<須黒ユイ>
悲鳴をあげ、身体をよじる。痛みに耐えながら、「癒される?」静馬の言葉を頭の中で繰り返した。
静馬は、人を傷つけると癒されると言った。
口ぶりからすると、昨日今日身についた台詞ではないようだった。
何か、触れてはいけない物に触れてしまったような感覚に襲われ、背筋が凍りつく。産毛が逆立ち、油を含んだ冷や汗がユイの身体を包むのは、決して傷のためだけではないだろう。
静馬は時間を空けて何度も刺してきた。黒刃のナイフに血が飛沫する。そのたびにユイは苦痛を叫んだ。
ナイフが沈んでいくのは、主に手足だった。
……致命傷を避けられている。
静馬は、獲物を少しでも長く持たせようとしているのだ。事実に、戦慄する。
唐突に、堤香里奈の弟のことを思い出した。
香里奈とは少し歳が離れており、まだ小学校低学年だ。
ユイは、彼が、虫の手足をもいだり、カエルを膨らませて遊んでいるところを見かけたことがあった。
そのシーンがフラッシュバックしたのだ。
香里奈の弟に、静馬のような質があるわけでは決してないだろう。幼少期の男子に時折見られる、子どもらしい残酷行為だ。
「助けて……」
懇願する。
これに、「助けて……か」静馬が呟きを返してきた。
「え?」
「みんな、そう言うんだなぁ。助けてって。今のこの状況も、なんかさっきの堀北の焼きまわしだし」
詰まらなそうな風情だ。被害者の反応に個性を求める静馬に、さらに恐怖を覚えた。
続いて、ユイは「堀北……」堀北優美の名を口にした。
堀北優美は先ほどの放送の死亡者リストに上がっていた。静馬が殺したと見て間違いないだろう。
優美は、呆れるほどに人畜無害な女だった。ユイは彼女のそんなところに苛立ち、辛く当たっていた。しかし、静馬と優美は、同じグループだったはずだ。
その堀北を……。
唖然とする。
が、同時に、光を見たような気がした。
彼の目的は、生き残ることだけではない。そこに、ユイが望みをかけた。
「ねえっ」
痛みを堪えながら、声を押し出す。
「私、他の子たちがいる場所、知ってる」
「ん?」
「教えるから、助けて」
彼の主目的が獲物を狩ることにあるのなら、交渉の余地はある。
もちろん、情報を与えるだけ与えて殺される可能性もあるのだが、しないよりはマシだ。
無言を返す静馬に「見てよ、この傷。……もう、立ち上がることもできない。放っておいても死ぬかもしれないし、死ななくても……最後の二人になったら、ここに来ればいい」続けた。
「……誰の居場所?」
少しの沈黙の後、静馬が関心を示してきたので、ユイの脈拍が上がった。
「三原と新谷と西村と……信一郎」
ユイの答えに、静馬が薄く眉を寄せた。軽蔑したような視線。
信一郎を、友を売るユイを見下げているのだ。
これに、ユイは奇妙な安心感を得た。
傷害に癒しを求める静馬を、ホラームービーのジェノサイダーのように感じていたのだが、彼にも当たり前の感性があると分かった。相手が人間なら、まだやりようはある。
「ね、お願い……」
「公民館」
「え?」
「公民館だろ? 三原とか律とそこで待ち合わせしてるんだ」
情報は持っている。交渉は無駄だと言いたいのだろう。
ユイは慌てて首を振った。
「あいつら、移動したよ」
怪訝な表情をする静馬に「私、合流を断られたんだ。あいつら、その後移動してた。だから、公民館に行っても誰もいない」必死に続け、助けを懇願しながら、彼らの居場所を伝えた。
そんなユイを、静馬が冷ややかに見つめる。
勇気らが移動した話は本当だった。移動する彼らを見、「ああ、本当に信用されていないんだ」と侘しい気持ちになったものだ。
信一郎らを売ることに罪悪感はなかった。拒絶してきた彼らに立てる義理はない。
だけど、惨めだった。
命乞いをする自分が、友を売る、堕ちた自分が惨めでならなかった。
悔しくて涙がこぼれた。
さきほど、山を登っているときはプライドで堪えた涙が流れ、肩が震えた。顔を上げていられなくなり、伏せる。
身体が縮んでいくようだった。
そして、命のやり取り以上の恐ろしさをプログラムに感じた。
プログラムは心を堕ちさせる。黒く塗りつぶす。
もともと善良とは言いかねたが、少なくとも友を売ったり、プライドを捨てて命乞いをするような自分ではなかった。何よりも、人前で泣くような自分ではなかった。
プログラムがなければ、こんな惨めな思いをすることもなかっただろう。
*
気がつくと、静馬の姿がなかった。
「助かった……」
へたりと力を抜く。
その途端に音を立てて藪が動いたので、「ひゃっ」ユイの心臓が喉元まで飛び上がった。
現れたのは、雨宮律だった。小柄な制服姿。童顔も相まって小学校高学年くらいに見える。ユイに襲われることを懸念してか、5メートルほどの距離を保っていた。
律は特段慌てた様子もなかった。
いつも通りのおっとりとした表情のまま、ゆっくりと彼の唇が動いた。
「僕は、嫌いじゃないよ」
「え?」
ユイが疑問符を返したことで、言葉足らずだったと気がついたのだろう、「友達を盾にしてでも生きたいって思い、嫌いじゃないよ」と続けてきた。
「え?」
日頃の彼らしからぬ言葉に、もう一度疑問符を投げる。
「だって、人間って感じがするもの」
律は最後それだけを言い残し、去っていった。
小さな背中が藪の中に完全に消えたところで、ユイはもう一度身体を弛緩させた。
「なんなのよぉ……」
訳が分からなかった。
この数時間で身に起きた出来事に、心がついていかない。
ただ月を仰ぎ、そして「……なんなのよぉ」同じ言葉を繰り返した。
−09/10−
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