入れは身を危険に晒す馬鹿げたこととしか思えなかった。
なんだか、おかしいな……。
自身の変化に惑う。
勇気は常に自信に満ち溢れていた。迷いなく、正義と正論を振りかざしていた。しかし今は、そんな過去の自分が酷く幼稚に感じられた。
と、「お、俺っ」唐突に和久井信一郎が大声を出し、立ち上がった。椅子が床板をこすり、耳障りな音を立てる。
ひょろりとのっぽの身体を見上げる。
「俺、やっぱ、ユイちゃんと一緒がいい」
上方から信一郎の声が落ちてくる。震えていた。
「今まで一緒にいてくれて、ありがとう」
息せき切って喫茶店から出ようとする信一郎の背に、「でも、どうやって合流するの?」華が冷静に問う。当然の疑問だ。
「闇雲に探しても、危険だよ」
続く華の台詞に、「こ、これがあるから」信一郎は制服のポケットから手帳サイズの端末機を取り出した。
「指定した相手と、連絡、取れるんだ」
「……そんな、支給武器が」
華が驚く。
信一郎と合流してすぐに須黒ユイとのやり取りがあり、やっとこの喫茶店に落ち着いたところだったので、信一郎の支給武器を知る機会がなかった。
ほかの三人の支給武器は、勇気がグルック17、華が栄養ドリンク、西村千鶴が瓶入りの香水で、それぞれに教えあっていた。
信一郎のひょろ長い背が喫茶店から出て行く様をぼんやりと見つめ、勇気は「また、移動しないとな」誰に言うとでもなく呟いた。
既にユイはこちら側に反感を持っている。いつ襲ってきてもおかしくない。
信一郎がユイに着けば、勇気らの情報は筒抜けになるだろう。
一刻も早く移動する必要性があった。
「律が……」
心配げに、華が言う。
移動すれば、律と合流できる可能性がますます減る。
「律の家に……」
律の家に行こう、言いかけた言葉を呑んだ。
この喫茶店から律の家まで相当の距離があった。プログラムという状況下、長距離の移動は危険極まりない。
ここで、今まで黙っていた西村千鶴が口を切った。
「だ、大丈夫。私、運がいいんだ。だから、私と一緒なら、大丈夫」
青ざめた顔ながら、はっきりと言い切る。
「きっと、雨宮くんと合流できる。きっと、ずっと無事でいれる」
「なんだよ、それ」
「いや、ほんとなんだって。こないだのピアノコンクールでも、藤鬼くんよりいい賞もらったしさ」
勇気の反論に、彼女はピアノを弾く真似で返してきた。
千鶴は、藤鬼静馬と同じピアノ教室に通っている。
総じて十人並みの容姿の千鶴だが、手はほっそり長く、美しい。その指先を顎にあてる。
「ほら、見て、このほくろ。顎先にほくろがある人は、ずっと苦労しないんだって。だから、大丈夫」
「ったく、西村はこんなときでもノーテンキだな」
勇気の口元が緩む。
千鶴もまた、同じ町で生まれ育った仲間だ。
彼女ののんびりとした楽天的な性格はよく知るところだった。
ただ今は、焦りが見え隠れしていた。
彼女にもプログラムの恐怖が侵食している。
「でも、ま、ありがと」
軽く顎を下げ、お辞儀の真似事をすると、「ナニそれ?」千鶴がきょとんとした顔をした。
「や、なんか、和んだ」
「ナニそれ?」
同じ台詞を今度は苦笑交じりに返してくる。
……やっぱ、西村はいいなぁ。
そんなことを思う。
華と付き合っている勇気だが、実は最近、千鶴のことが気になっていた。
世間的な尺度で言えば、華のほうが整った顔立ちをしており、名の通り『華』もある。ぴんと伸びた背筋や、前を見る強い視線に惹かれているからこその今の関係だ。
しかし、長く一緒にいると疲れてしまう自分に、勇気は気がついていた。
華には緩みや隙がない。それは勇気も同じだった。常に張り詰めた糸と糸の絡み合い。その緊張感に、勇気の心は疲れてしまう。
だけど、西村千鶴は違う。
彼女と一緒にいると、なんだか気が休まるのだ。「大丈夫」根拠も何もない千鶴の台詞も、彼女の口からならば、信じてみようかという気にもなれる。
と、唐突に連撃音が鳴り、朝もやが切り裂かれた。
−08/10−
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