OBR3 −一欠けらの狂気−  


002   1980 年9月30日17時00分


<新谷華>


「プログラムの基本的な説明は、以上」
 阿久津マヤと名乗ったプログラム教官は、事務的な口調で締めた。
 ■最後の一人になるまで殺しあう。
 ■優勝者には、生涯保障と総統の色紙が与えられる。
 ■支給武器と、会場の地図、コンパス、非常食、水、簡易医療セットなどが配布される。
 ■選手が一箇所に留まることを避けるため、爆弾入り首輪と禁止エリアシステムがある。
 ■首輪は爆弾入り。禁止エリアにかかると爆発する仕組み。
 ■プログラム進行を阻害するなどしたと判断された場合も、遠隔操作で爆破される。
 ■禁止エリアは、2時間毎に追加され、動けるエリアが狭まっていく。
 また、開始前に睡眠ガスがもう一度撒かれ、会場にランダムに寝かされ、起きたところでスタートになるという話だった。

 プログラム。正式名称は戦闘実験プログラム。
 第1回は1947年で、毎年、全国の中学3年生の50クラスを任意に選んで実施、各種の統計を重ねている。
 その実験の内容は単純なもので、各学級内で生徒同士を戦わせ、最後の一人を優勝者とする。その際に各種のデータを取り、取られたデータは対外国戦略プログラムのいしずえとなる。
 ちなみに、優勝者には生涯の生活保障が与えられるということだ。

 もちろん、この悪趣味極まりないプログラムが施行された当初には相当な反発があったらしい。
 だが、国家反逆罪の適用を受け、ことごとく殲滅させられていた。
 今では、表立ってプログラムに反意を唱える政党、勢力はなくなっている。
 これには、お国柄というものもあるのだろう。
 基本的にお上のすることには逆らわない気質の大東亜共和国民、飼いならされた民族にとっては、プログラムは対岸の火事のようなものだった。
 1年にたった50クラス。都道府県内それぞれで考えると、いちエリア内すべての中学校から、せいぜい年に1クラス。生徒たちから見れば自分たちが、親たちにすれば自分の子どもが、プログラムの対象クラスに選ばれる確率は宝くじに当たるようなもののように感じられたのだ。
 しかし、双葉中学校3年1組の生徒たちにとって、今やプログラムは対岸の火事ではなくなっていた。


「プログラム……」
 新谷華は青ざめた表情で呟いた。
 その隣には、同じく蒼白になった堀北優美がいる。華は唇を噛むと、優美の肩を抱き、「大丈夫だから……」と声をかけた。
 十年来の親友が、がくがくと首を縦に振り、答えてくる。
 大丈夫、と言いつつも、華は絶望感を覚えていた。
 定期的にテレビなどで流れる関連ニュースが偽りでなければ、一度対象クラスに選ばれれば、よほどのことがない限り、プログラムは遂行されるし、殺し合いも確実に起きる。
 今までに数度、地震や台風などで途中停止になったこともあったらしいが、その場合も、停止時点での生き残りを集め、追加プログラムが実施されたようだ。
 報道がすべて真実であるのなら、1980年現在、プログラムからの脱出が成功した例もない。
 音楽室で合唱際の練習をしているところに催眠ガスを撒かれ、気がつけば、いつもの教室にいた。机は椅子は取り除かれていたので、それぞれ、仲のいいクラスメイトと身を寄せ合うようにして、木床に座り込んでいる。
 双葉町の一部がプログラム会場になるとのことだった。
 日ごろ暮らしている町で殺し合いをする。
 そう考えると、絶望感がさらに増した。

* 

 阿久津マヤ教官は上背のある女性だった。全身黒ずくめで、丈の長いスカートをはいている。先ほどから能面のような表情を崩さず、淡々とプログラムの説明を続けていた。
「では、質問は?」
 マヤの問いに、少しの間をあけて、三原勇気が手を上げた。
 華はビクリと肩をあげる。
 勇気とも子どもの頃からの付き合いだ。一年ほど前から交際もしていた。
 勇気は実直ではあるのだが、いささか空気の読めないところがある。
 普段は愛すべき馬鹿と好ましく思っている勇気の質だが、プログラムにおいては危険要素だ。
 教官には、説明時に不穏な動きなどをした生徒を抹殺する権利が与えられていると聞く。不用意な言動は慎むべきなのだ。
 お願いだから、変なこと言わないで!
 ぎゅっと目を瞑り、華は手を握り締めた。

 だが、勇気は「ど、どうしてこんなことを!」と声を荒げた。
 どうして殺しあわなければいけないのか。その疑問自体は当然のことではあるのだが……。
 華の願いが天に届いたのか、マヤ教官は右手を水平に上げ、銃口をあげた専守防衛軍兵士らを制した。
 そして、「いい加減、目覚めなさい。子羊たち」芝居がかった台詞を吐いた。

「プログラムに勝てば、名誉とともに、生涯の生活保証金が手に入ります。愚か者やなまけものは、差別と不公平に苦しみ、賢いものや努力をしたものは、特権を受け豊かな人生をおくる。それが社会というもの。この世で人がうらやむような人生を受けられるのは、たったの数%。残りの大多数は毎日不満をいいながら暮らしていくしかない。その数%に入りたければ、プログラムに優勝しなさい」
 ここでマヤはすっと息を呑むと、「数%に入りたくない人はいるのかしら? その人には、この場で退場してもらうことになるけど」教壇に手を着いた。
 退場とは、おそらく射殺を意味するのだろう。
 マヤがぐるりと教室を見渡し、それぞれの生徒の顔を見つめる。
 華も視線が合ったので、慌てて首を振った。

 しかし、「お、俺は嫌だっ」勇気が立ち上がろうとする。
 あの馬鹿っ。
 なんとか制止しようと華が腰を浮かしたと同時、勇気の横にいた雨宮律が彼を抑え込んだくれた。小柄で、私服を着ていればまだ小学生に見える童顔。女子生徒からは弟感覚で可愛がられていた。
 その様子を冷ややかに眺めていたマヤが、「雨宮君、あなたはどうなの?」問う。
 何も見ないで律の名を呼べるところを見ると、少なくとも、このクラスの顔と名前は頭に入っているようだ。
 イエスと答えるしかない。当然の判断として、律が眼鏡の奥の丸い瞳を細め、「戦います。勇気も本心では同じ思いです」宣言する。
「俺はっ」
 まだ抗おうとする勇気に律が何事か耳打ちし、これでやっと勇気が腰を下ろす。
 ほっと息をつき、華も腰を下ろした。
 
 ありがとう。と、律に向けて手を合わせると、彼は頷いて返してきた。
 律は勇気と幼馴染だ……まぁ、クラスメイトのほとんどが十年来の付き合いなのだが。一本木な勇気を、昔からよくフォローしてくれている。



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